第29回世界ヘビー級動物園格闘技大会

aki

文字の大きさ
1 / 2

ゴング (前)

しおりを挟む
 後楽園ホールは超満員だ。
 シロテナガザル、テングザル、マンドリルにエンペラータマリンなど。霊長類が集う祭典との宣伝に偽りなく、多種多様な霊長目が集まった結果、立ち見までしなければならないほどの盛況ぶりとなっていた。
 今日、実況を勤めるニホンザル、島井勇作は後楽園ホールの中央、四角いリングの近くにデスクを構えて座っていた。
 島井の横には、解説のオラウータン大越、ゲストのチンパンジー中岡が座っている。けれどもみんな同じように興奮を隠しきれていなかった。
 あっ、あんなところに! ウチの園で有名なライオンのドブクロとパニ江の夫婦がお忍びで来ているぞ! なんてことだ!
 島井のマイクを持つ手が震えてしまう。
 あぁ、ついに始まる。始まるぞ。ゴリラ界の頂点を決める、メイン・イベントが!
 突如。
 ホールの照明が全て落とされた。突然のことながら、しかしざわめいていた観客たちは示しあわせていたかのように一斉に黙った。
 みんなわかっているのだ。これから、今夜の主役たちが現れるということを。
 パッと、ライトが一ヶ所だけ付いた。
 後楽園ホールの中心であるリングの中央。黒いスーツに身を包んだアナウンサーのコモンリスザル、諸石徹也がマイクを握って立っていた。

「みなさん、お待たせいたしました······」

 ホールに、小さな身体に見合わないダンディな声が響く。

「これより、メイン・イベントをぉ始めます!」

 あぁ、興奮しすぎて心臓が痛い!
 だが島井はプロだ。頭を冷やし、冷静にかつ熱く語らなければならない。深呼吸をして、落ち着かせようとした。息が熱かった。

「挑戦者のぉぉ、入ぅぅ場ぉぉですっ!」

 花道で炎が上へと盛った。ライトが挑戦者の入場口へと照らされる。そこにいたのは、紛れもなく化物だった。
 ニシローランドゴリラ。
 ゴリラの中でも最も体格が良いと噂の種族。が、このチャレンジャーは、そんなニシローランドゴリラの平均的な体格を優に越える規格外の猛者だった。
 化物が複数のゴリラのセコンドを引き連れて、悠然とナックルウォークでリングへと向かっていく。
 ゴクリ、と誰かが喉を鳴らした。
 支配的オーラに飲み込まれてしまった実況の島井は、台本をかなぐり捨てて、熱にうなされたままマイクに向かって叫んでしまう。

「 中央アフリカ共和国からの刺客! ニシローランドゴリラの常識を覆す圧倒的筋肉! 圧倒的体長ぉっ! 来日するときに彼は言っていました。『野生こそ俺たちの原点である』と! 『今こそ繁栄を目指すべきなのだ』と! 『その力を、俺は持っている』とォォッッ!! その白い背中は数々のオスを葬ってきた証だぁ!」

 言い切った。
 はぁ、はぁ、と息が漏れる。
 化物が、リングに上がった。デカイ。ライトを乱反射するシルバーバックが、島井には眩しかった。
 アナウンサーの諸井がチャレンジャーの紹介をする。

「青コーナー、230cm、500ポンドぉ······、ゴリラ界のブルドーザー! 孤高の絶滅危惧種(レッド・ゾーン)! ミルドレッド......、ムグドゥン、ポカーァァァサーァァァァッッ!!!」
「えー、なお、本日の実況を勤めさせていただきますのは、私、ニホンザルの島井勇作。解説はオラウータンの大越。ゲストはチンパンジーの中岡さんでお送りします。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

 島井が頭を下げると、二匹も頭を下げた。全く、みんなしてどうしようもなく日本の猿だった。

「最強であることを証明するために海を渡ってきた漢ッ! いやぁ、このキャッチフレーズが霞んでしまうほどですねぇ、大越さん」
「そうですねぇ。いい目をしていますよ、彼は。前日の計量でも自信を感じられましたからね」
「アフリカで築き上げてきた王者の余裕というものでしょうか?」
「それはわかりませんねぇ。でも、良い身体してますねぇ。ねぇ、中岡さん?」
「彼はイイですよ。前にね、アフリカで取材したことがあったんですよ。当時から君臨してましたからね、彼は」
「そうなんですね、中岡さん。これは期待できますねぇ」

 リングの上で軽くシャドーボクシングをするミルドレッド。野性的な鋭さに、目を奪われてしまう。
 と、そこで、さらに別の花道に向けてライトが照された。もちろんこの後は、チャンピオンの登場だ!

「続きまして······、チャンピオンのぉぉぉ、登場です!!」

 炎が花道を派手に彩った。
 ライトに照らされるチャンピオンは、モデルができるほど整った鼻紋、綺麗な肉体を誇っていた。
 マウンテンゴリラ。
 ゴリラの代表的存在だ。そんな全国を揺るがす知名度が、同じみのセコンドを連れてナックルウォークで中心のリングへと向かってく。
 黄色い声援が飛び交う。
 島井はマイクを強く握りしめた。

「幼き頃より管理されて作られたしなやかな筋肉! 受け続けた英才教育! 『俺はバトルサイボーグだ!』『俺の敵は動物園にはもういない!』。多種族入り交じる隔離された塀の中でも王として君臨し続けたドラマ性! 科学的トレーニングを取り入れた理性と野生の融合ぅっ!! 我らの王者、マウンテンゴリラだぁっ!」

 リング上の王者。
 美しい。
 まだ若い。
 しかし惚れ惚れする肉体だ。マウンテンゴリラの枠を軽く凌駕してしまっている。
 見惚れている島井に続いて、諸井が冷静に叫んだ。

「赤コーナー······、200cm、440ポンドぉぉ······。第28回世界動物園格闘技大会ヘビー級チャンピオン、並びに、現WZGヘビー級チャンピオン······。規格外のマウンテンゴリラ! 我らが動物園のチャンピオンッッ!! 赤石ぃぃ、れいぃぃぃじーぃぃぃッッッ!」
「動物園が生み出した、科学と野性のスーパーモンスター! たった800頭の中から生まれた突然変異! いやぁ、今日も赤石零士は調子良さそうですよぉ。ねぇ、大越さん?」
「そうですねぇ。前の試合でもエレファント選手を1RKOしていますからねぇ。ノリに乗っていることでしょう。今日も期待できますよぉ 」
「どうでしょう、中岡さん? 私たちファンからしたら、チャンピオンの勝ち方······、なんてものも考えてしまいますが」
「いや、わかりませんよ。ミルドもね、強いゴリラですからね。体重差もありますし。それに同じゴリラ同士、ファイトスタイルが噛み合うかもしれません」
「ははぁ、そのようなものですか」

 リングの二頭がドラミングをした。この音は、紳士的な挨拶のドラミングだ。
 素晴らしい。
 ニホンザルの島井には、あんなこととてもできない。あの厚い胸板は、猿たちにとって恋い焦がれる筋肉であった。
 同時に、わぁぁっ、と歓声が響く。これはもう地震だ。歓声で後楽園ホールが揺れたのだ。
 そして。
 輝き始めたライトの下で。戦いのゴングが、鳴った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ

海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。 あぁ、大丈夫よ。 だって彼私の部屋にいるもん。 部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...