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ゴング (前)
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後楽園ホールは超満員だ。
シロテナガザル、テングザル、マンドリルにエンペラータマリンなど。霊長類が集う祭典との宣伝に偽りなく、多種多様な霊長目が集まった結果、立ち見までしなければならないほどの盛況ぶりとなっていた。
今日、実況を勤めるニホンザル、島井勇作は後楽園ホールの中央、四角いリングの近くにデスクを構えて座っていた。
島井の横には、解説のオラウータン大越、ゲストのチンパンジー中岡が座っている。けれどもみんな同じように興奮を隠しきれていなかった。
あっ、あんなところに! ウチの園で有名なライオンのドブクロとパニ江の夫婦がお忍びで来ているぞ! なんてことだ!
島井のマイクを持つ手が震えてしまう。
あぁ、ついに始まる。始まるぞ。ゴリラ界の頂点を決める、メイン・イベントが!
突如。
ホールの照明が全て落とされた。突然のことながら、しかしざわめいていた観客たちは示しあわせていたかのように一斉に黙った。
みんなわかっているのだ。これから、今夜の主役たちが現れるということを。
パッと、ライトが一ヶ所だけ付いた。
後楽園ホールの中心であるリングの中央。黒いスーツに身を包んだアナウンサーのコモンリスザル、諸石徹也がマイクを握って立っていた。
「みなさん、お待たせいたしました······」
ホールに、小さな身体に見合わないダンディな声が響く。
「これより、メイン・イベントをぉ始めます!」
あぁ、興奮しすぎて心臓が痛い!
だが島井はプロだ。頭を冷やし、冷静にかつ熱く語らなければならない。深呼吸をして、落ち着かせようとした。息が熱かった。
「挑戦者のぉぉ、入ぅぅ場ぉぉですっ!」
花道で炎が上へと盛った。ライトが挑戦者の入場口へと照らされる。そこにいたのは、紛れもなく化物だった。
ニシローランドゴリラ。
ゴリラの中でも最も体格が良いと噂の種族。が、このチャレンジャーは、そんなニシローランドゴリラの平均的な体格を優に越える規格外の猛者だった。
化物が複数のゴリラのセコンドを引き連れて、悠然とナックルウォークでリングへと向かっていく。
ゴクリ、と誰かが喉を鳴らした。
支配的オーラに飲み込まれてしまった実況の島井は、台本をかなぐり捨てて、熱にうなされたままマイクに向かって叫んでしまう。
「 中央アフリカ共和国からの刺客! ニシローランドゴリラの常識を覆す圧倒的筋肉! 圧倒的体長ぉっ! 来日するときに彼は言っていました。『野生こそ俺たちの原点である』と! 『今こそ繁栄を目指すべきなのだ』と! 『その力を、俺は持っている』とォォッッ!! その白い背中は数々のオスを葬ってきた証だぁ!」
言い切った。
はぁ、はぁ、と息が漏れる。
化物が、リングに上がった。デカイ。ライトを乱反射するシルバーバックが、島井には眩しかった。
アナウンサーの諸井がチャレンジャーの紹介をする。
「青コーナー、230cm、500ポンドぉ······、ゴリラ界のブルドーザー! 孤高の絶滅危惧種(レッド・ゾーン)! ミルドレッド......、ムグドゥン、ポカーァァァサーァァァァッッ!!!」
「えー、なお、本日の実況を勤めさせていただきますのは、私、ニホンザルの島井勇作。解説はオラウータンの大越。ゲストはチンパンジーの中岡さんでお送りします。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
島井が頭を下げると、二匹も頭を下げた。全く、みんなしてどうしようもなく日本の猿だった。
「最強であることを証明するために海を渡ってきた漢ッ! いやぁ、このキャッチフレーズが霞んでしまうほどですねぇ、大越さん」
「そうですねぇ。いい目をしていますよ、彼は。前日の計量でも自信を感じられましたからね」
「アフリカで築き上げてきた王者の余裕というものでしょうか?」
「それはわかりませんねぇ。でも、良い身体してますねぇ。ねぇ、中岡さん?」
「彼はイイですよ。前にね、アフリカで取材したことがあったんですよ。当時から君臨してましたからね、彼は」
「そうなんですね、中岡さん。これは期待できますねぇ」
リングの上で軽くシャドーボクシングをするミルドレッド。野性的な鋭さに、目を奪われてしまう。
と、そこで、さらに別の花道に向けてライトが照された。もちろんこの後は、チャンピオンの登場だ!
「続きまして······、チャンピオンのぉぉぉ、登場です!!」
炎が花道を派手に彩った。
ライトに照らされるチャンピオンは、モデルができるほど整った鼻紋、綺麗な肉体を誇っていた。
マウンテンゴリラ。
ゴリラの代表的存在だ。そんな全国を揺るがす知名度が、同じみのセコンドを連れてナックルウォークで中心のリングへと向かってく。
黄色い声援が飛び交う。
島井はマイクを強く握りしめた。
「幼き頃より管理されて作られたしなやかな筋肉! 受け続けた英才教育! 『俺はバトルサイボーグだ!』『俺の敵は動物園にはもういない!』。多種族入り交じる隔離された塀の中でも王として君臨し続けたドラマ性! 科学的トレーニングを取り入れた理性と野生の融合ぅっ!! 我らの王者、マウンテンゴリラだぁっ!」
リング上の王者。
美しい。
まだ若い。
しかし惚れ惚れする肉体だ。マウンテンゴリラの枠を軽く凌駕してしまっている。
見惚れている島井に続いて、諸井が冷静に叫んだ。
「赤コーナー······、200cm、440ポンドぉぉ······。第28回世界動物園格闘技大会ヘビー級チャンピオン、並びに、現WZGヘビー級チャンピオン······。規格外のマウンテンゴリラ! 我らが動物園のチャンピオンッッ!! 赤石ぃぃ、れいぃぃぃじーぃぃぃッッッ!」
「動物園が生み出した、科学と野性のスーパーモンスター! たった800頭の中から生まれた突然変異! いやぁ、今日も赤石零士は調子良さそうですよぉ。ねぇ、大越さん?」
「そうですねぇ。前の試合でもエレファント選手を1RKOしていますからねぇ。ノリに乗っていることでしょう。今日も期待できますよぉ 」
「どうでしょう、中岡さん? 私たちファンからしたら、チャンピオンの勝ち方······、なんてものも考えてしまいますが」
「いや、わかりませんよ。ミルドもね、強いゴリラですからね。体重差もありますし。それに同じゴリラ同士、ファイトスタイルが噛み合うかもしれません」
「ははぁ、そのようなものですか」
リングの二頭がドラミングをした。この音は、紳士的な挨拶のドラミングだ。
素晴らしい。
ニホンザルの島井には、あんなこととてもできない。あの厚い胸板は、猿たちにとって恋い焦がれる筋肉であった。
同時に、わぁぁっ、と歓声が響く。これはもう地震だ。歓声で後楽園ホールが揺れたのだ。
そして。
輝き始めたライトの下で。戦いのゴングが、鳴った。
シロテナガザル、テングザル、マンドリルにエンペラータマリンなど。霊長類が集う祭典との宣伝に偽りなく、多種多様な霊長目が集まった結果、立ち見までしなければならないほどの盛況ぶりとなっていた。
今日、実況を勤めるニホンザル、島井勇作は後楽園ホールの中央、四角いリングの近くにデスクを構えて座っていた。
島井の横には、解説のオラウータン大越、ゲストのチンパンジー中岡が座っている。けれどもみんな同じように興奮を隠しきれていなかった。
あっ、あんなところに! ウチの園で有名なライオンのドブクロとパニ江の夫婦がお忍びで来ているぞ! なんてことだ!
島井のマイクを持つ手が震えてしまう。
あぁ、ついに始まる。始まるぞ。ゴリラ界の頂点を決める、メイン・イベントが!
突如。
ホールの照明が全て落とされた。突然のことながら、しかしざわめいていた観客たちは示しあわせていたかのように一斉に黙った。
みんなわかっているのだ。これから、今夜の主役たちが現れるということを。
パッと、ライトが一ヶ所だけ付いた。
後楽園ホールの中心であるリングの中央。黒いスーツに身を包んだアナウンサーのコモンリスザル、諸石徹也がマイクを握って立っていた。
「みなさん、お待たせいたしました······」
ホールに、小さな身体に見合わないダンディな声が響く。
「これより、メイン・イベントをぉ始めます!」
あぁ、興奮しすぎて心臓が痛い!
だが島井はプロだ。頭を冷やし、冷静にかつ熱く語らなければならない。深呼吸をして、落ち着かせようとした。息が熱かった。
「挑戦者のぉぉ、入ぅぅ場ぉぉですっ!」
花道で炎が上へと盛った。ライトが挑戦者の入場口へと照らされる。そこにいたのは、紛れもなく化物だった。
ニシローランドゴリラ。
ゴリラの中でも最も体格が良いと噂の種族。が、このチャレンジャーは、そんなニシローランドゴリラの平均的な体格を優に越える規格外の猛者だった。
化物が複数のゴリラのセコンドを引き連れて、悠然とナックルウォークでリングへと向かっていく。
ゴクリ、と誰かが喉を鳴らした。
支配的オーラに飲み込まれてしまった実況の島井は、台本をかなぐり捨てて、熱にうなされたままマイクに向かって叫んでしまう。
「 中央アフリカ共和国からの刺客! ニシローランドゴリラの常識を覆す圧倒的筋肉! 圧倒的体長ぉっ! 来日するときに彼は言っていました。『野生こそ俺たちの原点である』と! 『今こそ繁栄を目指すべきなのだ』と! 『その力を、俺は持っている』とォォッッ!! その白い背中は数々のオスを葬ってきた証だぁ!」
言い切った。
はぁ、はぁ、と息が漏れる。
化物が、リングに上がった。デカイ。ライトを乱反射するシルバーバックが、島井には眩しかった。
アナウンサーの諸井がチャレンジャーの紹介をする。
「青コーナー、230cm、500ポンドぉ······、ゴリラ界のブルドーザー! 孤高の絶滅危惧種(レッド・ゾーン)! ミルドレッド......、ムグドゥン、ポカーァァァサーァァァァッッ!!!」
「えー、なお、本日の実況を勤めさせていただきますのは、私、ニホンザルの島井勇作。解説はオラウータンの大越。ゲストはチンパンジーの中岡さんでお送りします。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
島井が頭を下げると、二匹も頭を下げた。全く、みんなしてどうしようもなく日本の猿だった。
「最強であることを証明するために海を渡ってきた漢ッ! いやぁ、このキャッチフレーズが霞んでしまうほどですねぇ、大越さん」
「そうですねぇ。いい目をしていますよ、彼は。前日の計量でも自信を感じられましたからね」
「アフリカで築き上げてきた王者の余裕というものでしょうか?」
「それはわかりませんねぇ。でも、良い身体してますねぇ。ねぇ、中岡さん?」
「彼はイイですよ。前にね、アフリカで取材したことがあったんですよ。当時から君臨してましたからね、彼は」
「そうなんですね、中岡さん。これは期待できますねぇ」
リングの上で軽くシャドーボクシングをするミルドレッド。野性的な鋭さに、目を奪われてしまう。
と、そこで、さらに別の花道に向けてライトが照された。もちろんこの後は、チャンピオンの登場だ!
「続きまして······、チャンピオンのぉぉぉ、登場です!!」
炎が花道を派手に彩った。
ライトに照らされるチャンピオンは、モデルができるほど整った鼻紋、綺麗な肉体を誇っていた。
マウンテンゴリラ。
ゴリラの代表的存在だ。そんな全国を揺るがす知名度が、同じみのセコンドを連れてナックルウォークで中心のリングへと向かってく。
黄色い声援が飛び交う。
島井はマイクを強く握りしめた。
「幼き頃より管理されて作られたしなやかな筋肉! 受け続けた英才教育! 『俺はバトルサイボーグだ!』『俺の敵は動物園にはもういない!』。多種族入り交じる隔離された塀の中でも王として君臨し続けたドラマ性! 科学的トレーニングを取り入れた理性と野生の融合ぅっ!! 我らの王者、マウンテンゴリラだぁっ!」
リング上の王者。
美しい。
まだ若い。
しかし惚れ惚れする肉体だ。マウンテンゴリラの枠を軽く凌駕してしまっている。
見惚れている島井に続いて、諸井が冷静に叫んだ。
「赤コーナー······、200cm、440ポンドぉぉ······。第28回世界動物園格闘技大会ヘビー級チャンピオン、並びに、現WZGヘビー級チャンピオン······。規格外のマウンテンゴリラ! 我らが動物園のチャンピオンッッ!! 赤石ぃぃ、れいぃぃぃじーぃぃぃッッッ!」
「動物園が生み出した、科学と野性のスーパーモンスター! たった800頭の中から生まれた突然変異! いやぁ、今日も赤石零士は調子良さそうですよぉ。ねぇ、大越さん?」
「そうですねぇ。前の試合でもエレファント選手を1RKOしていますからねぇ。ノリに乗っていることでしょう。今日も期待できますよぉ 」
「どうでしょう、中岡さん? 私たちファンからしたら、チャンピオンの勝ち方······、なんてものも考えてしまいますが」
「いや、わかりませんよ。ミルドもね、強いゴリラですからね。体重差もありますし。それに同じゴリラ同士、ファイトスタイルが噛み合うかもしれません」
「ははぁ、そのようなものですか」
リングの二頭がドラミングをした。この音は、紳士的な挨拶のドラミングだ。
素晴らしい。
ニホンザルの島井には、あんなこととてもできない。あの厚い胸板は、猿たちにとって恋い焦がれる筋肉であった。
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