そこは、私の世界でした

桃青

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29.心を据える

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 ふっと目が覚めた。カーテンから薄明かりが差し込み、目覚まし時計を眺めると、朝の五時だった。出掛けるまでに、まだ十分な時間がある。しばらくぼうっとしたまま夢の名残に浸っていたが、台所まで行ってミルク入りのインスタントコーヒーをさっと作り、それをゆっくり飲みつつ、独り言を言った。
「どうして私は、自己肯定ができなくなったんだろう」
 そう思うと同時に、自然と思考は自分の世界へ落ちていく……。
(私は正しい。正しい、正しい、正しい……)
(駄目だ、どうしてもそう思えない)
(そもそも、なぜ私の世界は、現実でも、林波の世界でも、壊れ始めたのだろう。自己否定をしたからだろうか)
(―違う、『自分』を見失ったからだ)
(でも私は今、林波の世界を探ることで、きっと少しずつ自分を見出しつつある)
(アルクが言っていたように、たとえ間違いと呼ばれる判断をしても、私の世界はあり続ける。その事実が変わることはない)
(初めてaoに夢の世界で会ったとき、彼は赤い果実を赤いと認めるだけでいいと言ったはず)
(もしかすると、自己肯定というのは、それでいいのかもしれない)
(正しくても、間違っていても、私は私)
「私は私」
 思わず声に出して言ってみた。朝の静かな世界に、私の声が染み渡る。
 私は私、私は私、私ハ私……。
(今まで私が作り上げてきた林波の世界を、それを支えていた人々や、その存在のすべてを―、認めてあげたい)
(詰まる所、今の私にできることは、それだけなんじゃないだろうか)
 ボサボサ頭のデージーに、ネコ族、鹿族、魔法使いたちに、アルク、そしてなぜかずっと私を見守っているao。彼らはいるし、私はそれを見た。
 私は反魔法士協会の指導者に、何を言うべきなのか、何となくつかめてきた気がした。その時、家の中で目覚まし時計の音が鳴り響いて、我に返った。
「仕事へ、行こう」
 そう言って、気持ちを切り替えて、出掛ける支度を始めた。
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