おんなのこ

桃青

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43.やさしさ

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 店内では七十年代のポップなBGMが掛かり、能天気な調子がオキヨの流す涙を踏みつぶしてゆく。それは今のオキヨにとってありがたいことだった。こんな弱音を、これ以上吐きたくない。もう、これ以上は俊に嫌われたくないわ。今の自信ボロボロの私を、見られたくない。無神経で明るいオキヨさんでいたい。
 なのに。なのに……。

 おかわりしたオレンジジュースの味はほろ苦かった。甘くて美味しいはずなのに、初恋の味と酷似して、微かな痛みを思い出させる。ふと俊を見ると、彼はメロンジュースを飲み終えて、ぼんやりとした目で、オキヨを眺めていた。思えば俊という人は、どこか軽い人だった。付き合い始めた時から、そこだけはずっと変わらない。美形ではないけれど、もし女性に対して、付き合わない? と声を掛けたら、その人がナチュラルに、うんと言ってしまいそうな空気がある。だからモテるとまでは言わなくとも、誘われたらOKを出す女子は、それなりにいる気がした。でも実は、そこがオキヨにとって、俊の一番好きな所だった。重みや負担のない、側にいて苦しくない男の人。隣にいると、何故か自然になれる人。

 オキヨは思った。それに対して、自分の長所は全く思い浮かばない。自分は彼に対して、何ができるというのだろう。
「飲み終わった? 」
 俊に軽い調子で訊ねられて、オキヨはこくんと頷く。
「なら、店を出よう」
 そう言い、彼はがたんと席を立つ。オキヨも素直にその後に続いた。

 支払いを済ませて、小っちゃい可愛い外見の店を後にすると、オキヨは涙をぬぐいつつ言った。
「良いお店だったわ。美味しいし、カロリーは低いし、満たされたわよね」
「うん」
「それで俊、これからどこへ行くの? 」
「オキヨ」
「はい」
「ホテルに行こ」
「えっ」
「外泊しよう」
「あっ、でも、明日仕事が、」
「俺だってそうだよ。でも俺は、今オキヨとやりたいの」
「わ、私、何も準備してないし、それに久し振りだし、」
「俺もこんな予定じゃなかったよ。ただオキヨの話を聞いていて、決めた」
「まだ三時よ。午後の」
「昼下がりの情事。駄目? 」
「……いいわ。いいわよ」
「ホテルのチェックインは、そろそろ大丈夫だろ。駅前でホテルを探そう。雰囲気も何もあったもんじゃなくて、申し訳ないけど」
「俊」
「何? 」
「手を繋いでいい? 」
「うん、いいよ。怖い? 」
「怖くないけれど、私、泣きそうだわ。何でかしら、自分でも分からない。百二十キロあっても、女は泣くのよ」
「男だって泣きたい時もあるさ。特に太った彼女に泣かれたりするとさ、罪悪感がひりひりする―」
「ああ、それ以上言わないで! 私、大泣きしそう」
「なら、やめた。早くホテルへ行こう」
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