金サン!

桃青

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27.

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 そんな話をしているうちに、バスは茨城県内にある、とある公園へ到着しました。平日の午後、お客はそれほど多くなく、木々の緑だけがやけに目に染みます。二人で園内に入ると、はじめさんは真っ直ぐ、どこかを目指して歩き出しました。
「サエさん、海を見に行こう」
「近くに海があるんですか?」
「ある。地球を感じたいときは、海が一番いい」
「地球を感じる……?」
 はじめさんはざくざくと、どんどん道を進んでいき、私は必死に後に続きました。丘の頂までやってきて、そこから先を眺めると、確かに目の前には果てのない、海が広がっていました。
「広いな」
 私がそう呟くと、はじめさんは私を見ていて、二人でにっかり笑い合いました。彼はサラリと名言を吐きました。
「自然こそリアルだ」
「本当にそうですよね。深い言葉」
「ここで飯にしようか。コンビニ飯を、海でも眺めながら」
「いいかも」
 芝生の上で体育座りになり、二人で仲良くおむすびを分かち合い、食べ始めると、そうするだけで、何やら私達の親密度が増した気がするのは、なぜでしょうか。
「なるほど」
 ぽそりとはじめさんがこぼした言葉を聞き、私は訊ねました。
「何が、なるほど、ですか?」
「こういう幸せがあったんだな」
「こういう幸せとは……。自然に浸る幸せでしょうか。確かに私も、今幸せな気分ですけれど」
「誰かと同じ空間を分かち合うだけで、時として人は幸せになれる。毎日一人で書くことと戦っていたから、忘れかけていた、そんなことを」
「そうですね。子供のときは、色んなことをみんなと分かち合ったものです。ごはん、遊び、学び、楽しみ、時としてネガティブな感情も」
「うん」
「だから幸せだったのに、そんな大切なことを、私も忘れかけていましたね。その気持ちが、今少し、蘇ってきている」
「サエさん、はい、コーヒー」
「ありがとう」
「サエさんは、どんな子供時代を送ったのだ?」
「う~ん、特別なことは何もなく、ありきたりな日々でした。親にも愛されたし、友達もまあまあいて、みんなと遊んだり、たまにケンカしたり」
「幸せ者だな。世間では普通でいられない子供時代を過ごした人達も、それなりにいるのだ」
「ええ、分かります。実体験はしていないけれど、占いのときにもよく聞く話ですから」
「私は一人だった」
「子供時代が、ですか?」
「そう。人と交わるよりも、一人の方が、有意義な時間を過ごせると思っていたのだ。本もたくさん読めるし、合理的だとさえ思っていた」
「寂しくなかったですか?」
「寂しくないと思っていた。今日までは」
「……?」
「でもそれは、嘘だ」
「嘘」
「そのことに気付いたよ、私は」
 そういうとはじめさんは静かに笑いました。それから遠い目をして、海をじっと眺めました。
 私も彼の隣でさざめいている海を見つめました。あなたは一人じゃない。あなたの隣には私がいる。そう彼に伝えたい気持ちが溢れてきて、でも言葉にするより、態度で示す方が、今はもっと伝わるような気がして……。だから私は海を見て、たまに彼を見て、そこにいました。時間が許す限り、いつまでもこうしていようと思いました。

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