金サン!

桃青

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30.

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「僕は自由だ」
「確かに今日は、自由行動だったわね。どうだった? 何かいいことあった?」
「僕はネコの限界を超えた。町をパトロールしたり、野良猫を威嚇したり、」
「それって、やっていることはネコそのものよ」
「そうかな? でも、行こうと思えば、行きたいところへ行ける。そのことを知ったんだ」
「なるほど。縄張りがないってことなのね。で、自由を大いに楽しめたの?」
「かなり。僕はね、縄張りがあるのは、ネコの特徴だと思っていたの。でも、人を観察してみて思った。人も同じなんだね」
「人にも縄張りが?」
「うん。皆人の定めからは逃れられずに、あくせく行動している。真に自由な人間なんて、誰もいないんだ」
「……思った以上に深い言葉。でも、ネコも人も、自分らしくあることは、とても大切なことなのよ」
「自分らしくある。それが『自由』の本当の意味なの?」
「そう思うわ。人間の世界では、自分のやりたいようにやろうとすると、とやかくいう人達が、それは沢山いるの。でもその中で、自分を貫く方法を見つけた人が、『自由』もしくは、『幸せ』と呼ばれるものを、手にする。ネコはそんなことを考える必要すらないのかもしれないけれど。
 人間って、思った以上に不器用な動物ね」
「ふん。確かに、形だけの自由にしがみついている人が、沢山いるね」
「ステレオタイプな生き方をした方が、案外人は、幸せだったりもする」
「で、はじめさんとはどうだったの」
「うん、楽しかった。正体不明な面白さに包まれて」
「結婚するの?」
「私達、まだ一回デートしただけよ。お互いのことを少し理解したくらいで、結婚はまだないわ。私の場合はね」
「ほんとに、人間って、面倒臭いなあ」
「ふふ。金サンに言われると、ますますそう思えてくる。……前に私が、社会と距離を置いていることを、チラッと話したのを覚えている?」
「忘れた」
「……。とにかく、そうしたのは、社会の暗黙のルールと私の生き方が、全く合わなかったからなの。その結果、私は社会から外れた道を選択するしかなかった。社会不適合者。そうとも言えるかもね。だから占いの仕事を始めたの」
「僕は、サエも、世の中も、悪くないと思うんだ」
「私も同感よ。ただ、そうやって生きるのは、時として、とても困難なの。ネコと違って、人間は生来社会的な生き物だもの。社会に属したくても、そうできないことは、様々な現象を引き起こす。寂しさ、哀しさ、孤独、隔絶、暗さ、人間恐怖、生きる道が見えない、つまる所、あらゆる負の感情との連鎖。
 でもね」
「ウン」
「だからこそ、そこには悟りがある」
「悟りって何?」
「究極の理解よ。負の闇の中に、悟りが訪れれば、新たな道が生まれる。私はその道を探しているの」
「新しい道を見つけようとしているの?」
「きっとそうだと思う」
「サエが社会の一員になれれば、新しい道なんて作らなくていいのに」
「その方が楽ね。でも」
「ウン」
「これでいいの」
「人からつまはじきにされても?」
「ふふ、そうね。馬鹿みたいだけれど」
「はじめさんはね、そのバカっぽい所が、サエと似ているんだよ」
「けなされている気もするけれど、気が合うって言いたいのよね、金サンは」
「そう。きっと、とても面白いカップルになるはず」
「ありがと。褒め言葉として受け取っておくわ」
「そうして。僕、安心した」
「何が?」
「サエが大丈夫な気がしたから」
「本当に?」
「ネコの言うことは、当てにならないけれどね」
「頭が混乱してきたわ。私はこれでいいのかな?」
「ここから後は、ご自分でお考えくださ~い」
 思わず私達は、笑い合いました。夜はそうやって、しんしんと、更けていったのでした。

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