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進一はその時、家の中をうろうろと歩き回って、何かを探している様子だった。そして廊下の向こうからスタスタと歩いてくるひろみの姿を見つけると、笑顔になって彼女に声を掛けた。
「ひろみ!」
「進一おじさん。」
そう言ってひろみは立ち止まると、何の用事だろうと思って、進一を見つめた。すると進一は彼女の側までやって来て、相変わらず気さくな態度でひろみに話し掛けた。
「今、何かをやっていた所かい?」
「はい、丁度正道様の服の整理をし終えたところです。」
「そうか。じゃあ仕事のキリがいい所で、ちょっと私の部屋に来ないか?休息がてら、少し話し合おう。」
「はい、私は別に構いませんけれど…、でも何を、語り合うのですか?」
「とりあえず私の部屋で待っていてくれ。今私がお茶でも持っていくから。」
「分かりました。じゃあ先に行っていますので。」
そう言うとひろみは進一と別れて、彼の部屋へと足を向けた。
部屋に着き、以前と全く同じく、美しく保たれている部屋に感心しながら、彼女が椅子に腰掛けて待っていると、
「お待たせ。」
と言いながら、進一がお茶を乗せたトレーを片手に持ち、颯爽と部屋に入ってきた。ひろみは会釈して、進一からティーカップを受け取ると、ひろみの真向かいに腰を落ち着けて、スマートな態度でお茶を啜っている進一に向かって、疑問を投げかけた。
「進一おじさん、突然、何を話し合うんですか?何か問題でも…。」
「いやいや別に、そんな深刻な話じゃないんだよ。それよりひろみ。執事の仕事には慣れたかい?」
「そうですね、確かに慣れてきましたし…、それに割と楽しんで仕事をやっていると思います。体も、精神的にも、そんなに大変な仕事じゃないし、むしろ暇な時は暇すぎて、果たしてこんな勤務態度でいいのかと…。」
「―そろそろ落ち着いてきて、仕事の出来具合についても客観的に見られるようになってきているみたいだね。
それじゃあ、どう?私の方から奥様に話してあげるから、2、3日くらいお休みを頂いたら?今までずっと休みもなく、働き詰めだったんだろう。」
「ええ、お休みですか?そんな事、私考えたこともなかったです。私は別に、休まなくても大丈夫…、」
「いや、ひろみ。仕事が板についてきた今、改まって自分を見つめ直してみるんだ。このまま執事の仕事をやり続けていくのか。それとも他に、何かやりたい事があるのか。
その問い掛けは、若い時にしかできないものだよ。そうだな、休みを貰ったらその間に、ちょっと、『自分探し』をしてくるといい。」
「…自分探し、ですか?」
そう言ってひろみはひと口お茶を啜ると、ちょっとの間考え込んだ。2人の間にしばし静寂の時が流れたが、ひろみはふっと思いついたように進一を眺めると、今、考えついた疑問を進一に投げ掛けた。
「進一おじさんは―、今の執事という仕事に満足しているのでしょうか?」
すると進一は、ちらっと意味あり気にひろみを見つめてから、予想外の事を言った。
「実を言うと満足していない。そして自分に向いている仕事だとも思っていないんだ。」
「エエッ?そうだったんですか?」
ひろみは素直にびっくりした。あんなに何もかもスマートに仕事をこなしていく進一おじさんの姿をずっと見続けていたので、彼にとってこの仕事は天職と言ってもいいのでないかと、いつもひろみは思っていたのだ。
すると進一は、まるでそんなひろみの心を見透かして、彼女の疑問に答えるかのように、言葉を続けた。
「でもね、私が早坂家にやって来て、この執事という仕事についた時、今までやって来たどの仕事よりも、私という存在を必要としてくれたんだ。その時に私は、初めて仕事のやりがいというものを、本当に感じる事ができたんだよ。それが私がこの仕事をやり続けてきた、最大の理由でもある。」
「…そっか。お仕事に対して、そういう考え方もある、っていうことなんですね。じゃあ私もお休みを貰って、少し色々な事を考えてみようかなあ?」
「よし、話は決まったな。では、私の方から奥様に話をしておくから。あ、それからもし実家に帰るなら、お母さんによろしくと言っておいてくれ。」
「はい、分かりました。」
「ひろみ!」
「進一おじさん。」
そう言ってひろみは立ち止まると、何の用事だろうと思って、進一を見つめた。すると進一は彼女の側までやって来て、相変わらず気さくな態度でひろみに話し掛けた。
「今、何かをやっていた所かい?」
「はい、丁度正道様の服の整理をし終えたところです。」
「そうか。じゃあ仕事のキリがいい所で、ちょっと私の部屋に来ないか?休息がてら、少し話し合おう。」
「はい、私は別に構いませんけれど…、でも何を、語り合うのですか?」
「とりあえず私の部屋で待っていてくれ。今私がお茶でも持っていくから。」
「分かりました。じゃあ先に行っていますので。」
そう言うとひろみは進一と別れて、彼の部屋へと足を向けた。
部屋に着き、以前と全く同じく、美しく保たれている部屋に感心しながら、彼女が椅子に腰掛けて待っていると、
「お待たせ。」
と言いながら、進一がお茶を乗せたトレーを片手に持ち、颯爽と部屋に入ってきた。ひろみは会釈して、進一からティーカップを受け取ると、ひろみの真向かいに腰を落ち着けて、スマートな態度でお茶を啜っている進一に向かって、疑問を投げかけた。
「進一おじさん、突然、何を話し合うんですか?何か問題でも…。」
「いやいや別に、そんな深刻な話じゃないんだよ。それよりひろみ。執事の仕事には慣れたかい?」
「そうですね、確かに慣れてきましたし…、それに割と楽しんで仕事をやっていると思います。体も、精神的にも、そんなに大変な仕事じゃないし、むしろ暇な時は暇すぎて、果たしてこんな勤務態度でいいのかと…。」
「―そろそろ落ち着いてきて、仕事の出来具合についても客観的に見られるようになってきているみたいだね。
それじゃあ、どう?私の方から奥様に話してあげるから、2、3日くらいお休みを頂いたら?今までずっと休みもなく、働き詰めだったんだろう。」
「ええ、お休みですか?そんな事、私考えたこともなかったです。私は別に、休まなくても大丈夫…、」
「いや、ひろみ。仕事が板についてきた今、改まって自分を見つめ直してみるんだ。このまま執事の仕事をやり続けていくのか。それとも他に、何かやりたい事があるのか。
その問い掛けは、若い時にしかできないものだよ。そうだな、休みを貰ったらその間に、ちょっと、『自分探し』をしてくるといい。」
「…自分探し、ですか?」
そう言ってひろみはひと口お茶を啜ると、ちょっとの間考え込んだ。2人の間にしばし静寂の時が流れたが、ひろみはふっと思いついたように進一を眺めると、今、考えついた疑問を進一に投げ掛けた。
「進一おじさんは―、今の執事という仕事に満足しているのでしょうか?」
すると進一は、ちらっと意味あり気にひろみを見つめてから、予想外の事を言った。
「実を言うと満足していない。そして自分に向いている仕事だとも思っていないんだ。」
「エエッ?そうだったんですか?」
ひろみは素直にびっくりした。あんなに何もかもスマートに仕事をこなしていく進一おじさんの姿をずっと見続けていたので、彼にとってこの仕事は天職と言ってもいいのでないかと、いつもひろみは思っていたのだ。
すると進一は、まるでそんなひろみの心を見透かして、彼女の疑問に答えるかのように、言葉を続けた。
「でもね、私が早坂家にやって来て、この執事という仕事についた時、今までやって来たどの仕事よりも、私という存在を必要としてくれたんだ。その時に私は、初めて仕事のやりがいというものを、本当に感じる事ができたんだよ。それが私がこの仕事をやり続けてきた、最大の理由でもある。」
「…そっか。お仕事に対して、そういう考え方もある、っていうことなんですね。じゃあ私もお休みを貰って、少し色々な事を考えてみようかなあ?」
「よし、話は決まったな。では、私の方から奥様に話をしておくから。あ、それからもし実家に帰るなら、お母さんによろしくと言っておいてくれ。」
「はい、分かりました。」
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