りぷれい

桃青

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15.

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 実家に戻ることが決まってから、私は転職をすることに決めた。実家暮らしをすれば、私が稼いだお金の多くを、私のために使うことができるようになる。多少父にお金を渡しても、以前より収入が少なくても、お金が手元に残るはずだった。だから自分の時間を多く持てる仕事を、選び直すことにしたのだ。
 母を亡くしてから私の中で、理由はよく分からないが、自分の好きなことをしてみたいという思いが、徐々に強くなっていた。だから労働時間の少ない、新聞配達という仕事を新たにチョイスして、残りの空いた時間を自分探しに費やすことに決めた。
 母がいなくなったことで、私の新しいステージの人生が、始まろうとしていたところだった。
  …*…*…
 珍妙な出来事が起こった次の日。現実感覚を揺り戻しながら、早起きして配達所へ向かった。新聞に広告を挟み込む機械の音を聞き、人々の話し声を聞きながら、ほっとして、安心した自分に気付いた。大丈夫、ここの場所はまともだ。顔なじみのおばさんが手を上げて、声を掛けてくれた。
「前田さん、おはよう」
「おはようございます」
「今日は新聞の到着が少し遅れているから、準備が整うまで、もう少し時間が掛かるわよ」
「分かりました」
 私はそう言うと、建物の外に出て、外の景色を眺めつつ、大人しく待つことにした。
(お母さんに新聞配達の仕事をしているって言ったら、なんて言うだろうな)
(何か一つ文句をつけるのは間違いない。母は私のやることに、必ず一回はケチをつけるから)
(お父さんは悪事でない限り、私のやることには口を出さない質だから、自由にできると思っていたら―。
まさかの母の生き返り)
(お父さんが嬉しそうなのは、よかったんだけれど―)
(お母さんが生きているときに、何か伝え損なったことはあっただろうか)
 ぼうっとしながらそこまで考えると、人に呼ばれて、私は仕事を始めることにした。
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