りぷれい

桃青

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21.

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 ふと、私は言った。両親に負けたことはすでに自覚していた。
「江ノ電なんてどうかな」
「江ノ電?」
「江ノ島電鉄。鎌倉という古都が見られて、海も見られて、江ノ島という面白い所にも行けて……。さらに家から近い場所にある」
「鎌倉……。江ノ電か。どうかな、母さん」
「それ、いいじゃない。道子にしては良い発想ね」
「私がネットで、宿の予約をしようか。食事つきで、温泉がある宿がいいよね……、って、やっぱり行くの?」
「当たり前じゃないか。よし、道子が都合のいい日に、直ちに出発しよう。道子はこれから夕刊の配達があるんだろう?」
「うん」
「その時に休日のお願いをしてくるんだ。休日が決まったら、宿の手配も頼んでいいか?」
「分かった」
「旅、旅よ! しかも家族三人で行くなんて、何年ぶりかしら。死んでからこんなことができるなんて、思いもしなかった!」
 普通はできないんだけどね、と私は心の中で呟いた。
「母さん、鎌倉のガイドブックはないか」
「三十年前のならあるかもしれないわ!」
「……お父さん、お母さん。私が新しいやつを持っているから、それを見て」
 そう言って、自分の部屋からガイドブックを取ってきて、二人に渡すと、行き先を話し合うのは二人に任せて、私は力なく、自分の部屋にこもることにした。
  …*…*…
「私の趣味の旅行が、こんな形で役に立つとは」
 私はぼけーっとしながら、頬杖をついて呟いた。もはや母が生きているとか、死んでいるとか、まともに考えて悩む自分が馬鹿馬鹿しく思えてきた。今しかできなくて、今やるべきことは、母とちゃんと向き合うこと。この旅でそれができるかもしれないと思うと、言葉にならない気持ちが、胸の中で様々な形になった。夢、希望、幸せ、絶望、悲しみ、怒り―。
 辿り着くべき答えは、まだ神様しか知らない。
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