あたし、婚活します!

桃青

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22.

全員集合!

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事件の後、しばらくして、3人が平穏な毎日を取り戻しつつあったある日のこと。アンナとカイルが、すでに日課となっている朝の散歩から帰ってくると、メルは仕事の疲れでヨロヨロしながら2人の元へとやって来て、アンナに向かって話し掛けた。
「アンナ、ついさっき電話がありましたよ。」
「え、誰からですか?」
 するとメルは一呼吸置いてから言った。
「リンダからです。」
「ええ?どうしてママが?」
「あなたの様子を見守るため、家族全員でハリスにやって来て、しばらくこっちへ滞在するそうです。」
「…本当ですか?」
 そう言って、今にも目の玉が飛び出しそうなアンナに対し、メルは手つきでまあまあと宥めてから、少し考えると言った。
「まあ、あんな事件もあったことだし、リンダもセナも不安になったのかもしれないわね。まずリンダが、
『何が何でもハリスに行きます!』
 …って言い出して、そうしたらセナも、じゃあ僕も少し休みを取ろうか、なんて言い出して。そうなるとまだ幼いルイを、1人で家に置いていくわけにもいかないでしょう?」
「そんな…。やっと、やっとあの強烈なママから離れて、自由に恋人探しをしているっていうのに…。またしてもあの人が横槍を!」
 アンナがメルに向かってそう訴えると、メルは深く頷いて言った。
「確かにリンダのおせっかいは筋金入りですものね。でもセレナではすでに3人とも、かなりの盛り上がりを見せているらしいわよ。
 じゃ、伝えることは伝えましたから、私は仕事に戻るわね。」
 そう言って頭をボリボリ掻きながら、ぼさぼさ頭で仕事部屋へ引き返してゆくメルを、2人して見送った後、カイルは淡々と言った。
「ふーん、アンナの家族が来るんだ…って、アンナ、どうしたの?」
 その時アンナは、メルに負けず劣らずヨロヨロしながら、どすっとソファーに座り込むと、一言ポロリと呟いた。
「大変だわ。」
「何で?家族が来るんでしょ、嬉しくないの?」
「嬉しいも何も…。パパとルイはまだいいけれど、ママが…、あのママがこの町にやってきたら、間違いなくひと騒動起こすに決まっているわ。」
「ははは、そんなに凄いお母さんなの?」
「あの人は、『あんたは芸術家か』って突っ込みたくなるくらい、自己アピールの激しい人間なのよ。」
 カイルは他人事といった感じで、涼しくアンナに答えた。
「そりゃあ、確かに大変そうだね。」
「ああ、もうどうしよう!カイル、あなたは私の従者よね?私の味方になってくれる?」
「そうしたいのはやまやまだけれど、でも僕の雇い主は君のお母さんだから、彼女には逆らえない立場にいる。」
「ウウ、カイルまで私を見放すようなことを…。私、本当に…、どうしよう!」
 そう1人虚しく叫ぶアンナを、優しい目で見守るカイルだったのである。
 … … …
 そして恐れるべき日はついにやってきた。メルとアンナとカイルが居間にあるソファーに座って、だらだらと雑談をしていると、リンゴ―ンと玄関のベルの音が鳴り響いた。そしてお手伝いさんが小走りになって玄関へ行き、その後何かざわざわした気配が3人にも伝わってきて、
「来たわね。」
 とメルが小声で呟くと同時に、大きなパッショナブルな声が、居間中に響き渡った。
「メル!久し振りね!」
 そう言ってリンダは、ドスドスと足音を立ててメルの元へやって来ると、挨拶のために立ち上がったメルをがっちりと抱き締めた。
「リンダ、元気そうで…、あの、少し苦しいから、もう少し抱きしめる力を緩めて欲しい…、」
「あら、ごめんなさいメル。別に悪気はなかったのよ。」
「ええ、分かっています。」
 するとリンダに続いて居間に入ってきたルイが叫んだ。
「すげぇ綺麗な家だ!なんか、お金持ちの家って感じだ!」
 そしてさらに続いて入ってきたセナも、メルに向かって軽く頭を下げると、丁寧に言った。
「メル、アンナが世話になってすまないね。」
「気にしなくていいのよ、兄さん。結構アンナと一緒に楽しくやっていますから。」
「そうか。それなら別にいいんだが。」
 そうやってアンナの家族は一通りメルに声を掛けた後、やっとソファーで彼らの様子を見て、かちこちに固まっているアンナの存在に気付いた。リンダは次にアンナを後ろから羽交い絞めに…、いや抱き寄せて、真剣に問うた。
「アンナ、もうお金持ちの尻尾は捕まえたの?」
「いえ、まだなんです、ママ。」
 するとセナは彼女の肩をポン!と叩いて、驚嘆に満ちて言った。
「アンナ、お前殺されかけたっていうじゃないか。凄い体験をしたんだな、オイ。」
「パパ、まあそれはそうなんだけれど―。」
「ずるいよ、姉ちゃん。」
「…ルイ。何が?」
「姉ちゃんばっかりハリスで楽しいことやってさ。俺、これからしばらくは目一杯遊ぶんだ。あ、そうだ、姉貴が送ってくれたハリスみやげのクッキー、すんげえうまかった。」
「そう、とりあえず良かったわね…、って誰も私の心配なんかしていないじゃない。」
 そしてレター一家はメルが勧める前に、全く遠慮することなくドスンとソファーに腰を下ろした。いつものことである。メルはお手伝いさんに彼らのお茶とお菓子も準備して頂戴と指示を出すと、自分もソファーの片隅に小さくなって腰を落ち着けてから、小さな溜め息を吐くと、ルイが誰より先にメルに向かって話し出した。
「俺、ハリスに来たの、生まれて初めてなんだ、メルおばさんっ。」
 メルはにこやかにルイに訊ねた。
「そう。どう、ハリスは?」
「うん、すんげえ人がいっぱいいるんだよ、この町って。駅も凄かったけれど、道を歩いていても、人が多すぎて馬車に轢かれそうになるんだっ。それに建っている建物も全部でかいし、畑が全然ないのにびっくりした。」
 メルはルイの言葉にゆっくりと頷いてみせると、それまでキョロキョロして部屋を観察していたリンダが口を開いた。
「やっぱり売れっ子作家は違うわね。ここにあるものって、どれもこれも高そうじゃない。ねえ、いくら稼いでいるの?メル。」
「リンダ、それは内緒よ。」
 すると唯一、辛うじてまともなセナが、やっとアンナに本来するべき質問をした。
「―で、アンナは、恋人はできたのかい?」
 するとアンナはみるみる間にシュンとなり、父に答えた。
「それが…、まだなの、パパ。」
「恋人もいないなんて、あなた、…ちゃんと婚活はしているんでしょうね?」
 リンダにそうきつく詰問されると、アンナはむっとして口答えした。
「もちろんしているわよ、ママ。ハンサムで、優しくて、お金持ちの男性を探しているつもりなのに…、理由は分からないけれど、何故か変な男の人とばっかり出会ってしまうのよ。」
 するとルイはお手伝いさんに振舞われたソーダケーキをばくばく食べながら、2人の会話に口を挟んだ。
「それはね、『類は友を呼ぶ』って言うんだよ。姉ちゃんが変な人だから、変人ばっかりが集まってきちゃうんだ、きっと。」
 するとセナは閃いた!といった顔つきで、ポンと手を叩くと言った。
「そうか、確かにルイの言う通りかもしれないな!」
 ―アンナはその言葉に深い深い溜め息を吐いた。リンダは腕組みをして、彼女にしては珍しく何かを深く考えているようだったが、再びアンナに問い掛けた。
「それはたぶん、まだまだ出会いの絶対数が足りていないのよ。アンナ、パーティにはきちんと出ているの?」
「2~3回は行ったわよ、素敵な男性とは全然巡り会わなかったけれど。」
「2,3回?!駄目じゃないの。もっと、何て言うのかしら、その…。とにかく男の人に、心で体当たりをするのよ!」
「ごめん、ママが何を言っているのか、よく分からないわ。」
「ああもう、じれったい子ね!本当に。
 メル、今度の婚活パーティは、いつ開かれるのかしら?」
「…婚活パーティではないけれど、若い男性が大勢来そうなパーティだったら、明後日に開かれますよ。」
「それよ、まさしくそれだわ!アンナ、そのパーティにぜひ参加しなさい。そして私も付いていきますからね。」
 アンナはぎょっとして、思わず反論した。
「ええ、ママが?そんなの絶対にイヤ!一緒に来て…、何をするつもりなの?」
 するとリンダは訳知り顔で、堂々と答えた。
「まずハリスで、皆にあなたの存在を知ってもらうためには、殿方によろしくお願いしますって、きちんとご挨拶しなければいけないでしょう?」
「ここはセレナじゃなくて、ハ・リ・スなの。田舎とは事情が違うんだから、そんなことする人なんて、誰もいないわよ!」
 アンナの言葉を聞いて、お茶を啜りながら静かに頷くメルだった。しかしリンダはその言葉には全く耳を貸さず、はっと何かを思いついた様子で話し続けた。
「そうそう、それからアンナは一見とっつきにくい娘に見えるから、私がそのことを殿方にきちんと説明する必要があると思ったのよ。この子は美人ではないけれど、割と性格がいいんですよって…、」
「ママ、やめて…。」
 消え入りそうにそう呟くアンナを見るに見かねたメルが、そっとリンダに正論をかざした。
「リンダ、自分自身について理解を深めてもらうのは、あなたがやるべきことではなく、アンナ自身がすることですよ。」
「あら、そうかしら、メル?」
「ええ、そうです。」
 しかしリンダは端から自分が折れるつもりなどなかった。
「とにかく私がしっかりとアンナを見守って、会話の助け舟をバンバン出してあげますからね。ママに任せておきなさい。そして熟練した女の目で、あなたにピタッとくる男性を、何としても探し出してみせます。」
「ウーーー、ママ。」
 もはやアンナは唸るしかなかった。すると美味しいケーキを心ゆくまで食べて、すっかり満足した様子のルイが、話題をころりと変えた。
「ねえ、俺、何処かに行きたいよ!もっとハリスについて、色々知ってみたいんだっ。」
 するとようやく存在感を顕にしたカイルが、ルイに話し掛けた。
「じゃあ、もし良ければ、僕が何処かへ連れていこうか。」
「エッ、いいの?」
 そう言って目をキラキラさせるルイに、カイルは笑顔で答えた。
「うん、いいよ。まず君のご両親の許可が下りてからだけれどね。」
「母さん、俺、カイルと一緒に観光に行きたいんだっ!」
 するとルイの言葉に対し、気も漫ろといった様子のリンダは、軽くあしらった。
「ええ、好きにしなさい、ルイ。それからカイル。」
「はい。」
「私がハリスにいる間は、従者の仕事はお役御免です。私がアンナの従者の役割を果たしますからね。」
「ええ、分かりました。」
「…何だか私、頭が混乱してきた。気のせいか頭痛までしてきた気が…。ちょっと部屋で休んでくる。」
 そう言ってヨロヨロとソファーから立ち上がるアンナを見て、メルは小声で呟いた。
「まあ、そうでしょうね。」
 リンダはぬかりなくその後ろ姿に声を掛けた。
「アンナ、きちんとパーティに出る準備をしておくんですよ!」

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