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17.白井タクヤ

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 私は手の動きを止め、ゆっくりと顔を上げて白井さんを見た。彼はまるで私の心を読んだかのように、私を見つめている。ドキドキしてくる自分の気持ちを抑えながら、私は言った。
「白井さん、あなた、調和師ですか? 」
「調和師って何ですか。よく分かりません」
「空気や気配、気の流れや雰囲気を操り、支配することもできる力を持つ人のことです。私も、そうなのですが」
「……。ま、そうですね。できるっちゃあできるかな。僕の心のブロックは、吉野さんには解けなかったみたいですね」
「あなたが作った物でしょう。いつでも自分で取り外しが可能なはずですが」
「その通りです」
 そう言って白井さんは低い声で笑いだした。雄大君は何事だといった感じで、目を丸くして彼を見つめていたが、その時、私は自分の心を、新鮮さと驚きをもって眺めていた。
 ずっと、ずっと会ってみたいと思っていた自分の仲間。ついに会えた。
 でも私は喜びを感じていない。彼は確かに私と似た能力を持ち、鍛錬してその力を自在に操ることができるが、自分の楽しみのためだけに使っている。そんな感じがした。私と仲間なんかじゃない。それに抱擁をもって、迎えるべき相手でもない。彼と対立する存在、それが私だ。白井さんはすでに、十分にそのことを理解している気がした。私は言った。
「何しにここへ来たんですか」
「挨拶をしに。ついでに偵察もするつもりで」
「私のことを? 」
「あなたのこともそうだし、ついでに隣の彼のことも。僕は親切だから、自分を紹介するために、自らここへやってきましたよ。隣のお兄さんに関しては、服のセンスも最悪だけれど、才能もでくのぼうみたいですね。見るだけで、何も操れない」
 雄大君はその言葉にかなりカチーンと来たらしく、むっとして声を張って言い返した。
「あなたの、五分分けの髪型のセンスも、なかなかのものですけどねえ」
 白井タクヤはにやにやしている。顔に、おまえ馬鹿、とはっきり書いてあった。その間にできた少しの間を使って、私はさらに彼を探ろうとしたが、フッと思った。
(もしかして、白井さんも今、私に対して同じことをしようとしているのかもしれない)
 そう考えると、得体のしれない怖さが私を包み込む。これまでの人生の二十八年間、私は一方的に、他人や世界の空気を読み続けて生きてきた。逆に誰かに読まれることなぞ、考えもしなかった。でもこの人、白井さんにはそれができる。彼は細い指をピアノでも弾くみたいに、カタカタ動かしながら言う。
「このサロン・インディゴ? の空間は、なかなか良いものですけれど、金運の強い流れを感じないですね。それほど儲けていないでしょ。もしかして吉野さんって、そういうの、操れないんですか? 」
 私は混乱を抑えながら言った。
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