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桃青

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22.潜入

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 依頼人である男性が、ペコペコと頭を下げながら帰っていった後、私と雄大君はくるりと椅子を動かして、向かい合ってから話を始めた。雄大君は鼻から息を吐いて言う。
「今回はまともな依頼でしたね。何だかよく分からないけれど、とにかく困っているという、俺達向きの案件」
「そうね、気になったのは……。多幸感という言葉を使っていたのに、あの男性に幸せ感がなかったのよね。不幸ではないのだと思う。でも……」
「オーラ的にも、ハッピーなキラキラ感がなかったですね。それって問題ですかね。地に足がついている感じがして、いいんじゃないですか? 」
「でも彼は困っているのでしょう? 」
「まあ、そうです。あー、どんてんフラワー植物園へ行けるんですね。久々の旅だあ」
「ぶっちゃけて言えば、私も可愛いお花を見られるのが楽しみではある」
「仕事が終わって、無事解決したら、サービスエリアでご飯を食べて、おみやげも買いましょう。俺、信玄餅探そ」
「私は東京ばな奈」
「植物って、オーラではないけれど、植物なりの気配というか、気みたいなものを出しているんですよ」
「そうなんだ。ああ、あれ? 葉を切っても、そこには何らかの存在感が残っているっていう、よくある実験のこと? 」
「俺が言っているのは、それじゃないですね。でも植物達の様子を俺が探れば、今回の問題は一発解決です」
「そうかな。だといいけれど」
「明るく明るく、前向きに。ポジティブは水希さんの苦手分野ですけれど」
「まあ、私にも色々事情があってね」
 ☆☆☆
 数日後のこと、私と雄大君は車で、どんてんフラワー植物園へ向かっていた。依頼人である藤田通さんによれば、客の入りは相変わらずパッとしないままだという。花の季節である春になるというのに、このままだと植物園の経営も、厳しくなるかもしれない。雄大君の言葉で我に返った。
「ここですね、駐車場は」
「本当に森の中ね」
「ええ。ここから一キロくらい歩くんでしたっけ。行きましょう、水希さん」
「うん」
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