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桃青

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57.『私』

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 ☆☆☆
 私は林を歩いていた。多分ここは〇〇森林公園だ。緑が目に鮮やかで、夏に向かい準備をしている自然の気配を感じる。
 でも、それ以上は何も見えなかった。
 目の前では小学生の私が、父と一緒にハーモニーを操る練習をしている。あの時は楽しかった。でも、私が創造したものは、多分全部偽りだった。もちろん調和だって、私が操ったものだって、確かに存在した。でも私にはリアルが、実は見えていなかったのだ。そう気付いた。
 その点で白井と大して違っていなかったことも、今なら分かる。
『お父さん、見てて。ここの歪みを直してあげる』
 幼い私がそう言うと、父はニコニコして私を見ている。私の原点であり、今私は原点回帰をしている。幼い私に父は言った。
『水希、どんな感じだ? 』
『えっとね、緑の力がぶくぶくして、泡立って、みんなをぐいぐい押してて、』
『はは、面白いことが起きているんだな』
 その言葉で閃いた。どんな感じとは……。
 今の私にとって、木々は緑で、それ以上でもそれ以下でもない。涼やかな風が流れてゆく。でも気の流れは感じず、焦点が定まり、私がブレることもない。存在することに『見える』という横やりが入らず、本当の自然体の意味を理解することができる。
(見えないって、こういうことだったんだ。私が二十八年間、見ることのできなかった景色。生きてはいても、何も始まっていなかった。本来あるべき立ち位置に立っていなかったんだ。だからやっと、私はこれから人生というものを始められる)
 自分が調和したおかげで―。

 風よ、吹け。鳥よ、飛べ。
 これが本当の自由だ。

 でも何故だろう。悲しくないのに、涙が零れ落ちる。悲しくはないはずなのに……。
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