千年の扉

桃青

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24.

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 さて。一方車をかっ飛ばし、再びファンタジーの事務所まで帰ってきた大江と太田は、肩で風を切って事務所の扉を開けた。
 パソコンと向き合いながら、何かを熱心に読んでいたマークと、アルバイトをしにやって来たいつもの高校生3人組は、そんな彼らを見て口々に挨拶をした。
「おかえりなさい。」
「・・・おかえりなさい。どうでしたか?」
 すると大江は勝利の笑みを抑えきれずに、フッフッフッと笑いながら、鞄の中を探って何かを取り出すと、得意気な様子で言った。
「・・・マーク、これを見てくれ。」
 マークは誘われるように大江が持っているものを見つめ、それから目を大きく見開いて、我を忘れてガタンと椅子から立ち上がると、わなわなと震える指先でそれを指し示して、言った。
「もしかするとそれは、・・・焦人の書いた巻き物ですか?」
「その通り。」
 大江の背後から、自信たっぷりに太田は言った。
「えっ。」「嘘。」「本当に?」
 高校生3人組は口々に奇声を発し、マークは何かに導かれるかのように、大江の元までやって来ると、
「あの、・・・僕も中身を見てみていいですか?」
 とその巻き物に手を差し伸ばして、彼に問うた。大江はニヤリと笑って答えた。
「もちろん、いいとも。
 今そこの机の上に、この巻き物を広げてみせよう。おい、もし良かったらそこのアルバイト3人組も、こっちに来るといい。君達もきっと見てみたいだろう?」
 すると彼らは目をキラキラと輝かせながら、ソファーの側にあるテーブルにやって来て、大江がいそいそとそこに広げた巻き物を、じっくりと鑑賞し始めたのだった。

 ファンタジーのメンバー達は、テーブルを取り囲み、それはしげしげと、開かれた巻き物を観察していた。
「すげー。」
 稔は感心したように言った。
「・・・でも何が書いてあるのか、さっぱり分からないよ。」
 と友は、稔に話し掛けた。すると敬一は1人で納得したように頷いて、こう言った。
「・・・千年前の日本の文字って、こんな感じだったんだ。」
 マークは巻き物に目を走らせてから、腕組みをして、ちょっと考え込んで言った。
「―これは古文書ですね。まぁ、当たり前の事ですが。
 何となく想像のつく文字もありますが、正直これでは文章の内容がさっぱり・・・、分かりません。」
「そう言えば俺って、高校生の頃、古文の成績が特に最悪だったんだよ。だから俺もこれには、完全にお手上げ状態なの。」
 太田はそう言って、両手をホールドアップしてみせた。大江は鋭い目つきをして何かを考えているようだったが、太田に話し掛けた。
「まず第一に。この秘密の書の内容を、現代語に訳さなければならないんだが、できるだけ我々としては、事を急ぎたい。
 ・・・太田、何かいい方法はないか?」
「それはなくともない。
 丁度俺の知人に、そういう事に秀でた大学の研究員がいるから、そいつに頼めば・・・、そうだな、これ位の量だったら2週間くらいで、現代語に訳してくれると思うよ。」
「ビンゴ。
 じゃあこの巻き物はひとまずお前に託すから、後の事は頼んだよ。
 くれぐれも失くしたりしないように。・・・そしてなるべく秘密裏に事を進めるように、最大限の注意を払って。」
「よし来た。任せとけって。」
 するとそれまで大人しく、皆の様子を傍観していたマークが、沸き上がってくる静かな興奮の中で言った。
「これで、・・・いよいよ異世界への扉が開かれるかもしれないんですね。さすがにわくわくしてきました。」
「そうだな。俺なんか興奮してきて、今日の夜はよく眠れなさそうだ。
 ―今まさに地球の命運を、俺達が握っている。」
 太田がそう言うと、
「その通りだ。」
 と大江は言って目を閉じ、自分の心に言い聞かせるように何度も頷いていた。すると稔が挙手をして、大江に訊ねた。
「あのー、大江さん。」
「―うん、何だ?」
「もし異世界に行く事になったら、僕もぜひ、連れていってほしいのですが・・・。」
 すると友も噛みつくような勢いで言った。
「はい!はい!はいっ!私もっ!私も行きたいですっ!」
「俺も行ってみたいです。」
 敬一も切なげな様子で訴えた。
「・・・でもおまえら、学校の方はどうするつもりなの?」
 と太田が聞くと、稔は大真面目に言った。
「僕は異世界に行くときに丁度、風邪をひくことになっています。
―何の問題もありません。」
「私は社会研修って事で、学校をお休みします。」
 友が断固とした様子でそう言い切ると、敬一は両手を合わせ、祈りを捧げるようにして大江に言った。
「僕も何とかしてみせます。とにかく異世界という所へ・・・、どうしても行ってみたいんです。」
 彼らの主張を真面目に聞いていた大江は、フフッと吹き出すと言った。
「君達もいつの間にか、立派なファンタジーの一員になっているじゃないか。その探求心はまさに、ファンタジーの姿勢そのものだよ。
 ―よし分かった。君達も連れていこう。ただし学校にも家族にも、きちんと筋の通る話をつけてくるんだよ。いいね?」
「うわっ、やった。」
「わーい、わーい!」
「すげぇ!」
 そう言って手を打ち鳴らして喜び合う、高校生3人組であった。
 その時フッと何かを思い出したかのように、マークは自分のデスクに戻り、パソコンの画面を確認すると、大江に言った。
「・・・リーダー、実は少し良くない知らせがあります。」
「うん、何だい?」
「Face bookについさっき書き込まれたのですが、ニューカマーのリーダー、イアン・セーガンが、彼らのメンバーを集めて、どうやら日本で集会を開くようです。」
 すると大江の晴れやかだった表情は、少し曇った。
「そうか。何か不穏な行動でもやらかさないといいんだが。
 千年の扉にはタイムリミットがある。だから彼も早く、何らかの進展を仲間に示す必要があるのだろうね。それが、集会を開くという形になったのだろうと思う。
 ・・・イアンも多少、焦っているのかもしれないな。」
「そうですね。」
 そんなマークと大江のやりとりを聞いていた太田は、そんなことは全く意に介せずといった、楽天的な様子で言った。
「まぁとにかく、切り札は俺達の手にあるんだ。あとやるべき事は、突き進むだけさ、ひたすら真っ直ぐにね。」

 それから活気溢れる興奮に包まれたファンタジーの面々は、やっと各々の持ち場について、その日の残っている仕事をやっつけ始めたのだった。
 そしてその時の彼らは、

  『希望』

 という存在を、確かに肌身に感じていたのである。
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