千年の扉

桃青

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49.

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 彼らは森の中を歩き始めた。そこは木々が生い茂り、時たま生き物の影がちらつく深遠な森だったが、馬車が軽く通れるほどの幅がある、舗装はされているけれども、何故か大変踏み心地のいい道が、前へ前へとずっと続いているのだった。
 ケイトは深呼吸をしてから言った。
「この森は、ちょっとイギリスの森と感じが似ているけれど、でも比べ物にならないくらい、ここの方が・・・、何て言うのかしら、緑の匂いが濃厚だわ。とても気持ちがいい。」
 イアンは頷いてから、彼女に答えた。
「今の地球からどんどん消えていっているもの、そしてたぶんとても大切な物が、・・・ここにはあるね。」
 そして、やがて森を抜けた彼らの目の前に、今度は果てが見えないほどに、広々と広がっている畑の光景が開けた。そこには所々で、のんびりと歩いている家畜らしき姿が見え・・・。さらに畑で働いている人々の姿も、ぽつんぽつんとあちこちに見る事ができ・・・。
 それは何とものどかな、ゆったりとした景色だった。
 そしてしばらく続いた田舎道を抜けると、今度は突如町に出た。何で出来ているかは分からないが、頑丈そうな作りの建物がずらりと道の周りに立っており、その街並みの前には、まるでバザールのように様々な物を売る、出店がずらりと並んでいた。
 だが何よりも真っ先にイアン達を驚かせたのは、その建物でも、出店でもなく、その町中に集っている多様な人々の姿だった。
 道を歩いている人を横目で観察してみると、ある人の肌は真っ黒で、片や雪のように真っ白な人もいる。さらに身長がどう考えても2メートルを軽く超えている人や、逆に小人のように小さな人もいたりする。また地球の基準で言えば、天使のように美しい容姿をした人がいるかと思いきや、その一方で非常に醜い人もいたりして・・・。
 そんな様々な人々が渾然一体となって、この、どうやら城下町らしき場所に溢れ返っているのだった。
 イアンはその街の様子に目を奪われて、案内係に話し掛けた。
「この町には、いろんな人種の人々がいるようですね。やりとりの世界では、様々な人達が暮らしているんだな・・・。
 こうやって街中を歩いていると、まるで人種の見本市にでもやって来たみたいです。」
「ええ、そうですね。何しろここ、パレスの城下町にいる多くの人々が、このやりとりの世界の人間ではありませんから。」
「やりとりの世界の人間ではない?それはどういう意味ですか?」
 案内人の言葉を聞いたケイトは、怪訝な顔をして彼にそう問い質した。
「・・・彼らはあなた方と同じように、異世界同士を繋ぐ扉を潜って、あらゆる世界からこの、やりとりの世界へとやってきました。
 つまりここの世界は、宇宙に点在する様々な異世界の交流地点になっているのです。」
「交流地点・・・?様々な異世界の・・・。」
 イアンは全く心外といった様子で、度肝を抜かれたように驚きの表情を浮かべ、やっとこ言葉を呟いた。すると案内人はそんなイアンに、丁寧に説明を加えた。
「そうです。私達は何千年も前から、様々な世界の中継地点としての役割を果たしてきたのです。・・・そして我々の役目は、それぞれの世界がより良い世界を創造してゆけるように、お手伝いをする事なのです。」

 さらに人混みをすり抜けながら道を進んでいくと、彼らの目の前に、まるで中世のヨーロッパのお城のような・・・、大変シンプルな作りだが、がっしりとした面構えの巨大な建物が、姿を現し始めた。その圧倒的な存在感に打たれ、3人は思わずぽかんとしてその建物を見上げていると、案内係は笑みを浮かべて、彼らに言った。
「こちらがパレスになります。さぁ、中へ入っていきましょう。」
 イアン達はその言葉でやっと我に返ると、胸を高鳴らせて、パレスの中へ向かって歩き始めた。

 いざ建物の中に足を踏み入れてみると、中ではそれは様々な人でごった返していた。
「大盛況だな、これは。」
 イアンが思わず呟くと、その言葉を聞いていた遥は、すっかり困ってしまった様子で言った。
「だってイアン、このパレスには宇宙中から人が集まってくるのよ?
 ・・・それも無理からぬことだと思うわ。」
 案内係はイアン達が自分の後に付いてくるのを確認しながら、前へ前へと進んでいた。彼らも人混みを掻き分けながら、先へ進んでゆく・・・。するといくつもの個室がずらりと並んでいる、まるでビジネスホテルのような景観の場所へと出た。案内係は通路の手前にある案内所のような所で、そこに立っている人物と何やら熱心に話し込んでから、どうやら話をし終えて、再び彼らのいる所へ戻ってくると、会釈をして言った。
「では、私はここでお別れです。皆さんはこれから、こちらの通路の先にある、左から5番目の部屋の中へお入りください。そこであなた方と対話する担当の者が待っていますので、遠慮なく自分達の陳述を述べて下さい。
 ・・・分かりましたか?」
「はい。」
 イアンはそう言って、頷きながら同意を示すと、案内係は軽く彼らに手を振って別れを告げてから、再び元来た道を引き返して、人混みの中へと姿を消していった。

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