千年の扉

桃青

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56.

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 次の日。パレスの宿泊部屋から出てきた3人は、大広間を抜けて、出口に一番近い所にある受付案内所の前で、アリサが来るのを待っていた。すると・・・。
 何やら馬車のようなものがトコトコと、人混みを通り抜けながらやって来るのが見えた。ただその馬車なるものが、馬車と呼べない理由があった。それは、車を引っ張っている動物が、馬とは遠くかけ離れた、まるでキリンとカバを掛け合わせたような、何とも奇天烈な外見をしていたためだ。そしてその馬車を操っている人物こそ、紛れもなくアリサだった。
 彼女はイアン達に向かって、嬉しそうに手を振った。彼らも彼女に答えて手を振りながら、大広間を飛び出して、その馬車らしきものの元へと近付いていくと、アリサは彼らの手前で、どうどうと言いながら車を止めてみせ、元気に話し掛けてきたのだった。
「昨日はよく眠れましたか?」
「ええ、おかげ様で。」
 イアンがそう答えると、アリサは大業な身振りをして言った。
「それでは皆さん、この車に乗って!そしてこれからすぐ、私の家へ向かいましょう。さあ!」
 イアンは同意を身振りで示してみせると、早速車の中へ乗り込んだ。それからケイトと遥も、その後に続いた。彼らが荷台のような所にそれぞれ収まった事を確認すると、アリサはくいっと手綱を引っ張り、馬車の向きを変えてから、元来た道を再び引き返し始めたのだった。

 大分見慣れてきた城下町の街並みを抜けると、今度馬車は、何とものどかな田舎道をトコトコと走り始めた。目の前には、時には畑が広がっていたり、様々な実が実っている果樹園の景色が見渡せたり、手つかずの花畑の光景が突然ひらけたりして・・・。
 3人はただただ美しく、穏やかな景色にひたすら見惚れていた。あまりにも心を奪われてしまったために、会話する事すらすっかり忘れてしまう有様だった。
「さあ、着いた。皆さん、降りて下さい。」
 アリサにそう言われて前方を見てみると、そこには目の前に、青い瓦屋根の可愛らしい一軒家がちんまりと建っていて、玄関の扉の前では鎖に繋がれたキツネ(でもおそらくキツネではない何か)が、キャンキャンと吠えていた。その動物を見たケイトは、ぽそっと感想を述べた。
「・・・可愛い。」
 そしてイアン達が次々に馬車から降りると、アリサは家の方へ手を伸ばして、少し得意気な様子で彼らに言った。
「ここが私の家よ。ようこそ、我が家へ。
 ではどうぞ、皆さん中へお入りください。」
「―じゃあ、失礼します。」
「お邪魔します。」
「・・・お世話になります。」
 3人は口々にそう言って、アリサの後に続いて家の中へと入っていったのだった。
 玄関を抜けると、すぐそこに広々としたリビングが広がっていて、部屋の奥の方には、台所があるのが見えた。そしてリビングの真ん中に置かれているテーブルに、1人の男性が着席していて、彼は熱心に、新聞らしきものを読んでいる所だった。イアン達はどうしたらいいのか分からず、部屋の片隅で棒立ちになっていると、その男性はそんな彼らの様子に気付き、笑みを浮かべて3人に向かって、軽くお辞儀をしてみせた。
 アリサはその男性の側まで行くと、
「私の主人です。フィンと言うのよ。」
 と言って、イアン達に紹介してくれた。3人はそれぞれ自分なりのやり方で、彼に向かって挨拶をすると、フィンはうんうんと頷いて、3人を好奇の目でじっくり見てから、ガタッと椅子から立ち上がり、言った。
「よーし、それじゃあ、そろそろ仕事に向かうとするか。おい、そこの若い男の人!」
 するとアリサはすかさず口を挟んだ。
「・・・イアンさんって言うのよ。」
「よし、イアン!これから俺についてきてくれ。そして一緒に仕事をしよう。」
「―えっ、僕がですか?」
 いきなり名指しで用事を言いつけられて、すっかり驚いた様子のイアンは、思わずそう言い返すと、アリサは彼に説明した。
「あなたはこの世界の、普通の生活が知りたいと言っていたでしょう?だから私達が日常でやっている事を、あなたにも追体験してもらいたいと思っているの。
 フィン、お弁当は2人前、ちゃんと持ったかしら?」
「ああ、持ったとも。それにお前がいない間に、俺も淹れたてのお茶を水筒に、たっぷりと準備したしな。それじゃ、おい、その・・・、ええっと・・・、」
「イアンです。」
 すかさずイアンは自ら名乗り出た。
「ああそうか、イアンだったな。はっはっは。
 ―さあ、行こうか。」
「あの・・・、はい。」
 そしてやや戸惑い気味のイアンを引き連れて、2人はリビングから外へと出ていったのだった。
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