千年の扉

桃青

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59.

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 そして時は流れて夕刻になり、フィンとイアンは自宅へと帰ってきた。家の中ではアリサ達が夕食の準備に追われ、リビングでゆったりと休みながら、仕事の疲れを取っているフィンたちの元へ、次々に出来上がった温かい料理を運んできた。アリサはテーブルを見渡すと、言った。
「さあ、どれも上出来に仕上がったわ。素晴らしい。
 じゃあ皆で夕食にしましょうか。ケイト、遥、お手伝いはもういいわ。2人とも席について。」
 それから皆でテーブルを取り囲んで、楽しげな夕餉が始まったのだった。
 アリサは一生懸命に料理を皆に取り分けている、ケイトと遥の連係プレーを見ながら、微笑んで言った。
「ケイトも、遥も、本当に今日はよく働いてくれたわ。私、とても助かっちゃった。
 ・・・あなた達は考え方もしっかりしているし、もしかするとこの“やりとりの世界”でも、やっていけるかもしれないわね。」
 するとフィンも負けじと言った。
「おう、それならイアンもよく働いてくれたよ。この人は頭のいい人でな、俺が話すこの世界の成り立ちの話についても、・・・どうやらすんなりと理解できたみたいだしな。
 な?」
 そう言われて、フィンにポン、と肩を叩かれたイアンは、律儀な様子でお礼を言った。
「はい。色々教えて頂いて、ありがとうございました。」
 色々迷いながら、自分のお皿に料理を盛り付けていたケイトは、やっと席に着くと、彼女にしては珍しく、饒舌な調子で喋り出した。
「でも今日という1日を、アリサさんの家で過ごしてみて・・・。やりとりの世界と地球の世界の日常は、そんなに変わらないんだな、って思いました。」
 アリサは納得したように頷いてから、言った。
「そう。どの世界でも基本というのは、たぶん皆一緒だと、私は思うわ。
 基本を、もし別の言葉に言い換えるとするなら、それは中庸というのか、・・・いわゆる『普通』であるという事ね。」
「普通、ですか・・・。」
 遥がアリサの言葉を繰り返すと、彼女は奥深い笑みを湛えて言った。
「そうよ。普通であるという事は、決してつまらないことなんかではなくて、きっと・・・、一番大切な事だと思うの。」
「普通が・・・、一番大切。」
 今度はケイトがアリサの言葉を繰り返した。

「なあ、俺達が色々このやりとりの世界について教えたんだから・・・、今度はあんた達がその、なんだ、地球とかいう世界の事を、俺らに話してくれてもいいんじゃないか?なぁ、アリサ。」
「そうね、私もぜひ聞いてみたいわ。良かったら教えて頂戴。」
 フィンとアリサにそう迫られたイアン達3人は、思わず顔を見合わせたが、イアンは地球人代表として心を固めると、恥になる事のないように、なるべく正確を期して、地球について喋り始めた。
「―そうですね、地球には何十億という多くの人間が暮らし、世界は様々な国に分かれています。そしてやりとりの世界ほど極端ではないですが、やはり色々な人種の人間が住んでいて・・・、」
 するとアリサは目を見開いて言った。
「そう言えば私、ずっと気になっていたんだけれど、遥は黒い目をしていて、ケイトは青い目をしているの。それに髪の毛の色も2人とも違うし・・・。
 もしかするとこれが、人種が違うっていうこと?」
 ケイトはアリサを見つめて説明した。
「はい、そうです。遥は日本という国に住んでいる東洋人であり、そして私はイギリスという国に住んでいる欧米人です。
 イギリスと日本は、地球という星の上では丁度、正反対に位置している国なのです。そして・・・、」

 それから後、3人から語られる地球にまつわる談笑は、長く長く続けられたのだった。アリサとフィンは地球の話について、心から面白がり、イアン達は話の間に時として挟まれる、アリサ達が語るやりとりの世界のエピソードを、それは興味深く聞いたものだった。
 そしてその日の夜は次第に更けていき、気がつくとイアン達の心は、温かい何かで満たされているのだった。
 ・・・3人はまだはっきりと自覚していなかったが、でもその気持ちに名前を付けるなら、きっとそれは、
 『幸福』
 と呼べるものだったのかもしれなかった。
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