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月光喪失
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「ねぇ、やっぱり鍵掛けなきゃダメなの?」
「ダメだよ。何かあったらどうする」
「あなたが私を噛むことあるかなぁ」
「あるかもしれない」
檻の向こうで、彼女は鍵を掛けた。いつものこと。
「もうあと3分もない」
「あ、あと、肉! しまって置いて!」
意識が薄れる直前にそう叫んだ。
「もうやってる」
彼女のその声はもう今の俺には届かない。
激しい頭痛、骨格がへし曲げられる感覚、駆け巡る雷のような痺れ。その後、俺は”人間としての”意識を失う。
「今月も元気してるかい、オオカミくん」
微笑む彼女に向かって吠える、一頭の獣。
一度も会ったことがない父親がオオカミ男だったと知ったのは、16歳の誕生日に友達を襲った時だった。
故郷はもちろん追われて、ボロボロになりながら10年、どういうわけだか理解のある彼女をゲットして今に至る。
「人間のエンはさぁ、心配性すぎるんだよ」
理解のある彼女ことカクは、檻へ手を入れて獣を撫でた。獣はその手に甘え、体を擦り寄せる。
「オオカミのエンが私を噛んだことなんて一度もないのにね~」
その時、彼女の胸元の長いネックレスが檻の中へふわり、揺れた。銀色の細工が光った。
獣は前足でそれに振りかぶった。
ネックレスのチェーンは砕けて、床に散らばった。
カクは咄嗟に退いたからケガこそはなかった。
「……これは事故! 私が誘った! エンのせいじゃない。エンのせいじゃないよ」
獣は興奮していた。檻に何度も飛びかかり、吠えた。
「……これ、しまっておかないと……」
カクはネックレスの破片を拾い集めると、そのまま地下室を後にした。獣は興奮して、何度も檻に体をぶつけた。
平穏を装いながら、地下室の扉の鍵を三重に掛けた。
自室の部屋の鍵を掛かる引き出しに破片をしまってから、自分の背中が嫌な汗でぐっしょり濡れているのに気づいた。
窓の外は、煌々と満月が輝いていた。
「別れようよ」
次の日の朝、エンはシャワーを浴びるなりそう言った。
「なんで?」
カクはいつも通りに聞いた。あくまで普通に。
「……檻が変形してた。もういつ人間に戻れなくなるかわからない。加減できてない。獣そのものだったろ、昨日」
「あんまり昨日は変わらなかったよ」
「ネックレス壊したろ、俺」
「いや?」
「金具落ちてたよ。檻の中だから拾えなかったでしょ」
「…………ばれてーら」
「ばれてーらだよ」
「……じゃあさ、私も言いたいことあるんだ」
「うん」
いきなり目の前に出された一枚の紙。
「じゃじゃーん! XAXA宇宙飛行士搭乗許可証! ついに許可下りたの!」
「XAXA……? 何で宇宙?」
「オオカミ男が月光で症状が進んでしまうなら、月を壊せばいいんでしょ?」
「それができたら苦労しないって」
カクは何も言わずにニコニコしてる。
「……え、本当に言ってんの?」
「うん、私、本気だよ」
「……そのために取ったの?」
「そのために決まってるでしょ」
「バカじゃん!! 嘘だろ」
「だって私、あなたとずっと一緒にいたい。オオカミになってもいいかなーって思ったこともあったけど、可能性があるなら試してみたいと思ったの」
「行動力の化身かよ……」
エンは濡れたままカクを抱きしめた。カクの頭に雨が降り注いだ。その雨はしょっぱかったが、カクは何も言わずに腕を回した。
あっという間にカクは月へ飛び立った。
中継のテロップには「およそ150年ぶりに月面着陸!」と書かれている。全世界70億人は、この後月がなくなることなんて知らないのだ。よく兵器レベルの爆薬を持ち込めたな本当に。
「とても美しい景色です。私がこれを独り占めしてしまって良いのだろうかという思いさえ浮かびます」
今後誰もその景色は見られないからね。
カクが我が国の旗をその地に突き立てると、色んなところから歓声が上がった。
そうして何の滞りもなく、カクはスペースシャトルに乗り込んで、月を離れた。
月面着陸のシナリオは、ここでおしまい。
後は地球に帰るだけ。
誰もがそう思った時、閃光が炸裂した。
その瞬間、自分の身体が明らかに反応したのが分かった。
何というか、ずっと奥底にあった燃える炎のような、ベタベタとまとわりつく泥のような何かが、確実に小さくなっていくのが分かった。時計を見る。満月30分前だが、オオカミ化の兆候はない。
オオカミは消えたのだ。
パニックになる全世界。彼女はカメラに向かって満面の笑みでピースした。
「帰るね! 夕ご飯は美味しいもの食べよう」
「待ってる!」
遥か遠くで聞こえるはずもないのにそう返してた。
でもカクはまるで聞こえたみたいに微笑んだ。
散らかった部屋を片付けよう。花束を実は準備してた。指輪も。
指輪の箱を手に取って画面を見たら、スペースシャトルに何かぶつかっていた。
「あれは……隕石でしょうか? こちらからはよく確認できませんが、隕石か、宇宙ゴミの一種かと思われます」
「カク……?」
「聞こえますか、カクさん? 私たちはあなたにたくさん聞かなきゃいけないことがあるんです。カクさん、無事ですか?」
カクの姿は映らない。
画面外から急に、左手が映った。
中継はそこで切れた。
山の上にはオオカミがいるから、行ってはいけないよ。
街の子どもに大人は言う。
本当にオオカミがいるの?
そうよ。夜になると聞こえてくるでしょう、オオカミのわんわんなく声が。
月のなくなった世界で、今日も彼はないている。
「ダメだよ。何かあったらどうする」
「あなたが私を噛むことあるかなぁ」
「あるかもしれない」
檻の向こうで、彼女は鍵を掛けた。いつものこと。
「もうあと3分もない」
「あ、あと、肉! しまって置いて!」
意識が薄れる直前にそう叫んだ。
「もうやってる」
彼女のその声はもう今の俺には届かない。
激しい頭痛、骨格がへし曲げられる感覚、駆け巡る雷のような痺れ。その後、俺は”人間としての”意識を失う。
「今月も元気してるかい、オオカミくん」
微笑む彼女に向かって吠える、一頭の獣。
一度も会ったことがない父親がオオカミ男だったと知ったのは、16歳の誕生日に友達を襲った時だった。
故郷はもちろん追われて、ボロボロになりながら10年、どういうわけだか理解のある彼女をゲットして今に至る。
「人間のエンはさぁ、心配性すぎるんだよ」
理解のある彼女ことカクは、檻へ手を入れて獣を撫でた。獣はその手に甘え、体を擦り寄せる。
「オオカミのエンが私を噛んだことなんて一度もないのにね~」
その時、彼女の胸元の長いネックレスが檻の中へふわり、揺れた。銀色の細工が光った。
獣は前足でそれに振りかぶった。
ネックレスのチェーンは砕けて、床に散らばった。
カクは咄嗟に退いたからケガこそはなかった。
「……これは事故! 私が誘った! エンのせいじゃない。エンのせいじゃないよ」
獣は興奮していた。檻に何度も飛びかかり、吠えた。
「……これ、しまっておかないと……」
カクはネックレスの破片を拾い集めると、そのまま地下室を後にした。獣は興奮して、何度も檻に体をぶつけた。
平穏を装いながら、地下室の扉の鍵を三重に掛けた。
自室の部屋の鍵を掛かる引き出しに破片をしまってから、自分の背中が嫌な汗でぐっしょり濡れているのに気づいた。
窓の外は、煌々と満月が輝いていた。
「別れようよ」
次の日の朝、エンはシャワーを浴びるなりそう言った。
「なんで?」
カクはいつも通りに聞いた。あくまで普通に。
「……檻が変形してた。もういつ人間に戻れなくなるかわからない。加減できてない。獣そのものだったろ、昨日」
「あんまり昨日は変わらなかったよ」
「ネックレス壊したろ、俺」
「いや?」
「金具落ちてたよ。檻の中だから拾えなかったでしょ」
「…………ばれてーら」
「ばれてーらだよ」
「……じゃあさ、私も言いたいことあるんだ」
「うん」
いきなり目の前に出された一枚の紙。
「じゃじゃーん! XAXA宇宙飛行士搭乗許可証! ついに許可下りたの!」
「XAXA……? 何で宇宙?」
「オオカミ男が月光で症状が進んでしまうなら、月を壊せばいいんでしょ?」
「それができたら苦労しないって」
カクは何も言わずにニコニコしてる。
「……え、本当に言ってんの?」
「うん、私、本気だよ」
「……そのために取ったの?」
「そのために決まってるでしょ」
「バカじゃん!! 嘘だろ」
「だって私、あなたとずっと一緒にいたい。オオカミになってもいいかなーって思ったこともあったけど、可能性があるなら試してみたいと思ったの」
「行動力の化身かよ……」
エンは濡れたままカクを抱きしめた。カクの頭に雨が降り注いだ。その雨はしょっぱかったが、カクは何も言わずに腕を回した。
あっという間にカクは月へ飛び立った。
中継のテロップには「およそ150年ぶりに月面着陸!」と書かれている。全世界70億人は、この後月がなくなることなんて知らないのだ。よく兵器レベルの爆薬を持ち込めたな本当に。
「とても美しい景色です。私がこれを独り占めしてしまって良いのだろうかという思いさえ浮かびます」
今後誰もその景色は見られないからね。
カクが我が国の旗をその地に突き立てると、色んなところから歓声が上がった。
そうして何の滞りもなく、カクはスペースシャトルに乗り込んで、月を離れた。
月面着陸のシナリオは、ここでおしまい。
後は地球に帰るだけ。
誰もがそう思った時、閃光が炸裂した。
その瞬間、自分の身体が明らかに反応したのが分かった。
何というか、ずっと奥底にあった燃える炎のような、ベタベタとまとわりつく泥のような何かが、確実に小さくなっていくのが分かった。時計を見る。満月30分前だが、オオカミ化の兆候はない。
オオカミは消えたのだ。
パニックになる全世界。彼女はカメラに向かって満面の笑みでピースした。
「帰るね! 夕ご飯は美味しいもの食べよう」
「待ってる!」
遥か遠くで聞こえるはずもないのにそう返してた。
でもカクはまるで聞こえたみたいに微笑んだ。
散らかった部屋を片付けよう。花束を実は準備してた。指輪も。
指輪の箱を手に取って画面を見たら、スペースシャトルに何かぶつかっていた。
「あれは……隕石でしょうか? こちらからはよく確認できませんが、隕石か、宇宙ゴミの一種かと思われます」
「カク……?」
「聞こえますか、カクさん? 私たちはあなたにたくさん聞かなきゃいけないことがあるんです。カクさん、無事ですか?」
カクの姿は映らない。
画面外から急に、左手が映った。
中継はそこで切れた。
山の上にはオオカミがいるから、行ってはいけないよ。
街の子どもに大人は言う。
本当にオオカミがいるの?
そうよ。夜になると聞こえてくるでしょう、オオカミのわんわんなく声が。
月のなくなった世界で、今日も彼はないている。
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