狭間サービスエリア

なんぶ

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狭間サービスエリア

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 どこからか洋楽が聞こえる。
 大きなドームとかでコンサートやっていたような、あの有名なアーティストの曲だ。
 どこから聞こえてくるんだろう。かなりの大音量だと思うけど、不思議と耳障りには感じなかった。
 「……!」
 ハッと気がつくと、白いプラスチックの椅子に座っていた。行楽地やプールサイドにあるような、ありきたりの白い椅子。
 白い安っぽいテーブルもある。4人で囲んで座れるようになっている。同じような組み合わせが、建物に沿うように配置されている。
 誰もいない。私以外誰もいない。
 すっかり暗い。真夜中じゃないか? 人の気配が全くない。遠くで、大きなトラックが横切るような音が定期的に聞こえる。
 怖くなって、立ち上がって辺りを見回す。
 「…………はざまサービスエリア……?」
 看板にはしっかりそう書いてある。聞いたことない地名だった。サービスエリアってことは、少なくとも高速に乗ったんだ。
 「…………」
 自分が何をしていたか思い出そうにも、全く思い出せない。建物のガラスは汚れているのか曇っていて見づらく、今自分がどんな格好をしているのかわからない。手元を見るが、疲れているのか、目が擦れてしまってよく見えない。
 ただ、サービスエリアのショップの明かりが煌々と見えた。
 「…………」
 とりあえず、中に入ってみることにした。


 お土産が並び、自販機が並び、B級グルメのお店がある。明かりはついて、いい匂いはしてくるけど、やはり誰もいない。
 全く何をしていたか思い出せないけど、高速バスに置いて行かれた人の話を聞いたことがある。自分がそうだとしたら、かなりやばい。スマホもないし。
 「……うわ、懐かし」
 狐のような生き物が、真珠みたいなピカピカした珠を持っているキーホルダー。
 「まだ売ってるんだ、これ」
 家族でどこかに行った時、買ってもらったなあ。確か、尻尾の先が濃いピンクだったやつ。今どこにあるんだっけ。
 「えっ」
 ふと見た壁のポスターに目を奪われる。
 『サメソフト』好評発売中! と大きく書かれていて、グレーと白の絶妙なミックスソフトが載っている。
 「これ部活のみんなと食べたやつ」
 なんだー、ただのゴマのソフトクリームじゃん! とゲラゲラ笑いながら、合宿の途中で食べた。あれは確か海沿いだった。近いのかも。でも、ということは、かなり私は遠出をしてしまっているということだ。
 「えっ、何でここに」
 初めて海外へ行った時、当時の職場に買ってきた海外のお菓子が並んでいる。歯にくっつくから、課長の詰め物が取れてしまったあのお菓子。
 「……え、ここって……」
 夢じゃないか?
 そう気づいた途端、咄嗟に頬をつねったが、痛い。
 夢じゃないか。
 夢じゃないの?
 ショップを飛び出す。
 車が何台か止まっている。一台一台、人がいないか見てみるが、気配がない。
 トラックなら、中で誰か寝ているかも。
 「すみません! すみませーん!」
 声を張り上げて、悪いと思いながら車体を叩くが、やはり気配は感じられない。
 嫌な汗が背中を伝う。
 危ないかもしれないけど、サービスエリアの出口へ向かい、恐る恐る道路を見た。
 車は走っている。でも、まるで映像を早送りしているみたいに、声をかけるとか、目の前に飛び出すとかは難しい様子に見える。
 「やだ、やだやだやだ、嘘、どこ、私今どこにいるの……」
 涙がボロボロと溢れる。温かい。温かくない方が良かった、ここが現実と思いたくない。
 再びサービスエリアに入り、自販機でたこ焼きとコーンスープを買った。
 たこ焼きは子供の頃によく買ってもらったたこ焼きの味。
 コーンスープは、学校帰りによく買っていたコーンスープの味。
 美味しくて、懐かしくて、おぞましくて、つらい味だ。早く思い出したい。何をしていてここに来たのか。明らかに普通の場所じゃない。

 時間が止まっているらしい。
 いつまで経っても、外が明るくならない。ずっと真夜中のままだ。
 昔のことならポツポツと思う出せるけど、最近のことが全く思い出せない。
 積み重なった自販機フードの空の容器と、紙コップ。
 遠くからはずっと洋楽が聞こえてくる。
 最初は怖くてたまらなかったけど、今はもはや慣れて、落ち着いてさえいる。またウトウトと寝てしまいそうだった。

 「……スキューバダイビングしたことないんだよなあ」
 ふと、自分の口からそんな言葉が漏れた。
 「もっと美味しいお肉を食べてみたいし、あそこのケーキ屋さん行ったことないんだよなあ」
 サービスエリアの中は、ゆったりと洋楽が流れている。
 「——そうだ、今週末遊びに行くって言ってたじゃん」
 彼女の姿は消え、お土産の狐を模したキーホルダーが床に静かに落ちた。

 「ご利用、ありがとうございました」

 その声は、いなくなった彼女の声にそっくりだったが、それを聞いたものはいない。
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