悪役令嬢ベアトリスの仁義なき恩返し~悪女の役目は終えましたのであとは好きにやらせていただきます~

糸烏 四季乃

文字の大きさ
13 / 35

〖嗜好①〗

しおりを挟む
 


「ナイジェル卿。馬、お好きですよね?」


 騎士の仕事が非番の日、また先触れなくベアトリスが伯爵邸に現れた。
 今日は兄のパトリックも居合わせたので、思わずベアトリスの背後に金塊やら宝石の山やらがないか確認してしまったナイジェルだ。そういった類のものは見当たらずほっとする。


「公爵令嬢が定期的に訪問されるとは。聞いていた以上に親密だな」


 ナイジェルの背後で、兄が皮肉げに呟く。
 やはりな、とナイジェルは内心落胆した。
 パトリックはナイジェルが手柄を立てることに敏感だ。魔法の才を認められ学園に入ったときも、第二皇子の側近護衛騎士になったときも、快く思っていないことをあからさまに示していた。
 神のしもべ、ガルブレイス公爵令嬢と親しい。そういう人脈も兄にとっては憎しみの餌なのだ。

 兄がナイジェルを疎ましく思う原因はわかっている。両親だ。
 一歳しか違わないが、ロックハート家の嫡男は間違いなくパトリックだ。それなのに、両親はいつもそろってナイジェルを優先する。
 兄が領地運営の補佐をすることに反対し、王宮での仕官を勧めておきながら、ナイジェルには騎士団に従士として入団することを猛反対した。せめて第二皇子の近衛になってから、将校クラスの騎士として入団するべきだ、と。そんな出世街道を行けるのは、武に秀でた家の嫡男くらいなのに。

 他にも、兄には一向に婚約を認めず、ナイジェルにばかり婚約話を持ちかける。
 さすがロックハート家の男子、と褒めるのはナイジェルにばかりで、兄には一度もそんな言葉をかけるところを見たことがない。

 あの両親の態度では、兄が自分を疎ましく思うのも当然だった。ナイジェルが兄と良い関係でいたいと願っても、両親がそれを許さないのだ。愛情をかけて育てられたとは思うが、なぜ同じだけの愛情を兄に向けてやらないのか。


(ロックハートは代々武門で名の知れた家だったらしいが、それは祖父の代までだ。父は文官の道を選び大臣になったというのに……)


 兄より自分を優先する両親がナイジェルには理解できずにいる。
 ベアトリスにはこの歪な家族関係を知られたくなかった。


「私は騎士ですから、馬は確かに好きですが。我が家にも何頭かおりますし。……もしかして、今度の恩返しは馬?」
「いいえ。ただの馬ではまた受け取っていただけないでしょう」


 そう言うと、ベアトリスはナイジェルを邸の外へとうながした。
 ついていくと、馬留に停まる馬車の馬とは別に、ひと際大きな黒い馬が大人しく佇んでいた。


「ただの馬ではなく、こちらを用意いたしました」
「こ、これは……」


 その馬は、確かにただの馬ではなかった。
 被毛は艶めく青毛、長毛は銀、眼は青という珍しい配色。何よりその頭には二本の禍々しい角が生えていた。


「バイコーン⁉」
「いや、魔物! 馬っぽいけど魔物!」


 なぜだかついて来た兄が、植木に身を隠しながら叫んだ。
 戦闘系の才能はなく頭脳派のパトリックは、これまで魔物を直接見たこともないはずだ。まさか自邸で目にすることになるとは、夢にも思っていなかっただろう。


「はい、魔物です。ですがご安心ください。私が調教しましたので、従順です。従順なバイコーンなら馬のようなものです」
「いや、従順でもバイコーンは魔物だろ。どこに魔物を捕まえて調教する令嬢がいるんだよ……」
「ここに。元、悪女ですので」


 青い顔で「ありえない」と必死に横に振る兄に、ナイジェルもさすがに同意した。
 本当に魔物が従順になったかも怪しいが、とにかく魔物は馬にはなれない。騎士として、魔物にまたがり剣を振るうのは何かを失う気がする。


「ベアトリス様。元悪女でも魔物の調教は危険ですのでおやめください。それから、私には魔物を乗り回すことは出来ません」
「これもダメでしたか。仕方ありませんね。森に返します」
「……返してしまって大丈夫でしょうか?」
「問題ありません。人間に危害を加えないよう調教しましたので」


 ベアトリスがバイコーンの鼻先に手を伸ばすと、魔物はびくびくしながらも必死にベアトリスの手にすり寄った。確かに完全に服従している。
 女神の祝福を受けているというベアトリスは、これ以上能力値が上がりようがないほど高い。最早魔王すら調教できてしまうのではないだろうかと思うほどである。

 ベアトリスがもし運命の乙女であったなら、とんでもない勇者が誕生したかもしれない。
 だが、運命の乙女はベアトリスではなかった。女神の真意はわからないが、その事実にナイジェルは感謝していた。


「では、ナイジェル卿の好みを聞かせていただいても?」


 不意にベアトリスに顔を覗きこまれ、ナイジェルはハッとしてたじろぐ。
 無表情でも、間近で見るベアトリスの繊細な美しさに見惚れる。しかもふわりと良い匂いがし、ナイジェルの心を乱した。


「え……こ、好み? 魔物のですか?」
「いいえ。人間のメスで」


 離れたところからパトリックが「言い方……」と批難めいた声をあげる。
 しかしナイジェルはそれどころではない。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』

放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」 王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。 しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!? 「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!) 怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。

婚約破棄されたので、自由に生きたら王太子が失脚しましたあ

鍛高譚
恋愛
名門アーデン公爵家の令嬢 ロザリー・フォン・アーデン は、王太子 エドワード・カミル・レグノード の婚約者として誰もが認める完璧な貴族令嬢だった。 しかしある日、王太子は突如 “聖女” を名乗る平民の少女 セシリア・ブランシュ に夢中になり、ロザリーに無情な婚約破棄を言い渡す。 「これは神の導きだ! 私の本当の運命の相手はセシリアなんだ!」 「ロザリー様、あなたは王太子妃にふさわしくありませんわ」 ──ふたりの言葉を前に、ロザリーは静かに微笑んだ。 「……そうですか。では、私も自由に生きさせていただきますわね?」 だが、これがロザリーの “ざまぁ” 逆転劇の幕開けだった! 神託と称して王太子を操る “聖女” の正体は、なんと偽者!? さらに王室財政を私物化する 汚職貴族との黒い繋がり も発覚!? 次々と暴かれる陰謀の数々に、王宮は大混乱。 そして、すべての証拠が王の手に渡ったとき──王太子 エドワードは王太子の地位を剥奪され、偽の聖女と共に国外追放 となる! 「ロザリー様を捨てた王太子は大馬鹿者だ!」 「やっぱり王妃にふさわしかったのはロザリー様だったのよ!」 社交界ではロザリーへの称賛が止まらない。 そしてそんな彼女のもとに、なんと隣国の 若き王クラウス・アレクサンドル から正式な求婚が──!? 「私はあなたの聡明さと誇り高き心に惹かれました。私の王妃になっていただけませんか?」 かつての婚約破棄が嘘のように、今度は 本物の愛と自由を手にするチャンス が巡ってくる。 しかし、ロザリーはすぐに頷かない。 「私はもう、誰かに振り回されるだけの人生は選びません」 王妃となる道を選ぶのか、それとも公爵家の令嬢として新たな未来を切り開くのか──?

魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

婚約破棄された竜好き令嬢は黒竜様に溺愛される。残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ

水無瀬
ファンタジー
竜が好きで、三度のご飯より竜研究に没頭していた侯爵令嬢の私は、婚約者の王太子から婚約破棄を突きつけられる。 それだけでなく、この国をずっと守護してきた黒竜様を捨てると言うの。 黒竜様のことをずっと研究してきた私も、見せしめとして処刑されてしまうらしいです。 叶うなら、死ぬ前に一度でいいから黒竜様に会ってみたかったな。 ですが、私は知らなかった。 黒竜様はずっと私のそばで、私を見守ってくれていたのだ。 残念ですが、守護竜を捨てたこの国は滅亡するようですよ?

婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ
恋愛
「働いていない?――いいえ、舞踏会も社交も重労働ですわ!」 前世で“働きすぎて壊れた”記憶を持ったまま、 異世界の公爵令嬢ルナ・ルクスとして転生したヒロイン。 生まれながらにして働く必要のない身分。 理想のスローライフが始まる――はずだった。 しかし現実は、 舞踏会、社交、芸術鑑賞、気配り、微笑み、評価、期待。 貴族社会は、想像以上の超・ブラック企業だった。 「ノブレス・オブリージュ?  それ、長時間無償労働の言い換えですわよね?」 働かないために、あえて“何もしない”を選ぶルナ。 倹約を拒み、金を回し、 孤児院さえも「未来への投資」と割り切って運営する。 やがて王都は混乱し、 なぜか彼女の領地だけが安定していく――。 称賛され、基準にされ、 善意を押し付けられ、 正義を振りかざされ、 人格まで語られる。 それでもルナは、動かない。 「期待されなくなった瞬間が、いちばん自由ですわ」 誰とも戦わず、誰も論破せず、 ただ“巻き込まれない”ことを貫いた先に待つのは、 何も起きない、静かで満たされた日常。 これは―― 世界を救わない。 誰かに尽くさない。 それでも確かに幸せな、 働かない公爵令嬢の勝利の物語。 「何も起きない毎日こそ、私が選び取った結末ですわ」

真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」 公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。 「お前のような真面目くさった女はいらない!」 ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。 リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。 夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。 心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。 禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。 望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。 仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。 しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。 これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩
恋愛
侯爵家の令嬢エレナ・トワインは王太子殿下の婚約者……のはずなのに、正式に発表されないまま月日が過ぎている。 王太子殿下も通う王立学園に入学して数日たったある日、階段から転げ落ちたエレナは、オタク女子高生だった恵玲奈の記憶を思い出す。 『えっ? もしかしてわたし転生してる?』 でも肝心の転生先の作品もヒロインなのか悪役なのかモブなのかもわからない。エレナの記憶も恵玲奈の記憶も曖昧で、エレナの王太子殿下に対する一方的な恋心だけしか手がかりがない。 王太子殿下の発表されていない婚約者って、やっぱり悪役令嬢だから殿下の婚約者として正式に発表されてないの? このまま婚約者の座に固執して、断罪されたりしたらどうしよう! 『婚約者から妹としか思われてないと思い込んで悪役令嬢になる前に身をひこうとしている侯爵令嬢(転生者)』と『婚約者から兄としか思われていないと思い込んで自制している王太子様』の勘違いからすれ違いしたり、謀略に巻き込まれてすれ違いしたりする物語です。 長編ですが、一話一話はさっくり読めるように短めです。 『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています。

婚約破棄された令嬢の細やかな異世界生活

岡暁舟
恋愛
奥手な第一王子クロビッツから婚約破棄を宣告された公爵令嬢のカナエ。与えられた自由に生きる権利。権利を謳歌する令嬢の物語。

処理中です...