悪役令嬢ベアトリスの仁義なき恩返し~悪女の役目は終えましたのであとは好きにやらせていただきます~

糸烏 四季乃

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〖褒賞〗

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 貴族たちの視線が一斉にナイジェルに突き刺さった。


「……え?」


 いま、自分の名前が呼ばれたのか?
 一体なぜ? 先ほど皇帝は何の褒章だと言っていた?
 固まっていると、そっと背中を押される。ベアトリスだ。


「ナイジェル卿。陛下がお呼びです」
「いや、私は……」
「さあさあ、どうぞ前へ」


 渋ると今度はぐいぐい背中を押され、あっという間に皇帝の前に出てしまった。さすが、力が強い。
 皇帝のそばでセドリックが心配そうな顔でこちらを見ていた。ここまで来てしまっては仕方ない。ナイジェルは無数の視線を感じながら跪き、皇帝に向かい臣下の礼をとった。


「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「うむ。ナイジェル卿。其方は神のしもべ、ベアトリス・ガルブレイス公爵令嬢をよく支え、帝国と世界の未来に多大に貢献した」


 重厚感のある皇帝の声を聞きながら、やはりと思った。閉じた瞳の裏にベアトリスの顔が浮かぶ。
 これは彼女の恩返しだ。


「その功績を称え、卿に皇帝直轄領のひとつ、レヴァイン領を与える」
「レヴァインを⁉」
「銀鉱山が見つかったばかりだろう⁉」


 下賜の内容にどよめく貴族たち以上に、ナイジェルも動揺していた。これはあきらかに恩返しの範疇を超えている。
 功績を称えると言われても、まずナイジェルは何もしていない。ただ数年間、ベアトリスは悪くないと言い続けていただけだ。実際にベアトリスを支えたり、救えたことなど一度もなかった。
 それが本当に本当に、歯がゆかったというのに。皇帝という貴族にとって絶対的な存在は使われてしまえば、さすがにナイジェルも断りようがない。


「同時に、卿に伯爵を名乗ることを許す。これは女神のご意思である。……わしからも感謝を。レヴァイン伯爵。其方のこれからの働きに期待している」
「……ありがたき、幸せ。謹んで、陛下と女神のご厚恩に感謝申し上げます」


 そう応えるしかなかった。
 晩餐会の夜とは違い、抑えきれないほどの怒りや悲しみが湧くことはなかった。その代わり失望感……いや、これは喪失感か。
 盛大な拍手を聞きながら、終わってしまったと思った。胸にぽっかりと穴が開いたような空虚さと、寂しさがナイジェルを襲う。
 皇帝の合図で宮廷楽団の演奏が開始される。戸惑いを浮かべつつ主役のセドリックとミッシェルが踊り始めると、続いて招待客たちも次々加わっていった。

 人すれ違うたび祝福の言葉を浴びながら、ナイジェルは真っすぐベアトリスに向かって歩いた。
 ベアトリスはいつもと変わらない無表情でナイジェルを見ていた。
 言いたいことは山ほどあった。だがそのどれもが言葉にならない。
 明るい音楽が鳴り響く中しばらく見つめ合っていると、名前を呼ばれた。振り向くと人の間を縫うようにして父が駆けつけてきた。母と兄のパトリックも一緒だ。


「ナイジェル! これは一体どういうことだ⁉」
「父上、兄上たちも……」
「お前はロックハートを継ぐのだぞ!?」


 肩を掴まれ叫ばれ、ナイジェルは目を見開いた。
 ここで、兄の前でそれを言うのか。
 パトリックが傷ついた顔をするのが見えた。兄のこの顔を見たくなかったから、ナイジェルは騎士となり自分の意志を示してきたというのに。
 公の場で父に拳を振り上げかけたその時、ナイジェルと父の間にベアトリスが割って入った。ナイジェルたちの怒りを宥めるように、それぞれの手に手を重ねて。


「いいえ、ロックハート伯爵。ナイジェル卿はレヴァイン伯爵となりました。ですからもう、あなたがご嫡男を蔑ろにする必要はありません」

 きっぱりとしたベアトリスの物言いに、父が不意を突かれたように驚き後ずさりする。

「ベアトリス様……何なのです。先ほどのあれは、貴女が仕組んだことなのですか」
「伯爵。あなたの誠実さと義理堅さは賞賛に値しますが、その結果家族の不和が生まれては、誰も幸せにはなれないのでは?」
「ベアトリス様、何を言って……」


 まるで何か確信しているかのように父に詰め寄るベアトリスを、ナイジェルは止めようとした。
 しかしベアトリスに真っすぐに見つめられ、動けなくなる。


「私の恩返しは、ナイジェル卿に爵位を贈ることではありません」
「え……?」
「私は卿に幸せになってもらいたいのです。その為には伯爵から真実を語っていただく必要がございます」

 ベアトリスの言葉に、父は顔を青くして声を振るえさせた。

「まさか、調べたのですか……」
「勝手に申し訳ありません。ユリシーズ枢機卿にお願いし、ロックハート領の教会に保管されていた出生記録や洗礼台帳を調べました」


 どこかで話を伺っていたのか、祭服姿のユリシーズが現れ、古びた綴じ本を差し出した。
 父はそれを黙って見ていたが、やがて諦めたように本を受け取りため息をついた。


「なるほど……貴女は神のしもべでしたね」
「伯爵。どうかお願いいたします」
「私からもどうか」


 ベアトリスとユリシーズに頼みこまれる父を、ナイジェルは戸惑いとともに見つめるしかなかった。
 それは兄も同じだった。不安そうな顔で父を見ている。母は父が何か隠していることを知っているのだろう。その顔に動揺はなく、父を信じて任せると瞳が語っていた。


「……敢えて、言う必要はないと思っていた」

 何かを決心したように、父はそう声をしぼりだした。

「私には二つ年上の兄がいた。デイヴィット……それが、ナイジェルの本当の父親の名だ」


 本当の、と思わずもれた呟きが兄のそれと重なった。
 予感はあった。どちらかが本当の子ではないかもしれない、と。父に期待されていたのはナイジェルだったが、父とよく似ているのは兄だった。
 異分子だったのはやはり自分だったかと、戸惑いを浮かべる兄の顔を見つめながらナイジェルはそっと息を吐き出した。







「兄のデイヴィットは私と違い、快活で素晴らしい剣の腕の持ち主だった。ロックハート家は代々武官を輩出する家系だ。兄は将来有望な跡取りだった」


 ユリシーズの計らいで教会関係者に用意された宮廷の一室に場を移し、ロックハート伯爵の告白は再開された。


「しかし……十五のときに兄は身分違いの恋をして、家を飛び出してしまった。貴族とは名ばかりの没落した家の娘と一緒にな」
「その娘が……?」
「ああ。お前を生んだ母親だ。名前はサラ。恵まれた境遇ではなかったはずだが、明るく快活な人だった」


 デイヴィットにサラ。初めて聞かされる実の両親の名は、呟いても感慨が湧かずただこぼれ落ちていくだけだった。


「私が止めるのを聞かず行方をくらませた兄を恨んだよ。私がロックハート家を継ぐ器ではないとは自他ともに認めていたことだ。騎士団の団長を務めていた父……お前たちの祖父からの重圧は筆舌し難いものがあった。兄がいればと何度思ったことか。……情けない話だ」


 ナイジェルの父は、父だと思っていた人は、まるで神に過ちを懺悔する罪人のように項垂れ過去を語っていく。


「パトリック。お前もよく聞いておけ。これから話すふたりは、お前の恩人とも言える人たちだ」


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