不死の魔法使いは鍵をにぎる

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防衛する魔物たち

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ブルデの孫であるエヌケルとは無事交流を持つことができた。
そのため、王都での調査はそこそこに、この日は拠点としている宿屋がある大きな町の周辺を調べることにした。


昨日のヘフテとダモンの話を受けてだ。

王城へと向かうわけでもなく町を襲うわけでもない魔物の姿。



今まで通りの、魔王の立ったこの時期なら有り得ないことだ。
魔法で誓いを立てた内容通り、魔王が魔物の動きを抑えているのだろう。

魔物はどんな様子なのか。
通常なら苛烈な争いが起こっている、町の塀付近はどうなっているのか。



この目で確かめようということになったのだ。













始めに、ヘフテとダモンが言っていた町の東側へ。
町の外に出て周辺をうろついてみる。

不思議な感覚だった。

生き物の気配はある。
葉擦れの音。
息遣い。
鳴き声。


しかし姿を見ない。
いや、よくよく見れば木に隠れる魔物の姿は見える。

距離を保ってこちらの動きを見る目。
襲いかかってくる気配はない。


ヘフテとダモンが見たであろう、うさぎに似た風貌の魔物もいた。

馬と同程度の大きさ。
うさぎよりも鋭い目つき。

これを可愛いと思えるのか。
子供の感覚はわからない。



動物の方は魔物を恐れて隠れているのだろう。
視力を強化し森の中を注視すれば、時たま木の間を駆ける姿がかすめる程度だ。








次に、町と外を区切る塀に沿って町の西側に回る。



防衛用の塀が近づくにつれ、大きくなる戦闘音。
巻き添えは食いたくないため、遠目に様子を窺う。


魔物と兵士が争う姿。
それ自体に変わりはないが、しかし魔物の勢いが違った。

人間を殺せ、施設を破壊しろ、という前のめりな姿勢がない。
避けられる攻撃は避け、致命傷となる攻撃をしない。
攻撃をされての防衛、残虐は尽くさない、という誓いに反しない戦いぶりだ。


兵士に勢いがありすぎて、時折腕が飛んだり足が裂けたりはしているが。


魔物なりに残虐を尽くさないよう手を尽くしている。



ふくらはぎに魔物の爪が貫通して穴が開いた兵士を見てマーツェが動きかけたが、すぐに対応している治癒師の姿に体の緊張を解いた。










そのまま兵士の姿を見つめつつ、ぽつりとつぶやく。
独り言なのか、私に問いかける言葉なのか、曖昧な調子だ。





「なんか、わからなくなるね」

「…何がだ」



「何が正しいのかなって。

私、丸っと信じてた。何の疑いもなく。全部信じてたんだよ。人間が正義。魔物が悪。王が言うことは正しい。魔王は倒すもの。

…疑い始めたのは何度も死んでからだ。呪いについて調べて、ようやく思った。どうして魔王は人間を敵視してるんだろって。何の理由もなく争うはずがないのにね。それまで考えたこともなかったんだよ。

調べてみたら、ああ確かにって思った。私もするのかもしれない。魔王として争うのかもしれない。フォルファと同じ立場だったら。

納得できちゃうんだよね。私が勇者になったのも似たような理由だ。親しい友が魔物に殺された。兵士でも何でもない。官吏として働いてた。戦闘経験なんてない人だった。ああ、バウムも家族が殺されたからだったよね。同じ理由だ。

…今あそこで、魔物と兵士が戦ってる。自分たちから攻撃をしない。反撃もやりすぎない。そう魔物たちは制限を掛けられてる。

それを知ってると、人間が魔物に酷いことをしてるみたいだよね。ずっと逆だと思ってたのに。魔物が嫌いな気持ちは変わってないのに。


………、よく、わかんないや。何言ってるんだろ、私」












まとまらない考えをそのまま口に出しているといった様子。
基本的にぶれない考えを持っているマーツェには珍しい。

人間が正義で、魔物が悪。
人間社会で暮らしていれば、自然と刷り込まれる概念だ。

学校教育や書物、親や周囲の大人の物言い。
魔物被害による経験も上乗せされる。

加えて、魔王が誕生するに至った経緯を知らなければ、魔物から争いを吹きかけているように思えてしまう。
魔物が悪いと嫌うのは当然の流れだ。

その概念を持って長年暮らしていた者が、考えをひっくり返すのは容易ではないだろう。
友人、同僚、親しい者たちを魔物に殺され、魔物を嫌っていたのなら尚更だ。


しかし、魔王が誕生するに至った経緯を知った。
争うのではなく共存を図りたいという魔王の意思を知った。




長年マーツェを構成していた概念が、いま揺らいでいる。







「…どちらが、という話ではないのだろう」





魔物と兵士の攻防へ向けられていた視線が、私に移る。



「ヘフテとダモンが言っていただろう。全員を一緒にしてはいけない、皆違う、と。全員を一緒くたにして、魔物か人間のどちらかに寄る必要はない」





そう、全か無かと判断が付けられるような、簡単なことではないのだ。


私も自分の概念を改めていく必要があるのだろう。









「…そう、だね」




自省も込めて述べた言葉は、どう受け止められたのか。

再び塀での攻防に視線を移していたマーツェの横顔からは読み取れなかった。
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