神の眼を持つ少年です。

やまぐちこはる

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118 それぞれの一日

 フォンブランデイル公爵家では、定期的に神殿契約を交わしているいくつかの貴族が集まって、親睦を深め、また利益やリスクを共有する会議を催している。
 毎日貴族学院で顔を合わせるこどもたちも共に連れられて、公爵邸にお泊まりをして楽しく過ごす。

 ある者は騎士団で剣の稽古を。
 ある者は工作部で物作りを。
 またある者は畑で観察を。

 おとなたちはドリアンから提案された、公爵家工作部を共同事業を行いやすい合同ギルドにしてはどうかという案をのめり込んで話し合っていた。
 ドレイファス団の親たちの他、ローザリオ・シズルス、モーダ・グゥザヴィ、ムルーニア・ヒルルナ子爵も出席している。

 合同ギルドを立ち上げた場合、公爵家の現金利益は減るが、新しい商品ができたときの発案者がより特定しづらくなり、ギルドに加入した貴族は利益が分配される。
 正直、公爵家では既に十分すぎる利益を得ているので傘下に分け与えても痛くも痒くもなく、むしろリスクが分散できるメリットのほうが大きい。
対外的には派閥の結束がさらに強調されるが、それがデメリットになることは対王家、対他公爵家でトラブルでも起きない限り考えにくい。
 断る家はなかった。
 協議の結果、書面上は各家は一定の投資をしてギルドの資本金を用意する。利益は投資額に応じ定期的に還元され、開発したい商品がある場合、開発費用が一定以上かかる場合はこの集まりで稟議の上決定する、新しく参加を希望する貴族がある場合は厳正な調査の上、既加入家での協議が必要など、詳細を決めた。

「それでは。これからも我ら一蓮托生ということで、よろしく頼む」

 ドリアンがにっこりと場を締め、おとなたちの話し合いは幕を下ろした。


 こどもたちはというと。

 アラミスはメルクルと木を削っている。薄く真っ平らに削れるように練習をくりかえしている。

「何か作っているのか?」

 ミルケラが覗くと、メルクルがやさしい視線でアラミスを見

「屋敷の者の仕事が便利になるようにと、いろいろ考えて作ってるのさ」
「ちなみに何を作ってるんだ?」
「木べら」
「ここはどうして削ってるんだい?」

 アラミスは一生懸命に木を削ってヘラ先を他より薄くしている。

「小さな薄鍋で肉を焼くと、厚い木ヘラはお肉の下に入れにくいんです。ひっくり返しもやりにくそうだから」

 鍋の中に挿し入れやすく、返しやすく工夫している。使う人をよく観察し、使いやすくするにはどこをどうすればいいかをよく考えたのだろう。
 ミルケラは、ともすると自分が忘れがちなことを少年が大切に体現していることに感嘆した。

「すごくいいね、使いやすそうだ」

 褒められてうれしそうな顔をあげる。

「うちの厨房で使い心地を試してみよう」

 メルクルが肩を叩いて促すと、まだ粗削りでザラついている木べらを持ったアラミスが立ち上がる。

「じゃあ俺も行く」

 三人が厨房を覗くと、ボンディはいつものように新しいレシピの改良に取り組んでいた。
ノック音を立てると振り返り「おう!」と歯を剥いて笑う。

「試作なんだが、これ使ってみてほしいんだ」

 メルクルがアラミスの手ごと木べらを渡すと、受け取ったボンディはへらの薄さに指を這わせる。

「へえ、いいね」

 早速鍋を火にかけるとすぐ卵を取り出してかき混ぜ、流し込んでジュゥと焼けていくのを見つめながらしばらく待つ。
 アラミスが想定した肉ではないが、木べらを手にしたボンディは卵の縁にそれを挿し込んでいく。焼けた卵は簡単に鍋から剥がされてくるりと丸まった。

「うん、いいねこれ。使いやすい!」

 ボンディの声にアラミスが反応する。

「本当ですか?」
「本当だ。って、まさか君が作ったのか!」
「はいっ!」

 メルクルがうれしそうにアラミスの頭を撫でるのを見、どうやら本当らしいとボンディは腹に落ちた。

「なんならこれ商品化してみたらどうだ?料理人、いや、この鉄鍋を持っている者はみんなこれが欲しくなると思う。セットで売ったらいいんじゃないか?」
「おおボンディ、ありがとう!そう進言してみるよ」

 メルクルがうれしそうにボンディの手を掴み、上下にぶんぶん振り回した。

「アラミスっ、よかったな!」

(いやまだ決まってないが・・・いいのか?)

 いいのだ!
 メルクルもアラミスもボンディも知らなかったが、アラミスのロンドリン伯爵家も、これから公爵家が作り上げる多方面の製作に関わる合同ギルドに組み込まれ、既に動き始めている。
 合同ギルドの第一号商品が木べらになるとは、このとき誰も思ってもみなかった。


 さて。
 カルルドはドレイファスと一緒に畑にいた。ドレイファスはペリルの観察日記をつけているが、カルルドは畑の空を行き交う虫を観察している。大きなトロンビーと青い羽が美しい青羽蝶が多いようだ。

 しばらく見ているとトロンビーの動きは特徴的で、みんな同じ方向に帰っていくことに気づく。追いかけてみると、丘上の牧場の近くにある大木のうろに巣を見つけた!
近寄らなくてもわかるほど、木のまわりでブンブンとうなるような羽音が聞こえた。
 中を覗きたいが、さすがに刺されてしまうかもしれないので、離れて様子を見る。
足に何かをつけて巣に戻るもの、出かけていくもの。見分けはつかないがひっきりなしに出入りをくり返す。トロンビーはみな同じだと思っていたが、大きさも微妙な大小があることがわかり、カルルドは俄然面白くなってきた。
 どのくらいまで近寄れるか試したくなり、一歩、また一歩そろそろと前に進む。
ある所で、蜂たちが警戒するような行動を取り始めたので一歩下がるとまたバラけていく。

(ちゃんと統率が取れているんだ!)

 小さな・・・というには大人の拳ほどはあるが、虫なのにどの蜂かが指示し、従っているらしいと気づくともっとよくトロンビーを知りたくなった。

「カルー!カルディー?」

 丘下からドレイファスが呼ぶことに気づいた。

「おやつだよー」

 手招きされ、トロンビーへの気が削がれる。
何しろ公爵邸のおやつはどれもこれも最高に美味しいから。

「今行くー!」

 転ばないように気をつけながら丘を駆け下りて行った。



 鍛錬場では、ワーキュロイがボルドアとトレモルに剣術ではなく体術を指導している。
 学院内では剣はもちろん、木剣も持ち込むことはできない。頼りになるのは体術。
学院内で授業以外で使用が許可されている魔法のレベルでは、防御には使えない。まあ、シエルドならともかく、ボルドアとトレモルの魔法では最大限の力でもまだたいしたこともないのだが。

「相手の力を受け流して」

 まず受け身を徹底的に教えこむ。公爵は護衛を使い捨てるような考えはしていないが、実際怪我を負えば護衛は務まらないどころか、一生を棒に振る、最悪命を落とすかもしれないのだ。
 それでもその道を選ぶというなら、身を守る術を叩き込まねば。かわいい弟子たちの命を守るために、敢えて厳しくワーキュロイは教えるのだ。アラミスがいないのが残念だが。
 二人の体術を見ていてワーキュロイはあることに気づいた。

「ふたりとも。少し足を開いてまっすぐ立って。手を伸ばしたら手が床につくように体を曲げてー」

 普段一緒に鍛錬しているトレモルは手のひらをぴったり床につけ、まだ余裕があるが、ボルドアは指先をなんとかつけているくらい。体の柔軟性が足りないようだ。

「柔軟体操をやろう!体がよくほぐれれば、動きがよくなるし怪我をしにくくなる。
なあ、ヤンニル家の鍛錬では柔軟はやらないのか?お父上とか」
「柔軟体操ですか?手足をぶらぶらしたり首を回すくらいです」

 そうだったのか!
 ワーキュロイは驚いた。
基礎的な準備をちゃんとやらずにいて、あれだけの動きができるのだからクロードゥル・ヤンニルの身体能力は恐ろしいと背中がすーっと冷えたが、その息子が同じ身体能力に柔軟性ももちあわせたとしたらどんな騎士になるのだろう?家でもできるように丁寧に柔軟体操を教えると、素直なボルドアは一生懸命に覚えてその場でやって見せた。
 よく聞くとクロードゥルは捻挫などの怪我が多いらしいので、父と一緒にやるようにとも言い含めた。
 以前ワーキュロイが所属していた魔獣相手の多い辺境伯騎士隊では、不規則な攻撃に対応するため、より柔軟な体と敏捷性、攻撃力、防御力を徹底的に高める訓練をするものだが、クロードゥルがということではなく、王城騎士団は人間相手を主とするから準備が違うのだろうか?

 実は、ワーキュロイが公爵家にやってくるひと月前、先んじたメルクルが公爵家の騎士団に来た時はクロードゥルと同じように、走るとか、重いものを持ち上げるくらいしかしていなかった。
 メルクルが柔軟体操を提案し、効果が認められて取り入れたあとにワーキュロイが来たので、他の騎士団では柔軟体操をやっていないなど知らなかった。
 公爵家に寄宿するトレモルは、やって当たり前と覚えているので「準備できたか?」と聞かれたら柔軟体操を終えたあとだよな?と理解して返事をするが、ボルドアにとっては手首足首や首まわりをぐるぐる回して解した程度が「準備ができた」状態だった。
 どんな準備をしてきたかを確認せず、すぐ鍛錬に入っていたため気づいていなかったのは、ワーキュロイのミスだ。

「今後は鍛錬前に、共に柔軟体操を行うことにしよう」

 自戒を込めて呟いた。

 まだ、教えられたとおりに柔軟体操に取り組む二人のこどもを見ていると、辺境伯騎士隊を辞めて公爵家に士官したことを本当に運がよかったと、誘ってくれたメルクルに、そして迎えてくれた公爵家に改めて感謝の気持ちが湧き上がる。
 待遇も俸給もだが、何より育てがいのある三人のこどもたちに出会えたこと!
彼らの成長に携わることができることに、心から喜びを感じていた。




 畑でドレイファスとカルルドが蜂やらペリルやらと騒いでいるのを横目に、シエルドだけは師匠ローザリオの指示でひとり、畑の端に建てられた錬金釜でラバンを煮立てていた。
 このくらいの作業ならもうひとりでできるほど、シエルドは真面目に錬金術に取り組んでいる。
 ただ。ラバン水を大瓶に溜めたあと、釜から瓶を外すことはまだできない。身長も力もまだ足りないのだ。早く大きくならないと!焦りはあっても、そう簡単に身長が伸びるわけはない。

「身長が伸びるポーションがほしい」

 ポツっと呟いたのが、ちょうど様子を見に来たローザリオに聞かれたようだ。

「それは難問だな。いままでも考えた人はいたと思うが、そういうポーションは存在しない。だからシエルド、おまえが発明しろ!」
「は、はいっ!がんばりますっ!」

 八歳にしてライフワークを見つけたシエルド。
ローザリオが冗談半分にハッパをかけたことで、シエルドはこの日から錬金術で使う素材だけではなく、あらゆる物の分析とその合成の研究を始める。
 侯爵家の私的資金は潤沢にあったが、ローザリオの工房で作られている(というか公爵邸の庭で作られている)フラワーオイルやフラワーウォーターは、ローザリオとシエルドがまず一定分を、そして残りをシズルス・サンザルブとフォンブランデイルという三貴族で分割している。
 シエルドは六歳から自分の収入があるのだ。もちろん使うアテはなかったのでいままでは貯まる一方だったもの。それをふんだんに使い、思うがままの研究者生活に邁進していくことになる。



 この日。
 フォンブランデイル公爵家に集った者は、それぞれにこれからの人生の指針となる何かを見つけ、夢を、目標を追い始める始まりの一日となった。
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