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呪われたエザリア

プロローグ

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 メクリム王国の国境近く、辺境伯領地に挟まれるようにその子爵領は存在した。

 物々しい辺境伯を抜けると現れるパルツカ子爵領は、人々は朗らかで親切。
 他国の様々な物がほどほどの値段で売られていて、その地まで緊張を強いられながら歩みを進めてきた旅人の財布は容易に緩み、どの店も賑わっている。
 その中でもっとも大きなパルツカ商会は国内でも指折りの商会で、王家御用達だ。

 嫡男ミヒエルは優秀で人柄もよく、町の人々に愛されていたが、妻を亡くして以来独り身を通していた子爵が、突然子連れの使用人と再婚してから歯車が狂い出す。

「ミヒエル様は義妹を虐めている」

 そう噂が流れたのだ。

 しかし彼の婚約者でトレムス辺境伯家の次女アリスは信じなかった。

 屋敷の古参の使用人たちが、後妻が来てから少しづつ入れ替えられ、食事に傷んだものが入っていたりと、ミヒエルのほうが嫌がらせを受け始めていたから。
 ミヒエルがいくら注意しても改善どころか、ミヒエルに暴言を吐かれただの暴力を振るわれただの、まったく違う話が拡散されていくと婚約者から相談を受けたアリスは、急に貴族でもない使用人と結婚した子爵にも不審なものを感じていた。

 どうしたものかと策を練っていたある日、ミヒエルがアリスにさえ書き置き一つ残さず姿を消してしまう。

 きっと義妹を虐めたことを子爵に諌められ、恥ずかしくなって逃げたのだろうと噂されたが、アリスはそれも信じなかった。
 婚約破棄だと憤る両親を宥め、ミヒエルを探すが見つからないまま。

 ただアリスは最近心癒やされる存在を見つけた。

 ミヒエルと同じ翠の目を持つ黒猫だ。拾った野良猫とは思えないほど、出逢った瞬間から運命の恋人のようによく懐いて。
 アリスは黒猫を部屋に招き入れて世話をし、毎日毎晩ミヒエルに話したかったことを黒猫に話した。

「ミヒエル様に会いたい・・・」

 悲しげな呟きを聞いた黒猫は「にゃあん」と鳴いて、尻尾でやさしくアリスの頬を撫でた。










 半年後。
 王国の中央に位置する王都から、ほんの少し東側の小さなサリバー男爵領。

「エザリア!」

 サリバー男爵家当主ブラスが、経営する商会の買付けのために長期の旅に出て以来、毎日屋敷の中でかん高い怒鳴り声が響いている。

 サリバー男爵夫人シュマーが、その地位に似合わぬ大声で義娘の男爵令嬢エザリアを罵倒しているのだ。

「おまえがやったんだろう!!」
「違っ・・」

 破れたドレスを投げつけ、飾りが顔に当たったエザリアの頬にうっすらと血が滲んでいる。

「旦那様がいらっしゃらない間、あたくしが男爵の代理として不届きなおまえに罰を与えてやる」
「違いますわ、私がやったのでは」

 エザリアが真実を話そうとしても、シュマーは聞く耳を持たない。
いや、そもそもドレスを破ったというのはシュマーとその連れ子ロズリンの捏造なのだから聞くわけがない。
 ニヤついたシュマーはエザリアの顎を掴んで顔を覗き込み、残酷そうに笑って言った。

「いいや、おまえに間違いないのさ。誰が違うと言っても、今この屋敷の中はこそがルールなんだからね!
いいかい、エザリアは熱を出したから暫く商会には行けないと連絡して部屋に閉じ込めておき」


 シュマーが雇って掌握している使用人たちに食事を抜かれ、暖炉に薪も入れてもらえない。美しく仕立てられた服も取り上げられたので、袖が短くなったコートを着て薄い毛布を頭から被るが、寒くて眠れない。

「今にみてなさいよ、こんなこと許さないんだから!」

 エザリアは平民で使用人だった後妻などにやり込められる性格ではない。
 しかし、父が旅に出た僅か数日の間にまさかここまでやるとは思わず、隙を突かれて部屋に閉じ込められ、食事も薪ももらえないとなると、足元が弱含むのは仕方のないことだった。

「それにしてもこのまま屋敷で凍死しちゃうなんてこと、ないわよね、まさか・・・」

 もっと羽織れるものはないかとクローゼットを開けるが、幼い頃に着ていた着古しのワンピース・・・とはいっても最上質ではあるが、寸足らずのものばかりが入れられている。

「これ、ゆったりした作りだからまだ着られるかも」

 ふわりと広がるワンピースを取り出して袖を通すと、七分丈のように手首が露出する。それでも着ればまだ寒さがマシになると、一度着込んだコートをその上から羽織った。
 ふとクローゼットの隅に小さな巾着袋が落ちていることに気づく。

「あ、こんなところにあったのね!盗られてなかったんだわ」

 その巾着袋はエザリアが握りしめれば掌に隠れてしまうほど小さい。
紐を解くと袋の中から細い白金の鎖が。引き出すとエザリアの瞳と同じ色の、珍しいほどに深く青いアクアマリンのペンダントトップがぶら下がっている。非常に繊細なカットが施され、一目で高価な物だとわかる品だ。

「おかあさま!よかった」

 エザリアはそのペンダントを首にかけた。
 父が買い付けに出たあと、母の遺品はほぼすべてシュマーとロズリンに奪われてしまったのだ。
 このアクアマリンは宝石箱ではなく、コットンの小さな巾着袋に母手作りのシュシュと入っていたため、気づかれずに済んだ。

「てっきり見つかって盗られたんだと諦めてたわ」

 ワンピースの上にコートを着込み、毛布を被ってベッドに転がるエザリアはペンダントを首にかけ、青い石を握りしめる。
 
 母を取り戻したような気がして、それまでよりほんの少し力が湧いてきた。


 ─おかあさま─


 久しぶりに母の夢を見ながら、浅い眠りについたのだった。


■□■

作者、訳あって庭にやってくる子猫たちを保護することになり、ただいま医療費ヤベー!状況でございまして(;^ω^)
少しでも足しになってほしいという邪な考えで書き上げた作品です(*_*;

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どうぞよろしくお願いいたします。
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