【完結】その令嬢は、鬼神と呼ばれて微笑んだ

やまぐちこはる

文字の大きさ
3 / 41

3話

 その少し前。
マリエンザがタウンハウスへの帰宅の馬車に揺られていた頃。

 ツィータード・ドロレストは、学院内で婚約者マリエンザ・ムリエルガを探していた。
 いつもなら一緒にランチを取り、ムリエルガ家の馬車で途中にあるドロレスト家に送ってもらうのだが。
 今日はランチのときに急にダーマ・エスカ男爵令嬢に相談に乗ってほしいと頼みこまれて、マリエンザに断ることもできずにはぐれてしまった。
 そのまま午後の授業が始まってしまい、帰りに謝ろうと思っていたのに、学院内をいくら探してもマリエンザが見つからないのだ。

 マリエンザの教室を念のためにもう一度覗きに行くと、既に誰もいない教室にマートル伯爵令嬢が忘れ物を取りに戻ってきた。

「あ!あの」

 声をかけると、思いもかけず冷たい視線に晒された。

「なんでしょうか」
「マリエンザ嬢を探しているんだが」
「マリエンザ様は、婚約者様の浮気現場を目撃されて、泣きながらお帰りになりましたわっ!」
「えっ?」

 ツィータードは、言われたことがよく理解できなかった。

 ─浮気現場ってなんだ?目撃?なんのことだ?─


 ダーマ・エスカ男爵令嬢は、美しいが吊り目がちの顔立ちをしていて、実際性格もいろいろときつい。
 クラスの中では彼女の一言で頻繁に諍いが起きるのだが、彼女を苦手とせずに話ができるものが少ないため、担任ドレロから何かあったら学級委員のツィータードが相談相手になってやるようにと指示を受けていた。
 当初は女子委員のカーラも一緒に二人で対応していたが、ダーマがカーラに対しきつく当たることが多く「もう無理だから」と嫌がって、ツィータードのみが対応することになった。

 ツィータード自身ははっきりした性格が好きなので、すぐめそめそするマリエンザは面倒臭くて敵わない。いつも子犬のように自分についてまわり、いつも自分の顔色をうかがうマリエンザが鬱陶しくもある。
 婚約者として大切にはしているが、ダーマと話をするようになってからは、簡単に泣いたりせず、いつもキリっとしたダーマは意外と自分と合うと思っているほどだった。これはもちろん浮気などではなく、友人として付き合いやすいと言うことだが。

 今日のランチタイムに、ダーマが今すぐに相談に乗ってと言ってきたとき、切羽詰まっているようだったのでマリエンザに断りもなく優先してしまったのだが、聞いてみたらたいしたことではなく。
 ただ、その流れでともにしたランチでは、一口食べるたびにうまいかまずいかとおどおど訊ねてくるマリエンザと違い、自ら食べたものをうまいとかいまいちなどと評し、これがおすすめだから食べてみろと勧めてくるダーマとの食事が楽しくて。
 それは相談内容を聞いて、そんなつまらん話で引き止めるなと言ってやろうと思っていたことを忘れてしまうほど。

 ただツィータードは気づいていなかった。

 クラス委員としてダーマの相談に乗っているだけの自分が、すでにまわりからはダーマを特別に気遣い、ふたりで過ごす時間が多いと見られていたことを。
 今日ツィータードがダーマに手を引かれてランチに出た姿ももちろん、見た者の口から噂となったのだが、泣きそうな顔でマリエンザがツィータードを探して歩いていたことで、ツィータードはダーマをマリエンザより優先していると、より確信に満ちた噂が広がり始めたことを。

 そしてダーマについても知らない事があった。
 彼女が『壊し屋』と呼ばれていることを。



 ダーマは、神秘的な黒い瞳と黒髪を持ち、容姿だけは美しい。
 性格を知らずにその容姿から言い寄られることが多いが、慣れると現れるきつさによりすぐ別れてしまう。

 深く考えずに婚約者のいる者とも気軽に付き合い、その婚約が解消されたことも幾度かあるのだ。学内で当たり前に流れる噂を知っていたらもっと注意深くダーマと接したかもしれないが、幸か不幸かそういった噂にツィータードはとんと疎かった。
 彼女を苦手とする者、相手をしたくないとはっきり言う者が多いのは、ただきつい性格だからというわけではなかったのだ
感想 3

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

ソウシソウアイ?

野草こたつ/ロクヨミノ
恋愛
政略結婚をすることになったオデット。 その相手は初恋の人であり、同時にオデットの姉アンネリースに想いを寄せる騎士団の上司、ランヴァルド・アーノルト伯爵。 拒否に拒否を重ねたが強制的に結婚が決まり、 諦めにも似た気持ちで嫁いだオデットだが……。

【完結】わがまま婚約者を断捨離したいと思います〜馬鹿な子ほど可愛いとは申しますが、我慢の限界です!〜

As-me.com
恋愛
本編、番外編共に完結しました! 公爵令嬢セレーネはついにブチ切れた。 何度も何度もくだらない理由で婚約破棄を訴えてくる婚約者である第三王子。それは、本当にそんな理由がまかり通ると思っているのか?というくらいくだらない内容だった。 第三王子は王家と公爵家の政略結婚がそんなくだらない理由で簡単に破棄できるわけがないと言っているのに、理解出来ないのか毎回婚約の破棄と撤回を繰り返すのだ。 それでも第三王子は素直(バカ)な子だし、わがままに育てられたから仕方がない。王家と公爵家の間に亀裂を入れるわけにはいかないと、我慢してきたのだが……。 しかし今度の理由を聞き、セレーネは迎えてしまったのだ。 そう、我慢の限界を。 ※こちらは「【完結】婚約者を断捨離しよう!~バカな子ほど可愛いとは言いますけれど、我慢の限界です~」を書き直しているものです。内容はほぼ同じですが、色々と手直しをしています。ときどき修正していきます。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

【完結】婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜

井上 佳
恋愛
婚約者に裏切られた侯爵令嬢は、 嘆くことも、復讐に走ることもなかった。 彼女が選んだのは、沈黙と誇り。 だがその姿は、 密かに彼女を想い続けていた第三王子の心を動かす。 「私は、国よりも君を選ぶ」 婚約破棄、王位継承、外交圧力―― すべてを越えて選び取る、正統な幸福。 これは、 強く、静かな恋の物語。 2026/02/23 完結

異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない

木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。 生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。 ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。 その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。

第一王子に裏切られた私は意外と身近に転生しました。さぁ復讐を始めましょう……

水城ゆき
恋愛
公爵令嬢のメリアンナは知ってしまった。婚約者である第一王子アストレアが自分の屋敷のメイドであるミレーナにラブレターを送った事を。 憤怒したメリアンナは二人の恋を実らせまいと行動するが、その作戦が上手くいきかけた時。 突然現れたミレーナを見て、思わずアストレアは抱きしめていたメリアンナを突き飛ばした。 メリアンナは階段を転落する事になり、そのまま命を落としてしまう。 しかし次に目覚めた時、メリアンナは第二王子の長女として以前の記憶を保ったまま生まれ変わっていたのだ。 ここからメリアンナの復讐が始まる。