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第8話

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「ねえスミール様、聞いていらっしゃるかしら?今私の父がスミール様のお父様との商談で領地から来ておりますのよ」

 いつものようにともにランチをとりながらゴールディアはカマをかけた。

「そ、そうなんですね、知りませんでした」

 小さな、風に流されて消えそうな声だ。

「そう、スミール家の皆さまを晩餐にご招待したと聞いているのだけど、それもご存知ないのかしら」

 チラッと視線を寄越し、また目を伏せる。
膝にこぼれたパン屑を小鳥に投げながらも、落ち着かない仕草にビュワードの心が表れていた。

「スミール様も必ずいらしてね。お待ちしておりますわ」

 念を押すと困ったような顔で、頷くような首を振るような曖昧な返事をした。

 行きたくてもきっと行けないと言いたかった。どうせ自分の願いが叶うことはないと思うと、ビュワードは虚しくてそれを言葉にすることすらできなかった。




「ゴールディア、彼の様子はどうだ?」
「今日、招待のことを伝えたのだけど、聞いていないそうですわ」
「そうか・・・。万一明日その令息が来なければ、私に考えがある」

 アクシミリオは、真顔でゴールディアに考えていたことを打ち明ける。

「しかし、流石にそんなことはしないだろうがな」



 翌日。ゴールディアはいつもと同じようにビュワードとランチのサンドイッチを頬張った。昼休みが終わり、それぞれのクラスに分かれていく時に、手を振りながらゴールディアはもう一度念を押す。

「今夜ですわね、きっといらしてね」

 予想通り、反応しないビュワードだが。ゴールディアはどちらに転んでもビュワードの力になろうと心を決めていた。





「おお、ゴールディアすごく綺麗だよ!」

 晩餐に向けて来客を迎える準備を終えたゴールディアが、父の待つ応接室に姿を見せると、すたたたと小走りに駆け寄ったアクシミリオは頭の天辺から足の爪先まで順を追って褒め倒していく。
 こうして育てられたゴールディアは、自分が最高の存在だと信じて疑ったことがない。

 ─スミール様は褒められたことあるかしら、さすがにあるわよね・・─

 いつもおどおどとびくついているビュワードを見ていると、顎を掴んで顔を上げさせてやりたくなる。もちろんやらないが。
 顔を上げ、背筋を伸ばして歩くだけでも別人のようになるだろう。しかしそれは人としてごく当たり前のことだ。
 当たり前に顔を上げることも、背筋を伸ばすこともできなくなるほどにビュワードを痛めつけた家族に対し、ゴールディアの怒りは大きくなる一方だった。
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