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73話 ルピア・ヨークス
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トルグス子爵家は王都より西に二日ほど行った先の、子爵家としては一般的な広さの領地で農作物を育てる一族である。
美しい子爵夫人と、彼女によく似た三姉妹が有名だった。
だったというのは、次女メルエが嫁いで僅か一年足らずで病死したから。
姉の嫁ぎ先であるジメンクス伯爵家が、原因不明の病死と言うのを聞いた三女のルビアは納得できなかった。
よりにもよって、三姉妹の誰よりも健康的だったメルエが病死だなんて。
持参金もジメンクスに吸収されてしまった。
ルピアはアレンとジメンクス家に断固抗議をと家族をせっつき、当初両親は不審死だと治安部に訴えたのだが、何故か両親は急にトーンダウンし、気づくと訴えは取り下げられていた。
さすがにおかしいとルピアは食い下がったが、両親と兄に婚約者を決められ、通常より短い期間の婚約であっという間に嫁がされてしまう。
嫁ぎ先はジメンクス伯爵家の遠縁のヨークス男爵。
こうなっては手も足も出ない。
間違いなく何かを隠している両親たちだが、まるで自分を監視しているような夫や義両親には相談することができず、ひたすらひとりでモヤッていた。
ヨークス男爵家に見慣れない男が現れたのは、モヤモヤがどうにもならなくなってきた頃だ。
「奥様、イールズ商会からエスリン伯爵夫人からのお届け物をお持ちしたという者が参っておりますが」
「まあ!エスリン伯爵夫人?すぐに行くから待たせておいて頂戴」
久しく会っていないルピアの友人、マルア・エスリンが何か送ってくれたようだと、華やいだ気持になり、応接へと足を向ける。
ヨークス家に侍女はいないため、メイドを一人従えて。
「あなたがイールズ商会の方?」
訊ねたルピアに、分厚いレンズの眼鏡をかけた黒髪の男が丁寧に頭を下げた。
「お初にお目にかかります、夫人。イールズ商会のインガーと申します」
髪を染め、眼鏡で顔立ちを隠したトリュースである。
「顔を上げて頂戴。マルア様からのお使いと聞いたのだけど」
「左様にございます。こちらをお届けするよう申しつかりました。どうぞお確かめください」
「ええ」
籠に小さめないくつかの箱を入れていたトリュースは、そのうちの一つをルピアに手渡してやる。
かけられたリボンを解き、包装紙を外していくと、中から可愛らしいティーセットが姿を現した。
「まあ素敵!」
「お気に召されましたか」
「ええとても!ねえこのカップにお茶を淹れてきてくれない?」
メイドに告げると、今箱から出したばかりのティーセットを受け取ったメイドは、若奥様と商会の使いが二人きりになってしまうことは頓着せず、カップを手に部屋を出て行った。
足音が遠のくのを慎重に確認したトリュースが、そろそろと切り出した。
「夫人、夫人はトルグス子爵家のご出身とうかがいました」
「ええ、よくご存知ね」
「ジメンクス伯爵家で姉上様にお目にかかったことがございます。遠い旅立ちをなされたと聞きました」
「そうお姉様に!・・・・ねえジメンクス伯爵家でのお姉様はどんな様子だったか教えてくださらない?」
ルピアの目がキラリと光る。
「どんなと申されましても・・・落ち着いたご様子に見えましたが、何かご不審でも?」
「・・・・」
逡巡したルピアは考えに耽る。
会ったばかりの男に疑念を吐露してよいわけがないと。
しかしルピアはヨークス男爵家に閉じ込められることに限界を感じていた。
誰かと思いを共有したかった、姉を知る誰かと。
メイドが戻ってくる前に。
ゴクリと喉が鳴ったのを開始の合図のように、ルピアが口を開く。
「お姉様は私たちの中でも一番体が丈夫だったの。それなのに急に病死だなんて・・・それにお父様たちも・・・」
「お父様たちもとは?」
「だって知らないうちに訴えを取り下げるだなんて、おかしいと思わなくて?」
トリュースが、いやトリスタンがトルグス子爵家では掴めなかった糸口を、ヨークス男爵家でやっと見つけることができたのだった。
美しい子爵夫人と、彼女によく似た三姉妹が有名だった。
だったというのは、次女メルエが嫁いで僅か一年足らずで病死したから。
姉の嫁ぎ先であるジメンクス伯爵家が、原因不明の病死と言うのを聞いた三女のルビアは納得できなかった。
よりにもよって、三姉妹の誰よりも健康的だったメルエが病死だなんて。
持参金もジメンクスに吸収されてしまった。
ルピアはアレンとジメンクス家に断固抗議をと家族をせっつき、当初両親は不審死だと治安部に訴えたのだが、何故か両親は急にトーンダウンし、気づくと訴えは取り下げられていた。
さすがにおかしいとルピアは食い下がったが、両親と兄に婚約者を決められ、通常より短い期間の婚約であっという間に嫁がされてしまう。
嫁ぎ先はジメンクス伯爵家の遠縁のヨークス男爵。
こうなっては手も足も出ない。
間違いなく何かを隠している両親たちだが、まるで自分を監視しているような夫や義両親には相談することができず、ひたすらひとりでモヤッていた。
ヨークス男爵家に見慣れない男が現れたのは、モヤモヤがどうにもならなくなってきた頃だ。
「奥様、イールズ商会からエスリン伯爵夫人からのお届け物をお持ちしたという者が参っておりますが」
「まあ!エスリン伯爵夫人?すぐに行くから待たせておいて頂戴」
久しく会っていないルピアの友人、マルア・エスリンが何か送ってくれたようだと、華やいだ気持になり、応接へと足を向ける。
ヨークス家に侍女はいないため、メイドを一人従えて。
「あなたがイールズ商会の方?」
訊ねたルピアに、分厚いレンズの眼鏡をかけた黒髪の男が丁寧に頭を下げた。
「お初にお目にかかります、夫人。イールズ商会のインガーと申します」
髪を染め、眼鏡で顔立ちを隠したトリュースである。
「顔を上げて頂戴。マルア様からのお使いと聞いたのだけど」
「左様にございます。こちらをお届けするよう申しつかりました。どうぞお確かめください」
「ええ」
籠に小さめないくつかの箱を入れていたトリュースは、そのうちの一つをルピアに手渡してやる。
かけられたリボンを解き、包装紙を外していくと、中から可愛らしいティーセットが姿を現した。
「まあ素敵!」
「お気に召されましたか」
「ええとても!ねえこのカップにお茶を淹れてきてくれない?」
メイドに告げると、今箱から出したばかりのティーセットを受け取ったメイドは、若奥様と商会の使いが二人きりになってしまうことは頓着せず、カップを手に部屋を出て行った。
足音が遠のくのを慎重に確認したトリュースが、そろそろと切り出した。
「夫人、夫人はトルグス子爵家のご出身とうかがいました」
「ええ、よくご存知ね」
「ジメンクス伯爵家で姉上様にお目にかかったことがございます。遠い旅立ちをなされたと聞きました」
「そうお姉様に!・・・・ねえジメンクス伯爵家でのお姉様はどんな様子だったか教えてくださらない?」
ルピアの目がキラリと光る。
「どんなと申されましても・・・落ち着いたご様子に見えましたが、何かご不審でも?」
「・・・・」
逡巡したルピアは考えに耽る。
会ったばかりの男に疑念を吐露してよいわけがないと。
しかしルピアはヨークス男爵家に閉じ込められることに限界を感じていた。
誰かと思いを共有したかった、姉を知る誰かと。
メイドが戻ってくる前に。
ゴクリと喉が鳴ったのを開始の合図のように、ルピアが口を開く。
「お姉様は私たちの中でも一番体が丈夫だったの。それなのに急に病死だなんて・・・それにお父様たちも・・・」
「お父様たちもとは?」
「だって知らないうちに訴えを取り下げるだなんて、おかしいと思わなくて?」
トリュースが、いやトリスタンがトルグス子爵家では掴めなかった糸口を、ヨークス男爵家でやっと見つけることができたのだった。
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