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婚約者は見知らぬ人

第15話

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「そうかそうか!あの坊っちゃまが生まれてから暫くは、奥様とふたりともわたしが診てやっていたんだよ」

 聞いてもいないのに、どんどんと教えてくれる。老婆は会話に飢えていた。

「奥様はどんな方でしたの?」
「うん。輝くような人だったね、産後の肥立ちが悪くて窶れてたけど、それでも美しい人だった!」

 遠い目を空に向け、暫く考え込んでいた老婆は、昔話を二人に話し始める。
それはカーラたちには宝物のような話だった。

「ローリスの奥様はシルベスの人らしく、銀の髪をしていたね。瞳が・・・菫のようだったな。コーデス人には珍しい色だ」
「そうですわね」
「たぶん坊っちゃまも奥様の色だろうなと思ったんだ」

 カーラとエイミの視線が交差する。
隣国とは聞いていたが、ローリスは国境を接する国が二つあり、どちらかはわかっていなかった。大収穫・・・かもしれない。

「大きくなるまで赤ちゃんを診ていらしたんですか?」
「いや、それが十日もするともういいと言われてねえ。奥様はまだ動けるようではなかったけど、あのあと暫くしてシルベスに帰されたんだろうね」

 ということは7日の祝いをもらってすぐ、往診を断られたのだろう。

「生まれたお子様はどうなさったのかしら?乳母がついたの?」
「さあどうだったか」
「私の婚約者様のお姿、可愛らしかったでしょうね?髪の色覚えてます?」
「ん、まだ髪は生えてなかったが、数本出ていたよ。眉や睫毛が透き通るようでマトウ様のような黒髪には見えんかったから、きっと銀髪だと思ったんだったねえ」


 いくら髪色は変わることがあると言っても、銀髪が黒髪に変わることはない。


「そういえば、耳に目立つ黒子があるんですの。赤ちゃんの頃からありました?」
「えー?黒子かい?・・・どうだったかな・・・・・あっ、右の耳か!大きな黒子に見えるんだが、よく見ると小さな黒子が二つか三つか固まっていた気がしたな」
「すごいですね、さすがお医者様になられるような方は違いますわ」
「そうでもないよ、医者は患者の記録をつけるからね」


 ハッとする。


「記録ですか?それって今もあるんですの?」
「ああ、辞めたと言っても、昔の患者が私を頼ってくることがあるからね」


 老婆は自慢げに胸を張った。


「そうだわ、いつかその記録、婚約者様に見せてあげてくださいませんこと?お母様と離れ離れになられていらっしゃるから、お母様のことがわかるものはきっとお喜びになると思いますの」

 よくもまあ、こうも思っていないことが出てくるものだとカーラは自分の口を誇らしく思う。

「やさしい婚約者で坊っちゃまは幸せだねえ。いいよ、だいぶ古いものだから時間がかかると思うけど、どうせ暇だからね。探しておこう」
「まあ!感謝致しますわ先生・・!そろそろ風も冷たくなってきましたからお暇致しますわね。先生・・、私たちまだ暫くこちらに滞在致しますの。今度、今日のお礼にお菓子をお持ちしてもよろしいでしょうか?またこうして先生・・とお喋りを楽しみたいのですけど、いかがかしら?」

 再会を約束するカーラの申し出にすごくうれしそうな顔をした老婆。

「いつでも待ってるよ、ここで!」
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