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コーテズにて

第2話

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 ローリス辺境伯家は、ケリンガン・ボルブによって僅かの間にガラリと、内部も変えられていた。

 北の辺境伯ボルブ家は華美な装飾を好まず、質実剛健が信条だ。一族は実用性を重視し、重厚感のある厚いオークの家具と、床から立ち上る冷気を防ぐための毛足の長い絨毯が必需品である。
 西のローリスはボルブ領と違い、比較的温暖で雪は降らないため、沢山の絨毯を抱えてやってきたケリンガンはその気温差に呆然としたが、冬が到来した折にはそれらを床に敷き詰めると決めて、自分の失敗をリカバリーしたのだった。

「これはいらない、それも外せ」

 屋敷の中に飾られた絵画や家具を指差し、気に入らないものはどんどんと処分した。
 殆どをマトウの個人資産から出しており、体制に影響のない金額だったとは言え、カーラへの慰謝料はそれなりに莫大なもので、多少なりともローリスの財産を減らしたことは間違いない。
 ケリンガンは歴代のローリス当主が集めていた美術品や貴金属で、本当に貴重で財産として残すべき価値のある物以外はどんどんと売り払った。
 そうしていつしかローリスの館は、ボルブ家のような無駄のない、少し寒々とした内装に変えられたのだ。

「うん、このくらいのほうが落ち着くと思わんか?」

 そばにいるはずの執事に訊ねたが、振り返ると誰もいない。少し離れたエントランスホールで腰を折っている。

「あれ、もう来る時間だったか!」



 執事に迎えられ、屋敷に足を踏み入れたカーラはある意味呆然としていた。
まるで追い剥ぎにでもあったかのように、屋敷の大部分の装飾が外されて、重厚感だけが増し増しているのだ。

「よくまあ、ここまで変えたわね」

 思わず口から漏らしたカーラの言葉を、迎えにやって来たケリンガンは耳聡く拾いあげた。

「おう、カーラ嬢!お褒めに預かり光栄だよ。シルベスではのんびりできたか?」

 (いえ褒めてませんから)

 とは言わない。
 カーラも、たぶん自分への慰謝料の補填に売ったのだろうと予想できたから。
それにしても酷い有様で、カーラが悪いわけではこれっぽっちもないのだが、ほんの少しだけ胸がチクリと痛んだのだった。

「のんびり?のんびりはしませんわ!時は金なりですもの。仕入れしまくって、かなり実のある滞在となりましたわ。ところで」

 気持ちを切り替えたカーラが、ケリンガンに被せていく。

「ケリンガン様、もう街の整備を始められたのですね?僅かの間に美化が進んで、街灯までたてられていて驚きましたわ」
「ああ、見てくれたか!街がきれいで明るくなると夜盗も出にくいらしくてな、他には特に何もしていないのに治安も良くなってきているんだ」
「まあ!それはよろしいこと」
「良いと言われるなら、それはカーラ嬢のおかげだよ!
先般カーラ嬢が立ち寄られた時に、ローリスに泊まるなら、ほんの一日もかからずに行けるシルベスにと言っていただろう?それでシルベスに視察を出したんだ。ローリスに人を呼ぶための施策を打たねばならんからね。でもまだまだだ!荒れた街を整えて人や物の流通を上げ、住民たちにも還元してやりたいんだ。幸いにもこの屋敷には売り払うことのできる無駄な物が沢山あるからな」

 ガハハッ!と大きく笑う。

 辺境ローリスは、ある意味とても貴族らしく、しかしある意味ではまったく貴族らしくない領主を迎えて、大きく変貌を遂げようとしていた。
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