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コーテズにて

第14話

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 ヘシーが針子仲間六人を連れてカーラの店にやってきたのは、面接の日から四日後のこと。
日雇いのような臨時勤めだったが、さすがに今日の明日には辞められず、三日かかったと、ため息混じりに話してくれた。
 針子仲間は以前勤めていた高級アトリエの先輩後輩で、今仕事に就いていない者に声をかけて集めたそうだ。

「とりあえず開店準備期間中は臨時雇いということで。でもしっかり働いてくれれば正式に採用する、試用期間とでも考えてくれたらいいわ」

 そう言ってカーラが提示した報酬は、前の店で針子たちが働いた一月分の、なんと三倍の額!
 皆が目を輝かせた。
 カーラの気前がいいのは間違いないが、そもそも針子の給料が安すぎだった。

「「「「「がんばりますっ!」」」」」

 頷きながら嫣然と微笑んだカーラの美しさに、ヘシーと針子たちは飲まれた。
前に会ったときも勿論美しい令嬢だと思ったが、主として君臨するカーラの姿に圧倒されたヘシーは、その後、カーラを輝かせるデザインを考えることを最大の楽しみ、かつ目標として創作活動を開始したのだった。


 こうして最低限必要な枚数のドレスとその小物たちが揃った春の或る日。
カーラの店、その名もズバリ、カーラ・シーズンはプレオープンを迎えた。



「カーラ様!ノアラン・ヴァーミル様がいらしてくださると連絡があったそうですよ」

 友人の令嬢やその母たちが、招待状を手に店に現れ始めた頃、エイミがカーラに囁いた。

「ノアラン様が?」
「はい。先触れがあったそうです」

 それを聞いたカーラの視線はふわりと店内を彷徨ったあと、目的の人物はまだいないと気づいて、バツが悪そうにくすりと笑う

「いついらしてくださるの?」
「明日だそうですよ」
「そう、そうなの」

 それだけ呟くと、くるりと向きを変え、その場を離れて行ったカーラの口元がによによと動いたのが、エイミにはっきりと見えた。

「キャメイリア様の次にノアラン様がお好きですものね」

 ナラもエイミの呟きに頷く。

「明日はもっと気合いれないとね」
「ええ。最高のカーラ様をお見せして頑張って頂かないと」






 ヘアサロンではカーラの友人の一人キュリアラ・メクルメールが、トイルに髪をセットしてもらっている。

勿論、練習に練習を重ねたフラワースタイルだ。

「何これ?これ、本当に私の髪の毛なの?」
「はい。キュリアラ様の髪で仕上げた世界に一つしかない美しい花でございます」

 トイルのその言葉は、キュリアラの心をガッチリと掴んだ。

「このセットはおいくらなの?」

 プレオープン中はカフェとヘアサロンには料金がかからないため、今後のために聞いてみたのだが。
耳元に顔を寄せたトイルがこそりと教えた金額は「え?そんなものでよろしいの?」とキュリアラが訊ね返すくらいのものだった。

「はい、技術料は。こういったカンザシやピンをお買い求め頂かねばならないため、どれをお選びになるかで変動致しますが」
「ピン?うそ、本当に使っているの?全然痛くなかったわよ?」
「そうなんです。新しく開発された特別なヘアピンを扱っておりまして、これならまったく痛みもないですし、髪が引き攣れたりも致しませんの」
「まあ!」

 キュリアラはトイルが見せたピンを手にして、つるりと指も滑る側面に感激した。

「すごい!こんなピン初めて見たわ」

 その反応はまさにカーラの狙い通り。

「これって売り物もあるの?」
「ええ、ございますよ」
「買って帰りたいわ」
「プレオープンにご来店下さった皆様には、お帰りにご用意したお土産がございますの。その中にピンも含まれておりますわ」
「まあ本当?うれしいわ!」

 素直に喜ぶキュリアラに丁寧に頭を下げたトイルは、ニヤと口元を歪めた。
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