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恋と仕事と
第28話
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黙りこくって待つこと数十分。
漸く呼ばれて謁見の間に入ると、ノアランを見た国王は目を丸くしている。
「驚きすぎではありませんか?」
「うむ。すまぬな。先日の偽者がそっくり過ぎてな、まったく似ておらんではないか!」
挨拶をするより早く会話が始まってしまった。
ゴホンと咳払いをした国王は、カーラにも挨拶する間を与えずに手招きで呼び寄せて。
「カーラ!息災であったか?だいぶ派手に慰謝料を使っておるようだな」
「はい、世のために率先して使っているのでございますわ」
シレッとそう言うカーラに国王がくすっと笑っていると、遅れて王妃が現れた。
「カーラちゃん!会いたかったわ。すごい噂なのよ貴女のサロン、あの素晴らしいヘアセット見たけれど、本当に素敵だったわ。あれをわたくしもやってみたいのだけど」
こちらも挨拶なしの、カーラちゃん呼びだ。
「王妃陛下にそう仰って頂き、有り難き幸せにございます」
「そんな堅苦しいのはおやめになって。それで、ねえ手配してくれるかしら?」
「勿論でございます。お客様には未公開の新しいセットスタイルがございますので、そちらを王妃陛下のためにご用意させて頂きとうございます」
「楽しみにしているわね」
「あの、王妃陛下。本日新しいスイーツ店の新商品を持参致しました。先程女官長にお目にかかりました際にお渡し致しましたので、宜しければご賞味くださいませ」
「新しいスイーツ店?」
キラリと王妃のブルーの瞳が煌めいた。
「サロンでお待たせしてしまうお客様にお試し頂いておりますスイーツを、何方でもお手にしていただけるよう、スイーツの店を開店することに致しましたの」
「ではあとで頂きますわね」
王妃はニッコニコであった。
上機嫌の王妃を見て、会話が終わるのをぼんやり見ていた国王も微笑みを浮かべている。
ノアランはこの場に居合わせてみて初めて、カーラやビルス、シーズン公爵家がコーテズ王国や国王夫妻にとり、どれほど影響力を持つのかをじわじわと感じていた。
「さあ、それでは肝心の話に移ろうか」
国王がノアランに、名を名乗るよう促す。
「コーテズ王国の栄華の象徴であらせられる国王陛下にご挨拶申し上げます。シルベス王国のヴァーミル侯爵家ノアランと申します」
「うむ。それは仮の・・・いや、最早もう一つの名が貴殿にとっては仮の名か。
あの父の子だと貴殿が知られたくないと思うなら、以後口にしなくともよいが、ただ一度だけ、自ら名乗りを上げてもらいたい」
国王はノアランが望まなければ、一度だけその身上を明かせば以後は秘することを許すと言っているのだ。
そしてただ一度の名乗りさえすれば約束したものをやろうと言うのだから、ノアランは破格の扱いに恐縮して身が縮こまった。
「ノアラン・ヴァーミルこと、ノーラン・ローリスにございます」
膝をつき、顔を上げたノアランは、噛み締めるようにもう一つの名を口にした。
「面を上げなさい、エルメイグ男爵ノーラン、いや、エルメイグ男爵ノアランよ」
だが国王がノーラン・ローリスと呼び返すことはしなかった。既に与えることが決まっている男爵位名で、あえてノアランを呼んだのだ。
「貴殿が望むと望まなかろうと、その身に流れる血の半分はこのコーテズのもの故、名乗らずともエルメイグでもあると覚えておくがよい。
目録をこれに」
ケリンガンが掌握したローリス辺境伯家から、先代までの夫人たちが生家から持ち込んだ財産の目録である。
ノーランが名乗り出たら補償の代わりに移譲するとされていたそれは、かなり厚みのある目録で、ブラスやカーラが想像していたよりずっと多いことを知らしめていた。
「金は過去の帳簿とマトウ・ローリスの財産目録から割り出したので、正直正確とは言い切れん。かと言って、現ローリス辺境伯家に影響が出るほどは渡せんから、承知してもらいたい。他は絵画や宝石類がほとんどだ。
屋敷が二つあり、その周囲の村落が領地だが、二つの屋敷周辺に住む村人、ゴホッ、領民は合わせても三十八人しかおらんのでどれほど小さなものかは察することが出来よう。屋敷の使用人の他はすべて農民で、放っておいても今までと変わらない日々を送るから、領主だからと気負わなくともいい」
漸く呼ばれて謁見の間に入ると、ノアランを見た国王は目を丸くしている。
「驚きすぎではありませんか?」
「うむ。すまぬな。先日の偽者がそっくり過ぎてな、まったく似ておらんではないか!」
挨拶をするより早く会話が始まってしまった。
ゴホンと咳払いをした国王は、カーラにも挨拶する間を与えずに手招きで呼び寄せて。
「カーラ!息災であったか?だいぶ派手に慰謝料を使っておるようだな」
「はい、世のために率先して使っているのでございますわ」
シレッとそう言うカーラに国王がくすっと笑っていると、遅れて王妃が現れた。
「カーラちゃん!会いたかったわ。すごい噂なのよ貴女のサロン、あの素晴らしいヘアセット見たけれど、本当に素敵だったわ。あれをわたくしもやってみたいのだけど」
こちらも挨拶なしの、カーラちゃん呼びだ。
「王妃陛下にそう仰って頂き、有り難き幸せにございます」
「そんな堅苦しいのはおやめになって。それで、ねえ手配してくれるかしら?」
「勿論でございます。お客様には未公開の新しいセットスタイルがございますので、そちらを王妃陛下のためにご用意させて頂きとうございます」
「楽しみにしているわね」
「あの、王妃陛下。本日新しいスイーツ店の新商品を持参致しました。先程女官長にお目にかかりました際にお渡し致しましたので、宜しければご賞味くださいませ」
「新しいスイーツ店?」
キラリと王妃のブルーの瞳が煌めいた。
「サロンでお待たせしてしまうお客様にお試し頂いておりますスイーツを、何方でもお手にしていただけるよう、スイーツの店を開店することに致しましたの」
「ではあとで頂きますわね」
王妃はニッコニコであった。
上機嫌の王妃を見て、会話が終わるのをぼんやり見ていた国王も微笑みを浮かべている。
ノアランはこの場に居合わせてみて初めて、カーラやビルス、シーズン公爵家がコーテズ王国や国王夫妻にとり、どれほど影響力を持つのかをじわじわと感じていた。
「さあ、それでは肝心の話に移ろうか」
国王がノアランに、名を名乗るよう促す。
「コーテズ王国の栄華の象徴であらせられる国王陛下にご挨拶申し上げます。シルベス王国のヴァーミル侯爵家ノアランと申します」
「うむ。それは仮の・・・いや、最早もう一つの名が貴殿にとっては仮の名か。
あの父の子だと貴殿が知られたくないと思うなら、以後口にしなくともよいが、ただ一度だけ、自ら名乗りを上げてもらいたい」
国王はノアランが望まなければ、一度だけその身上を明かせば以後は秘することを許すと言っているのだ。
そしてただ一度の名乗りさえすれば約束したものをやろうと言うのだから、ノアランは破格の扱いに恐縮して身が縮こまった。
「ノアラン・ヴァーミルこと、ノーラン・ローリスにございます」
膝をつき、顔を上げたノアランは、噛み締めるようにもう一つの名を口にした。
「面を上げなさい、エルメイグ男爵ノーラン、いや、エルメイグ男爵ノアランよ」
だが国王がノーラン・ローリスと呼び返すことはしなかった。既に与えることが決まっている男爵位名で、あえてノアランを呼んだのだ。
「貴殿が望むと望まなかろうと、その身に流れる血の半分はこのコーテズのもの故、名乗らずともエルメイグでもあると覚えておくがよい。
目録をこれに」
ケリンガンが掌握したローリス辺境伯家から、先代までの夫人たちが生家から持ち込んだ財産の目録である。
ノーランが名乗り出たら補償の代わりに移譲するとされていたそれは、かなり厚みのある目録で、ブラスやカーラが想像していたよりずっと多いことを知らしめていた。
「金は過去の帳簿とマトウ・ローリスの財産目録から割り出したので、正直正確とは言い切れん。かと言って、現ローリス辺境伯家に影響が出るほどは渡せんから、承知してもらいたい。他は絵画や宝石類がほとんどだ。
屋敷が二つあり、その周囲の村落が領地だが、二つの屋敷周辺に住む村人、ゴホッ、領民は合わせても三十八人しかおらんのでどれほど小さなものかは察することが出来よう。屋敷の使用人の他はすべて農民で、放っておいても今までと変わらない日々を送るから、領主だからと気負わなくともいい」
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