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9. 僕はヘンタイなんかじゃない! 〜少年サイド〜
カーテンが締め切られて薄暗い、クーラーの効いた僕の部屋。その壁際の、僕がいつも寝ているベッドの上に今、件の彼女がいる。
「…………」
さも当たり前の様に腰掛け、床のクッションに座る此方を冷ややかに見下ろしている。昔はなんて事なかったのに、今ではそれが酷く特別な事の様に思えて、26度設定の室内は涼しいのに顔は熱くて、シャツの下からは変な汗が出て止まらない。
お母さんめっ、今日に限って休んでるだなんて……間が悪過ぎるよっ。
「……ねぇ」
張り詰めた空気の中一つ、女子の割に少し低くてハスキーな声が切り出す。それだけで僕は「はひっ」と返事を返し、萎縮してしまう。対し、彼女はスマホを突き出しいきなりドキッとする皮肉っぽい言葉をぶつけて来る。
「どんな気分? 日直のペアである私に迷惑かけてまで学校ずる休みして、エッチな配信するのって」
画面には、顔だけ袋を被って隠した少年が服の上から全身を弄り、股間では無く胸元を膨らませ、そのまま自慰に移る姿が動画として再生されている。恐らくは今朝自分が配信した、掲示板上での生放送の一場面だ。
心臓が締め付けられる中、僕は逡巡する。
どんな気分か、って?
正直、最初は気の迷いだった。ショックで、現実が嫌で嫌で仕方なくて、でも、それを考えると身体が疼いて仕方なかったから。バレて虐められるくらいなら、先にネット上で自分からちょこっとバラしてしまおう、と。自棄でぐちゃぐちゃな気持ちを発散しようと思ってやった。そうしたら結果としては、凄く注目されて、喜ばれて____思った以上に、気持ち良かった。
「……別に」
俯いて視線を逸らし、不貞腐れ気味に返事した。すると「答えになってない」と彼女は顔を顰める。
ほんと何なの。何を聞きたいの? 虐めたいの?
「関係無いじゃん。どうせみんなに言い触らしたんでしょ? 僕の事。だったらもう、何しても」
「いや、それはアンタ、私の発信力の無さを考えて無さ過ぎ。冷静になれ。いきなり周りに言って信じて貰えるわけ無いでしょ、ただでさえ突拍子も無い事なんだからさ」
意外な言葉に思わず絶句した。
「えっ……? じゃぁ……」
「言ってないよ。まだ、ね」
本当……なの? いや、でも、僕が詰んでる事に未だ変わりは……。
此方の心境を知ってか知らずか、彼女はハア、と一つ嘆息して言う。
「なるほどね。昨日の今日で何事かと思えば……マジで自暴自棄になってたわけか」
「うっ……」
「そりゃ悪かった。ほんと、昨日はごめん」
頭を下げられた。嘘がないかどうか確かめる方法は今は無い。どう受け取ってどう返せば良いか分からず、僕は顔を引き攣らせて黙ってしまう。と、その様子を見てか彼女は少ししどろもどろに続ける。
「まあどう思おうと勝手だけどさ。別に私はあんたの破滅を望んでる訳じゃ無いんだよ。だから、その、駆け付けて来た訳だし……」
「そう、なの……?」
「いや当たり前だろ、流石に。私だって人間なんだから、後味の悪い事にはなりたくないの」
その口振りには真実味があった。汗ばんだ肌と少し疲れた表情が物語っている。
……心配、してくれてたの、かな?
「……そっか」
「そっかじゃないよ馬鹿野郎」
ちょっとホッとしてしまった此方へ、今度は怒声が飛ぶ。
「あんたお母さん悲しんでたよ? 友達も無く殻に閉じ籠りがちで、昔から今の今まで私くらいしか関わりのある子を知らないって」
「そ、それは……」
「それが何? 今度はデジタルタトゥーですか? 親不孝過ぎでしょ」
「ぐっ……」
あまりに真っ当な指摘がザクザク心に突き刺さる。それを言われてしまうと返す言葉も無い。
「ほんとなんつー事してんだか……昨日ツッコんどくべきだったわ。今時特定とか簡単にされるんだよ? そうなった時家族がどうなるかとか考え無かったの?」
「っ、その、余裕なくて……」
「分かってるっつの。誰にも相談出来ないから拗らせるのも無理は無いよそりゃ? でも被害者面する前に反省する事あるでしょうが」
「……ごめん、なさい」
「私にそれ謝ってどうすんだよバカ! ……はーなんで私が説教垂れてんだよもー…………あほくさ……」
一頻りぶち撒けた後、罵りは止み、暫く荒い息だけが吐かれる。此方は何も言い出せず、ただその様子を見るばかり。やがて呼吸が整うと、今度は彼女は頭を掻きながら「はー、もーいいや」と立ち上がる。
「言いたい事は言えたし帰る……後はアンタのお母さんに任せるよ」
サラッととんでもない事を言われて、思わずえっ、と声が出た。固まる中、冷たい「じゃーね」という言葉と共にその身は翻りドアへ。
「えっ、まってまってまって! ちょっと!」
大慌てで追い縋って腕を引き止めた。すると、
「おわっ、ちょっ、は? 何? オナッた手で触んないでくれる?」
「おなっ……⁉︎」
「おらっ、離せコラッ」
彼女は即座に怪訝な反応を返し、それを振り払おうとする。体格で劣る此方は上体を振り回されてしまうけれど、これでも男だ。必死に踏ん張って離さない。
「待ってよっ! お母さんにこの事言うつもりなのっ⁉︎」
「当たり前だろそれが一番楽に解決するんだからっ」
「しないよ! こんな事お母さんにバレたら死んじゃうって!」
「ははっそれも解決の一つだなぁっ」
「ひどいっ⁉︎」
意見は乱暴だけれど筋が通ってる。皆に言い触らしてやると脅していた時とは訳が違う。向こうの方が正しくて、今度は僕の方が正当性を欠いてる。
でも、許す訳にはいかない。
絶対に止めないとっ……でもこのままじゃ……!
引き剥がされてしまう。そう感じ、ぐっと奥歯を噛んで覚悟を決める。
「っ、しつこいなぁっ、良い加減にっ」
「嫌だっ!」
今まで引き留める事に使っていた力を一気に押す方へ向けた。そうすれば当然、離れようとしていた相手は後方へバランスを崩し、尻餅をつく形で倒れる。
ドンッ。鈍い床音が響いて、僕は押し倒す形で彼女の胸元に覆いかぶさった。「っ、ったぁっ……!」という吐息が頭の辺りに掛かる。
「っ、ごめんっ……っ!」
慌てて見上げて気付く。自分の部屋で、好きだった女の子を押し倒しているという事実に。
「っ…………!」
出来る限り平静でいようと息を殺した。しかし、彼女の体温と匂い、スレンダーだけれど、しっかりと女子なんだなという何処か柔和な感触からは逃れられない。意識してしまう。そうなれば、どっどっどっ、心拍が急激に早まる。血流が集まっていく。末端が痺れだす。
あっ、当たってるっ……!
自分の股間にぶら下がっている膨らみが、相手の太腿に乗っかっている。慌てて腰を上げて離そうとするも、身体に上手く力が入らない。
ダメだ、ダメだダメだ離れないと興奮しちゃっ____
「……ふーん、思い通りにならないから、襲うんだ?」
動揺で揺れる視界の中、彼女は挑発的に微笑んだ。瞬間、どくんっ。
「ぅっ……!」
お腹の下と胸元がカァッと熱くなる。どくん、どくん、脈打って、その度に熱がどんどん膨らんでいく。「ゃっ……ぁっ……!」と頑張って両腕で自分の胸回りを締め付けるけれど、意味は無い。むくんっ、むくんっ、むくんっ! 脈動と一緒に腕を押し退けて胸は膨らんで、反対に股間の感覚はどんどんと小さく奥まって、心許無くなる。
うそっ、さっきすっきりしたばっかりなのにっ……いやだっ、おさまってっ、はやく、はやくっ……!
発作が今までに無い程酷くて、思わず不安になって強く目を瞑った。すると段々と少しずつ鎮まっていくのが分かって、その後漸く変化は落ち着く。
「ふーっ……っ……」
しかし、徐に瞼を開けば、そこにはどうしようもない現実が。
「…………どうした? ヘンタイ」
「っ! ちがっ……うぅっ……」
相手の煽る様な発言を否定しても、こうなった時点でもう証明の様なモノだ。身体は上に乗っていても心はマウントを取られている気分になる。恥ずかしくて情け無くて、堪え切れずに視界は涙で滲みだし、顔を覆わずにはいられない。
「なっさけな……来ないなら、そいっ」
「ぇあっ⁉︎」
更に物理的にも木の葉の如くあっさりとひっくり返され逆転。直ぐに再度返そうとしても、体重を掛けて押さえ込まれ全く動けず。助けを乞おうにも声を上げようとした所で即座に手で口を塞がれてしまった。
「んふううっ⁉︎」
「しーっ静かに。お母さんにバレて困るのそっちでしょ?」
「むぅっ……!」
万事休して相手を睨んだ。すると、先程までの怪訝で冷ややかだった視線は何だったのか。此方を見つめる双眸には熱っぽい光が灯り、同じく向けられた口元は何処か抑え切れない愉悦を溢す様に綻んで告げる。
「よろしい。んじゃ襲われたんだから正当防衛って事で。仕返し、するね?」
「っ、んんっ⁉︎」
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