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わたしが昔男の子だったって言ったら、信じますか? 地獄家庭女子×そこそこ豊か家庭男子
しおりを挟む「わたしが昔男の子だったって言ったら、信じますか?」
薄暗い情事の場で、汗と性臭と、酒とタバコの混じった濃密な雌のニオイを纏いながら、女は光のない瞳と濡れた唇に悪戯な微笑みを湛えた。
勿論、彼女は女だ。
容姿は幼く、ベッドに横たえた身体は子供と見間違えるほどに小柄でありながら、そのシルエットは女性的な起伏に富んでいる。
股の間にも陽根など無い。触れれば、散々男のものを咥え込んでいたであろう割れ目があり、その溝をなぞれば、指先にぬらりとした蜜の感触が残る。
「もちろん、今はこんなですけど……ほんとに今日は、シなくていいんですか?」
異性を惑わす、淫らな売女だ。
「……わかりました。ちょっと長くなりますけど、いいですか?」
彼女はほうっとひとつ、悩ましげに息を吐くと、気怠げな声にたっぷりと、異性を悩殺するような吐息を乗せて、静かに語り始めた。
「これは、わたしが○学生の頃のことなんですけどね────」
○学5年生の頃です。わたしは男の子でした。
一人称もぼくでした。メガネをかけていて、髪はちょっとだけ癖っ毛で、背はクラスでも中くらいの、あんまり冴えない、ちょっと線の細くて小綺麗な感じの男子でした。
割と裕福な家の子でした。母親が教育ママで、ちょっとうるさかったけれど、両親ともわたしに何も不自由させないくらいの愛情をかけてくれていました。
勉強や習い事の時間が多くて、友達とかはあんまりいませんでした。
テストと通信簿がずっと満点なことだけが自慢の、同級生にガリ勉呼ばわりされがちな子でした。
そんなわたしは、ある日、転校してきた女の子に一目惚れしてしまいました。
少しぼさっとしたストレートの黒髪を肩まで伸ばした女の子でした。贔屓目抜きでも、容姿は学校一だったと思います。やさぐれていて無愛想なのに、すごく可愛く感じましたし、飾り気がなくて、オシャレでもないのに、すごくキラキラして見えました。
はじめて、同級生の子に自分から話しかけました。どう話せばいいのかわからなくて、しどろもどろになりながら、「今日はいい天気だねー」なんて、そんなふうに。
最初は相手にしてもらえませんでした。彼女もわたしと同じように、同級生の子に興味が無くて、相手にしていないような感じの子でした。周りよりも、なんならわたしよりもずっと物の見方が大人びていて、わたしも含めてみんなを子供扱いしていました。
辛抱強く話しかけていくと、ようやく少しずつ話してくれました。彼女、音楽が好きみたいで、洋楽のロックの話になると少しだけ口数が増えたんです。話が合う相手がいないから、あまり話したがらなかったのでしょう。わたしも習い事の関連でクラシック音楽が好きでしたから、気持ちはよくわかりましたが、彼女のはそれ以上にディープで、これもまた年不相応な厚みがありました。
なんだか知らない世界を知っているみたいで、カッコよくて、より魅力的に感じました。
でも、彼女がそういう子な理由は、わたしとは真逆でした。
彼女が好きで、大好きで、塾もすっぽかして追いかけているうちにわかりました。彼女の家はすごく貧乏で、荒んでいたんです。お母さんは家事なんてせず家を空けてばかりで、お父さんと呼べるような人はいなくて、代わりにそう呼ぶように要求してくるような下卑た男が、代わる代わる家の中に居るような環境でした。
服装に飾り気がないのも、そのせいでした。毎日ほとんど同じショートパンツを履いて、ちょっと擦り切れて伸びている、ラメ入りの黒いTシャツを着て学校に来ていました。
同い年の子達と比べて性徴が顕著だったのに、下着もつけていませんでした。体育の時間に透けて、話題になっていることもありました。洗濯とかもあまりできていないのか、ちょっと臭う日もありました。首や腕に包帯を巻いてくることもしばしばあり、そのニオイが混じって殊更におかしなニオイになっていることもありました。
小学生くらいの子供って、容赦ないですよね。不衛生な日が続くだけで、あまり思慮深くない子なんかは、そうなっている理由も気にせずにばいきん呼ばわりしたり、逆に中途半端にませてる子なんかは、彼女の母親の事情をかいつまんで淫売の娘だ、男に媚びて生きるキモいやつだ、変態女だ、なんて呼んだりして、彼女をイジメるようになりました。
彼女に味方はいませんでした。先生も周りの大人も、面倒なのかなんなのか、話を聞くだけで何も解決しようとはしてくれませんでした。
酷い話ですよね。散々生徒指導室とかで話を聞いていたのに、後々話すクソみたいなことをするか、熱心に聞くふりをするだけだったのでしょう。
わたしがいくら元気づけようとしても、目の下のクマは消えず、暗く澱んだ瞳の奥に光は戻りませんでした。
それでもわたしは、そんな彼女を助けたいと思いました。笑わない彼女の笑顔を見たいと、強く思いました。
わたしだけが、彼女の味方になれる。彼女の居場所になれる。
そんな浅ましい気持ちも刺激されながら、強く強く、盲信的に想い、彼女に関わろうとし続けました。
見抜かれていたのでしょうね。彼女は見向きもしてくれませんでした。
わたしには、わたしを叱ってくれる両親もいましたから。はっきりと行動を起こす覚悟も足りませんでした。
でも、せめて想いだけはと、ある時一歩踏み込んで、伝えました。
青臭く、「キミが好きだ」「助けたいんだ」なんて。
そんなわたしに、彼女は言いました。
「なら変わってよ」と。
わたしと変わって、わたしの代わりに、この理不尽を受けてよと。
何度も言います。わたしは彼女が大好きでした。
彼女の前にいると、ずっと胸がドキドキして、彼女のためになんでもしたい、なんでも捧げたいと、そう思っていました。
ですから、変われるものなら、変わってあげたいと、心の底から願ってしまいました。
ええ、こんなこと、信じられないと思います。
けれども、奇跡は起きました。
彼女に想いを伝えた次の日の朝、わたしは彼女の身体で目が覚めました。
ふかふかのベッドの上ではなく、ぺらぺらの煎餅布団の上で。
パジャマではなく、薄くて心許ないTシャツ姿で。
整理整頓されていて綺麗な、慣れ親しんだにおいのする自分の部屋ではなく、ゴミ袋やお酒の空き缶なんかがあちこちに乱雑に転がっていて、他人が転がり込んだ形跡のある、獣臭くて汚い、ボロボロの部屋で。
男子のわたしではなく、女子の彼女の姿で目が覚めたんです。
そうです。今のわたしはその時のまま、彼女の身体で大人になったわたしです。
ええ、大変でしたよ、もちろん。当時のわたしは精通も未経験なくらい性に疎かったので、好きな女子の身体を見たり触ったりできてしまう刺激と罪悪感はすごく強かったですし、ぴっちりしたショーツとか、トイレとかは慣れるのに苦労しました。
いまだに慣れないものもあるくらいですよ。月に一度下っ腹が痛くなって、血がどろどろ出てくることとか、大人の男にいやらしい目で見られることとか。ああ、ごめんなさい。お気遣いありがとうございます。今はお仕事であれば大丈夫ですよ。お金を払ってくれる人は、あなたみたく比較的優しい人ばかりですし。
でもそうですね。最初のころは正直キツかったです。なにせ好きな女の子の身体でしたから、二重の屈辱でした。
はい、その通りです。彼女は当時すでに、母親に身体を売らされていました。
巻かれていた包帯の下に隠されていた真実は、残酷でした。虐待を連想していましたが、もっとひどいものでした。
鏡を見て愕然としました。首元には、あちこち強く吸われた跡がくっきりと残っていたんです。
布団の周りに乱雑に投げ捨てられていた、当時ふくらました後の風船としか想像できなかった使用済みのゴムも、今思えば相当にショッキングでした。
情事に疎くて細かいことがわからなくても、邪でひどいことをされていたのは明白でしたから、わたしは怒りと絶望に震えました。
どうすれば、こんな状況にある彼女を救えるのか。どうすればこんなひどいことをした人間たちに復讐ができるのか。
わたしは、必死になって考えました。けれども、所詮は小学生です。しかも、ただでさえ細くて非力な、女子○学生の身体です。
とくに何か思いつくわけもなく、ただ周りに助けを求めることしか考えつきませんでした。
ふふ、笑えますよね。助けたいって思っていたのに。全然理解できていなかったんです。
しかも、どうすれば彼女を救えるのか、なんて。ふふふ、ははは。現実を受け入れられなかったんでしょうね。滑稽すぎますよね。
わたし、彼女の身体になってすぐ、元の自分の身体になった彼女と話したんですよ。
そうしたら、どんな話になったと思います?
ぶぶー、不正解です。正解は、ごめんなさい。話になりませんでした。
彼女、「なんのことかわからない」の一点張りで、しまいには「ごめん、もう話しかけないで」って、突き放されたんです。
なんとなく協力できると思いこんでいましたけど、当たり前ですよね。入れ替わった時点で、彼女は救われたんですから。汚れた自分の身体に未練なんてないでしょうし、わたしを助ける必要なんてなかったんです。
でもわたしはバカで健気でしたから、最初のうちはそれでもいいと思っていました。
彼女が救われているならそれで構わないって、心に自己満足の麻酔をかけていたのかもしれませんが、悲劇と正義に酔っていました。
それでいて、ほんのわずかな奇跡を期待して、縋っていました。この身体が救われれば、また彼女も話してくれるかも。こんなふうにした神様も、元に戻してくれるかもと。
わたしは、次に担任の男性教師に助けを求めました。
すると、男性教師は「そうかそうか、わかった、俺が助けてやるぞ」と言いながら、生徒指導室にわたしを連れ込み、売春を強要しました。
バカですよね。彼女が試していないわけがないのに。
もちろん抵抗はしましたが、大人の男に敵うはずもありませんでした。一方的に組み伏せられて、股を擦られたり、胸や尻を揉まれたり、挙句無理矢理肉棒を口に捩じ込まれたり、されるがままでした。
ちなみにこういうことをしてきたのは、この教師だけではありませんでした。教頭や校長にも、教育費という建前で行為を強要されました。
彼女は普段から学校でも汚い大人の欲望の捌け口にされていたんです。そんなこと、考えもしませんでした。
思い出すと、今でもお腹の奥がぐつぐつして、吐き気がします。
身体と心を蹂躙されたんです。痛いとか気持ちいいとか、そんなもんじゃありませんでした。言葉として表せないくらい、徹底的に壊されたんです。男として生きてきた感覚とか、人としての尊厳とかを。
警察に話す? 当然考えましたよそんなことは。
でも、もう屈してしまっていたんです。彼女と、彼女の身体が。彼女が彼女の頃に同意の言質を取られたところや、わたしが彼女になった頃、いつの間にか男にねだるように腰を動かしていたところを動画で見せられて、とっくに弱みを握られていることがわかりました。
話せば動画と写真をばら撒くぞとか、地元のヤクザに売りつけて薬漬けにするぞとか言われたら、従うしかないじゃないですか。実際母親にさせられる売春行為は、そういった相手が多かったので、警察に話したところで、向こうが先にわたしを害することができたと思います。
理解させられました。彼女が助けを求めなかったわけを。本当は、ずっと助けを求めていたことを。
ずっとずっと、何度も何度も何度も。それでも、誰も助けてくれなくて、むしろ助けを求めるほどにひどい目に逢うから、諦めて、心を閉ざしていたんだと。
だから結局、最後に縋りました。
唯一の理解者として、せめてわたしと彼女は心を通わせられるのではないかと。
もちろん、そんなことはありませんでした。
いつだったか、体育倉庫で教師に犯されていた時があったんですけれど、かつての自分の顔が覗いていたことがあったんですよね。
憐れんでいるんだと思いました。さすがに、心を痛めているんだと思いました。
わたしは「たすけて」と目でうったえました。
でも彼女、本当になんの感情もないみたいな冷たい目で、知らん顔で去っていったんです。
あの時、わたしの心は折れました。
彼女を好きな気持ちも、何もかも。後悔と絶望に塗り潰されて、ただこの責め苦から逃れたい気持ちでいっぱいになりました。
わたしはある日の放課後の時間、通学路で彼女がひとりになったのを見計らって、彼女に飛びかかりました。
平常心ではなかったと思います。心がバラバラで、今振り返っても自分でも何を考えていたのやら。
ただ、強いて言うなら1番は、自分から彼女を「助けたい」と言ったくせに、逃れたい、元に戻りたいと願っていることの申し訳なさで、胸を締め付けられてはいたと思います。
押し倒した瞬間、必死に泣きついて「ごめんなさい」と謝っていました。
彼女はきょとんとして、「なにが?」と返事しました。彼女の中では、もう終わったことだったのかもしれません。心底不思議そうな顔をしていました。
わたしはそんな彼女に、謝ったり、叶わないお願いをしたりし続けました。
「ごめんなさい」「きみがこんなつらい思いしてるなんてしらなかった、ごめんなさい」「もう無理なんだ」「お願いだから元に戻して」「ゆるして」とか、そんな感じに、取り留めもなく、延々と。
ああ、今ならわかります。女々しくて、煩わしかったのでしょうね。本当にゴミを見るような目でした。
いじめっ子たちや、汚い大人たちでも向けてきたことのないほどというか、大人になった今でも、あれ以上に冷たい視線はまだ経験にないくらい、背筋の凍るような視線でした。
彼女は言いました。「いやだよ」と、はっきりと。わたしと、かつての自分の身体を拒絶しました。
わたしの身体は、男子としては非力な部類でしたが、その腕力でも彼女の身体は簡単にひっくり返されました。
起き上がられて、距離を取られ、わたしは元の私に見下ろされながら、こう言われました。
「きみの家はあったかいし、お父さんもお母さんも優しいし、ひどいこともされないもの」と。
わたしは、失って初めて、自分がこれまで恵まれていたことに気付かされました。
その言葉によって、失ってしまったことを強く意識させられて、胸に大きな穴が空いたみたいに痛くて苦しくて、締め上げられたように泣きました。
そこまで悲痛に訴えてようやく、彼女は「ごめん」と一言謝って、言葉や空気感は少しだけ同情的になった気がしました。
けれど、だからといって答えは変わりません。続く言葉は「でも、その身体に戻るなんてぜったいいや」と、よりいっそう頑なでした。
元の自分の身体なのに、絶対にいらないと、心底嫌悪するものを渡された時、すぐにゴミ箱に投げ捨てるような言い方でした。
わたしも同じ気持ちでした。わたしだって、こんな身体イヤでした。
でも、彼女とは違って、そんな身体でも、大好きだったんです。悪く言って欲しくありませんでしたし、悪く思いたくありませんでした。
そう考えると、途端に腹立たしさのほうが強くなって、涙ながらに「キミの身体じゃないか」と、言い返しました。
彼女はそれを鼻で笑って、「一度もそんなことはなかった」と返事しました。
親に身体を売らされていましたから、確かに、親の所有物という認識だったのかもしれません。
ただ、聞いた瞬間、悲しくなりました。
わたしが好きだった彼女は、なんだったのでしょう。そんなひどいものを好きになっていたなんて、幻滅しました。恨めしくなりました。そんな相手に、わたしは身体まで捧げてしまったのですから。
憎くて、許せなくて、わたしの中での彼女の認識が、ただの泥棒にまで貶められました。自分に責任があるなんて思い込んでいたのがバカみたいに思えました。
「お父さんもお母さんも、ぼくのお父さんとお母さんだ……ぼくの身体はぼくのだ……!」と、「かえせ、かえせ……!」と言いました。
……はい、その通りです。返せと言って、返ってくるものではありませんでした。
彼女は、「前にも言ったけど、もう二度と話しかけないで。きたないカラダの女と仲良しだって思われたくないの」と改めて突き放して、最後に決別するように言いました。
「じゃあね。バイバイ、アラカワさん」と。
「────はい。彼女とはそれきりです。話しかける気にもなりませんでしたからね。○学校を卒業した後は顔を見る機会も無くなってしまったので、今どこで何をしているのかはさっぱりです」
女はすべてを語り終えると、やれやれと長い髪を放って、柔和な身をベッドに沈めた。
豊満な乳房が、呼吸に合わせて上下する。瑞々しい果実のように光を弾いており、見る者を妖しく誘っている。
「あら、もう行くんですか? まさかほんとに、こんなつまらない話だけを聞きにきたんです?」
膝下の長いすらりとした脚が、退屈を持て余したようにばたばたと何度か宙を蹴った。
これから先も、彼女はこのような場で、身体を売って過ごすのだろう。価値がなくなる、その日まで。
「そうですか」
女は穏やかに見送るかに思われた。
しかし、その薄紅の豊かな唇が「ところで」と口にした瞬間、戯れな雰囲気が、一瞬にして凍りついた。
「どうして最初に私が男だったって聞いた時、ニューハーフだって思わなかったんですか?」
口元は依然として笑みを浮かべている。
しかし、目元が笑っていない。大きな虚空を湛えた瞳が、射抜くように見据えている。
「昔男の子だった、って言葉だけなら、性転換手術を受けた男だって思うはずですよね? そう思って、少しは怪訝な顔になったり、ぎょっとしたりするはずでしょう?」
女は蛇のように、するりと距離を詰めた。
「ずっと、あやしいと思っていました。知っていたんですよね、わたしのこと。知っていて、探るために、近づいたんですよね」
回り込むように柔和な肢体が絡み付き、行く手を阻んだ。
「あなた、何者なんですか? 学校の同級生? それとも、“わたし”と何か関わってた人?」
濁った女の瞳に一瞬、漆黒の意思が宿ったように見えた。
しかし、途中ではっとして、かすかに光る。
「まさか」
その光は、紛れもなくかつての少年が見せていた、心の残滓であった。
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