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しおりを挟む曇天下、暗い森の中。薄汚れた鼠色のローブを靡かせ、何かに追い立てられる様に必死の様相で、右脚を引き摺り走る少年が一人。
「はぁっ……っ……」
年端も行かぬあどけない容姿はやつれて影が落ち、汗と泥に塗れ傷だらけ。伸び放題の黒髪は額にも、首筋にもべっとりと張り付いていて、濡れた前髪の分け目から覗くネイビーの瞳は暗く沈んでいる。既に満身創痍でそこに覇気は無い。
「はぁっ、はっ、あぁっ」
気力体力の限界か。遂には泥濘に脚を取られて力無くその場に倒れ伏せ、「んぐっ……」と悲痛な声を漏らした。すると直後、その目の前に濃い桃色の閃光が走り、頭部に禍々しい角を生やした淫猥な女性のシルエットが形を成して、浮遊したままクスクス笑う。
「ありャ? もー鬼ごっこオシマイ?」
華奢な体躯に浅黒い肌。幼くも熟しても見える妖艶な容姿。括れた腹回り。揺れる豊満な胸と尻。飾りの様な布がヒラヒラと舞う、局部のみを覆った黒く艶めく下着めいた衣装。どれもが男の官能を刺激する様デザインされており、極限まで研ぎ澄まされている。纏うオーラは強者特有のモノ。魔性の存在、それも真に美しく恐ろしい、高位のサキュバスだ。
「ひっ……いっ、いやだっ…………!」
少年は転がり、這い蹲ってもがいた。が、身体は重く、もう一つたりとも進めはしない。指先がただ地面の泥を少しばかり抉るだけだ。
「えー何がそんなにイヤなの? キミはみんなに騙されて、捨てられたんだヨ? アタシに拾われてもいーじゃン」
「くっ、ううっ……」
軽妙で馴れ馴れしい、甘く撫でる様な女声が少年の目と鼻の先に迫る。哀れな彼は悵恨に震え涙する。
っ、どうしてっ……どうして、こんな事にっ────
僕はトルリ。勇者一向の魔術師、だった。
決して優秀では無かった。僕が役に立てたのは本当に一つの事だけ。でも今まで必死にみんなの為、ユウシャの為に頑張って、やっと認められたと思ったのに……その矢先、国王にそのたった一つを剥奪されて、国外に追放された。理由は、僕が危険だからだとか。
褒賞が貰えると聞かされていた僕にとっては何もかも突然の事で、本当に訳が分からなかった。そんな訳が無い、つい最近貢献を果たしたのに何故、民である自分は洗礼時の制約で縛られているのだから王族へ脅威は無い筈、等々弁解しようにもその時間すら与えられず。何も知らされないままに即日転移魔法で何処かも分からない森の中に飛ばされた。
それだけでも十分な不幸だろう。なのに、悪いことは続くものだ。今現在、数日間樹海を彷徨い弱っている所を、こんな高位のサキュバスに襲われている。
「騙されて、捨てられたんだとしてもっ……サキュバスなんかに拾われたくないよ! 『迅雷よ来れ!』」
此方の顔を覗き込んで来る敵の腹部目掛け、掌から雷撃を放った。ガオオオオンッ! 空気が裂ける激しい音と共に閃光が炸裂。至近距離であった為、自分は生じた衝撃波に巻き込まれ後方に吹っ飛び、背中から木に衝突する。
「ふぐっ……ゔっ」
焼けた土の臭いと血の味がする。ローブのお陰で火傷は無いが、打ち付けた場所が悪く苦痛で息が出来ない。
しかし気を失う訳にはいかず、歯を食い縛って堪える。もう起き上がれる気がしなかったが、幸いぶつかった木が背もたれになった。顔を上げて爆心地を見据える。
「心外だネェ……」
「っ……はぁっ……?」
絶望感に思わず顔を顰めた。敵は健在、傷一つ無い。もうもうと上がる白煙の中、何事も無かったかの様にその場に浮遊しており、相も変わらず妖艶な笑みを浮かべている。
「はあっ、ふっ……『迅雷よ、来れっ、来れ来れ来れええええっ……!』」
力を振り絞り連続して雷撃を飛ばした。しかし、全て羽虫を払うが如く片手で弾かれる。全く意に介していないと言わんばかりだ。
「やめなヨ。自棄になるのもワカるけどサ」
「黙れっ、この悪魔めっ……!」
「はぁ、カアイソウニ……本来のキミなら逆転のカノーセー、あったろうにネ」
攻撃が途切れた瞬間、敵はこちらに手をかざし、『マスイマ』と唱えた。すると視界が急に桃色の煙に覆われて、身体の力が抜け眠気が襲ってくる。
「っ、ふぁっ…………」
「眠りなヨ、疲れたろウ?」
「いやっ、だっ……『迅雷よ……!』」
眠ってしまう前に自分に雷撃を放った。全身に激痛が走り、「うがっ、ああああああっ……!」という悲鳴が漏れると共に桃色の視界が赤く染まる。
「はぁ? ねーちょっと、やめてよネ。そーいうのは好みじゃナイ」
「っ……しった……ことかっ……」
あの魔法が無い僕に価値なんて無い、狙いはきっと情報だ。敵の手に堕ちて、あの子の迷惑になるくらいならいっそ、ここで散ろう。
────でも、せめて理由くらいは訊きたかったな。
「…………バ」
決死の覚悟をし、自爆魔術を使おうと詠唱を試みた。しかしその矢先、
「させないヨ」
突然背後から前方にいる筈の存在の声がしたかと思えば、直後に後頭部にゴッ、と鈍い衝撃が走り、僕は意識を失った。
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