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第2話 手を離さないで
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赤ん坊や小さい子供が、何もない空間に向かって笑いかけていたり、話しかけていることがある、小さい子供たちには大人には見えない何かが見えているのでは、と耳にすることはないだろうか。
それはあながち間違いではないのかもしれないと、私はそう思っている。
あれは、息子が小学校六年生、娘の結衣が三年生の頃の夏の日。
夏休みの思い出作りにと、家族四人でとあるキャンプ場に出掛けた。毎年海にばかり行っていたから、今年は山に行こうと旦那が言い出したのが始まりだった。
山の中のキャンプ場には私たち以外の家族連れもたくさんいて、それぞれが楽しそうな時間を過ごしていた。もちろん私たちも。外で作って外で食べる食事はとにかくおいしくて、食べ盛りの子供たちは次々に「おかわり!」と言っては嬉しそうに食べる。
釣りが趣味の旦那は子供たちの世話を私に押しつけて、さっさと川釣りに出掛けてしまったが、この時ばかりは気にならなかった。日頃のストレスから解放されたせいだろう。
「……? 結衣、結衣ー?」
夕食の時間も終わり、寝るまでの間に花火でもやろうかと息子と話していた時。娘の結衣がいなくなっているのに気づいた。
あの子はとにかく好奇心が旺盛で、気になるものがあれば周りを気にせず突っ走ってしまう。こんな木々ばかりの山の中で迷子にでもなったら大変だ。私は大慌てで娘を探して走り出した。
「結衣、どこ!?」
「おかあさーん!」
幸いにも、結衣はそう離れていない木の傍にいた。私の心情も露知らず、にこにこ笑いながらこちらに手を振っている。ああもう、仕方ない子ね。でも、無事ならよかったわ。
「結衣、こんなところでどうしたの? お母さんの傍を離れちゃ駄目じゃないの」
「あのね、あの子がいっしょに遊ぼうって」
結衣があの子、と言って指し示した方には、誰もいなかった。ただ夜の真っ暗な闇がぽっかりと口を開けるように広がっているだけ。結衣が言うようなあの子らしき姿はどこにも見えない。
「あの子……って、どこにいるの?」
「そこにいるよ、ほら。おいでおいでって」
結衣は「そこ」と指すけれど、やっぱり私の目には何も映らない。時折吹きつける生暖かい夜風が異様に気持ち悪かった。風に揺らされる木の葉が、まるで警鐘でも鳴らすかの如くざわざわとざわめく。
壊れそうなくらいどくどくと心臓が騒ぐ中、そのままあの子の元に駆けていこうとする結衣の手を、私は咄嗟に掴んだ。
「っ! わあああぁっ!?」
「――!」
結衣が悲鳴を上げて、慌てて私の身体にしがみついてくる。草むらがあって見えなかったけれど、結衣が走っていこうとした先は――崖のような急斜面になっていた。夜の暗さもあるのだろうけれど、底が見えないくらいの。身体の小さい結衣が落ちたら、どうなっていたか。
慌てて顔を上げて結衣が示していた方を見てみると、目の錯覚か否か、ほんのりと白んだ何かがクスっと笑ったような気がした。
結衣には、いったい何が見えていたのだろう。
それはあながち間違いではないのかもしれないと、私はそう思っている。
あれは、息子が小学校六年生、娘の結衣が三年生の頃の夏の日。
夏休みの思い出作りにと、家族四人でとあるキャンプ場に出掛けた。毎年海にばかり行っていたから、今年は山に行こうと旦那が言い出したのが始まりだった。
山の中のキャンプ場には私たち以外の家族連れもたくさんいて、それぞれが楽しそうな時間を過ごしていた。もちろん私たちも。外で作って外で食べる食事はとにかくおいしくて、食べ盛りの子供たちは次々に「おかわり!」と言っては嬉しそうに食べる。
釣りが趣味の旦那は子供たちの世話を私に押しつけて、さっさと川釣りに出掛けてしまったが、この時ばかりは気にならなかった。日頃のストレスから解放されたせいだろう。
「……? 結衣、結衣ー?」
夕食の時間も終わり、寝るまでの間に花火でもやろうかと息子と話していた時。娘の結衣がいなくなっているのに気づいた。
あの子はとにかく好奇心が旺盛で、気になるものがあれば周りを気にせず突っ走ってしまう。こんな木々ばかりの山の中で迷子にでもなったら大変だ。私は大慌てで娘を探して走り出した。
「結衣、どこ!?」
「おかあさーん!」
幸いにも、結衣はそう離れていない木の傍にいた。私の心情も露知らず、にこにこ笑いながらこちらに手を振っている。ああもう、仕方ない子ね。でも、無事ならよかったわ。
「結衣、こんなところでどうしたの? お母さんの傍を離れちゃ駄目じゃないの」
「あのね、あの子がいっしょに遊ぼうって」
結衣があの子、と言って指し示した方には、誰もいなかった。ただ夜の真っ暗な闇がぽっかりと口を開けるように広がっているだけ。結衣が言うようなあの子らしき姿はどこにも見えない。
「あの子……って、どこにいるの?」
「そこにいるよ、ほら。おいでおいでって」
結衣は「そこ」と指すけれど、やっぱり私の目には何も映らない。時折吹きつける生暖かい夜風が異様に気持ち悪かった。風に揺らされる木の葉が、まるで警鐘でも鳴らすかの如くざわざわとざわめく。
壊れそうなくらいどくどくと心臓が騒ぐ中、そのままあの子の元に駆けていこうとする結衣の手を、私は咄嗟に掴んだ。
「っ! わあああぁっ!?」
「――!」
結衣が悲鳴を上げて、慌てて私の身体にしがみついてくる。草むらがあって見えなかったけれど、結衣が走っていこうとした先は――崖のような急斜面になっていた。夜の暗さもあるのだろうけれど、底が見えないくらいの。身体の小さい結衣が落ちたら、どうなっていたか。
慌てて顔を上げて結衣が示していた方を見てみると、目の錯覚か否か、ほんのりと白んだ何かがクスっと笑ったような気がした。
結衣には、いったい何が見えていたのだろう。
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