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第四章:呪われた天才少年

ぶっとんだ男とぶっとんだ女

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 塀の陰からマックが、少し離れた木や茂みからはヘクセやロンプをはじめとしたウロボロスの面々が次々に顔を覗かせた。なんでこいつらがここに、って思うのと同時に、つい今し方のマックの言葉から最悪の展開が勝手に頭に浮かんでくる。

 こいつ、今なんて言った……? ティラの、情報? それに“女”って、まさか……。

 すると、それまでエフォールに抱き起こされる状態だった姉ちゃんが弟の胸を押し退けて立ち上がったかと思いきや、慌てたようにマックの傍まで駆け寄っていった。


「ククッ、これはどういうことか説明してもらいたいねぇ、無能クンよぉ。お前には何の力も才能もなかったはずだが、どういうこった?」
「……ああ、オレも聞きたいね。なんでお前がエフォールの姉ちゃんと……」
「そ……そうだよ、姉さん。これはいったい、どういうこと?」


 ――どうやら、オレたちは騙されたらしい。あの姉ちゃんに。まさかと思ってエフォールを見たが、彼は何も知らなかったみたいだ。ほんの一瞬でもこいつもグルなんじゃ、と思った自分がものすごく恥ずかしい。

 マックの傍まで駆け寄った姉ちゃんは、そこでくるりと身を反転させるとあの黒い霧と同じ顔をして笑った。目を弓なりに細めながら、口角を吊り上げて。


「どういうこと、ですって? 私、この人のクランに入ることにしたの。アンタのいるアンサンブルなんかより、ずっとずっと知名度が高いのよ、すごいでしょ!?」
「クランって、なんで……姉さんは身体が……」
「そうよ、ママのおなかの中でアンタに栄養を全部奪われたせいで、私はただの無能として生まれたわ! 能力はないのに病気だけはある、こんなの冗談じゃないのよ!」


 顔はエフォールと同じなのに、その表情は彼とは似ても似つかなかった。完全に憎悪と憤怒にまみれていて、彼女が呪詛のような毒を吐くとその身から放出される黒い霧がより一層濃く存在感を増していく。それでも他の連中には見えてないみたいだけど。


「今回のは一種の入団テストのようなものなの。そこのあなたに奇妙な力があるかもしれないから一芝居打て、ってね」
「芝居って……嘘だろ、さっきのあの傷は確かに……あんた、下手すりゃ死んでたんだぞ!?」
「だから何? 無能の私が死んで誰が困るの? 存在する価値もないんだもの、それなら自分の命だって何だって賭けてやるわよ。それでこの憎たらしい弟を見返せるなら安いものだわ! この人は、生まれて初めて私を必要としてくれた人よ、命を懸けることくらいなによ!」


 さっき確認した傷は間違いなく本物だった。流れ出た血だって。あと少し発見が遅かったらどうなってたか。弟を見返すためだけにそんな危険な賭けに出るこの女も、そんな命懸けの芝居を打たせるマックの野郎も完全にぶっ飛んでやがる。

 誰かに必要とされるのは嬉しいもんだ、そりゃわかる、わかるけど。そんな方向に行っちまったのか、この人は。


「ティラが言ってたぜ、森の中でお前がガキの傷を治してたってな。驚いたことに、そのガキがブルオーガを倒しちまったっていうじゃねえか。こりゃあいったいどういうことだろうなぁ?」
「ずるいわよね、アンタだって同じ無能のくせにさ。どんなイカサマをしたのか、じっくりと話を聞かせてもらうから」
「……!」


 マックのその言葉で理解した。フィリアの治療をした時、ティラがすぐ近くにいたんだって。更に最悪なことに、あの現場を彼女に見られてたわけだ。それでティラはそのことをマックに報告して……真相を確かめに来た、と。マックの野郎とエフォールの姉ちゃんにまんまとハメられたってことか。

 ちら、と辺りを軽く見てもすっかりウロボロスの連中に囲まれちまってる。ティラの姿が見えないのは気になるけど、今はまずこの状況をどうするかだ。

 思考をフル回転させて打開策を考えていると、それまで愕然としていたエフォールがこちらに歩み寄ってくるマックを見据えて立ち上がった。そんな様子を見て、マックはピクリと片眉を上げる。気に入らないとでも言いたげに。


「……詳しい状況はよくわからないけど、僕のせいでリーヴェさんが危ないのはわかります。姉さんは、あなたたちと組んでリーヴェさんを罠にかけたんですね、どうしてそんなことを……!」
「ふん、それが何だっていうの? アンタは昔っからそう、綺麗事ばっかり! パパやママからお利口さんって言われたいから医者になるなんて言い張ってさ、親に可愛がられたい下心が見え見えなのよ!」


 ああダメだ、あの姉ちゃんはもうとにかく弟の何もかもが気に入らないんだ。こっちからは背中側になるせいでエフォールが今どんな顔をしてるかはわからないけど、姉ちゃんの言葉の数々を聞いてるだけで胸が痛い。刃物で滅多刺しに刺されてるような気分だ。


「――! エフォール!」


 姉ちゃんのその言葉にマックは口端を引き上げると、背負う大剣を何の躊躇いもなく引き抜き、そのまま目の前に立ちはだかるエフォール目掛けて叩き下ろす。まるでその辺の雑草でも刈り取るような感覚で振られた刃は、マックのふた回り近く小さいエフォールの身を容赦なく斬り捨て――……られなかった。


「なにッ!?」
「リーヴェさんは本気で姉さんのことを心配してくれたんだ! そんな人を騙すなんて許さない!」


 マックが振り下ろした大剣は、武器すら握っていないエフォールに素手で受け止められていた。あれは……法術だ、それもひどく高度な。状況に合わせて意識を一部分に集中させることでどんな攻撃からも身を守れるっていう……あんなもんを一瞬で発動させちまうなんて、こいつやっぱり天才なんだ。

 けど、ただでさえ山のように高いプライドを持つマックにしてみれば、決して愉快なことではなかったらしい。一旦剣を引くと、傍らにいた姉ちゃんを突き飛ばして臨戦態勢をとった。周りにはウロボロスの連中もいるし……状況は思ってるよりもずっと悪そうだ。

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