闘乱世界ユルヴィクス -最弱と最強神のまったり世直し旅!?-

mao

文字の大きさ
90 / 172
第七章:反帝国組織セプテントリオン

誰かの悪意

しおりを挟む

「ええと、あっちがさっきの会議室で、この奥が寝室……台所は入口にあったし、向こうは倉庫、と……」


 外が鮮やかな橙色に染まっていく中、オレは反帝国組織のアジト内をあちこち散策していた。フィリアは疲れが溜まっていたらしく案内された寝室で昼寝しちまったし、ヴァージャとエルはディーアと作戦会議、今頃は他のメンバーたちとああでもないこうでもないと話し合っているはずだ。

 オレも別に休んでてもいいんだろうけど、ヴァージャにひとつ頼み事をされたからこうしてあちこち見て回ってるわけだ。


『リーヴェ、今のうちに組織の者たちと親睦を深めておけ。ただし、おかしな方向には好かれないように』


 それが、ヴァージャの頼み事だった。
 現在、このアジトには約三十人くらいは無能がいるけど、グレイスの能力を持ってるのはオレを含めて四人ほど。他の三人がどれくらいの力なのかはわからないけど、一人でも多い方がいいと考えてのことなんだろう。オレがこの組織の連中と親睦を深めて好意を持てば持つほど、みんな強くなる。

 ……それにしても、なんだよって。そんな物好きなやつ、あの神さまくらいのものだろ。


「あーっ! ちょっと、何やってんの!?」


 そんなことを考えながら台所の方に向かってみると、何やら騒がしい声や物音が聞こえてくる。ちょっと焦げてるような臭いも。そっと覗き込んでみれば、台所はそれはもう散々な状態だった。

 まな板の上には野菜が残骸みたいな形で置かれてるし、鍋は噴きこぼれてるし、フライパンで炒めていただろう肉……いや、魚? らしき食材は真っ黒焦げを通り越して炭になっている。焦げ臭さの正体は多分あれだろう。床の上には手を押さえて蹲ってる男までいた。これは呑気に見物していられないぞ、台所にはかなりの人数がいるけど、今のこのアジトには料理に慣れてる人があまりいないみたいだ。


「大丈夫か? 何か手伝おうか?」
「え? ああ、ディーアが連れてきた人ね。ありがとう、疲れてると思うけどお願いできるかしら。手があいてるようだったら、彼の代わりに野菜の皮むいて切ってくれると助かるわ」


 慌てて鍋の火を止めた女性が振り返ってそう応えた。彼、と言うのは床に座り込んでるあの男のことだろう。手を押さえてるってことは包丁で切ったんだな、痛いんだよなぁ、あれ。男の隣に屈んで見てみると、手の平をざっくりとやっていた。何をどうしたらそんなとこをやっちまうんだ、と思うけど、包丁使うのに慣れてない人だったらどんな切り方をするかわからないからなぁ。

 血を見たせいか、はたまた痛みのせいか。やや青ざめている男の傷口に片手を翳して、簡単にその傷に治癒術をかけた。すると、淡い白の光が切り傷を包み込み、時間でも巻き戻しているかのようにゆっくりと確実に傷が塞がっていく。いつ見ても不思議なモンだ。

 そうなると、当然術をかけられた本人やその周りで戦々恐々といった様子で見守っていた連中が子供みたいに目を輝かせるわけで。本来の要件が疎かにならないように早々に立ち上がって、代わりに野菜を切ることにした。


「あんた、すごいんだね。ああ、あたしはマリー。よろしくね」
「オレはリーヴェ、簡単なのしか作れないけどちょっとは料理経験あるから手伝いが必要な時はいつでも言ってくれよ」
「ありがと、頼りにしてるわ。……けど、あんたがリーヴェかぁ。さっきディーアに少し聞いたけど、グレイス……なのよね?」
「あ、ああ、まあ……うん」


 ……巫術を使ったのは軽率だったかなぁ。けど、親睦を深めておけってヴァージャが言うくらいだから親しくしておいた方がいいんだろうし……でも、あんまり手の内は見せない方がよかったのかな。

 オレが返答に困っているのを見てか、マリーと名乗った彼女は「まあいいや」と言って、それ以上は追及してこなかった。


「手伝ってもらえるだけで助かるわ、料理ができる人いないみたいでさ」
「いない……みたい?」
「ああ、今日来たばっかりなら知らなくて当然よね。この組織ってまだ結成してから一週間も経ってないのよ。元から仲間だったのもいるけど、色々なクランが集まってできてるの」


 それは初耳だ、ディーアも誰も何も言ってなかったし。思わず手を止めてしまいながらマリーを見遣ると、彼女は新しい肉をフライパンで焼き始めていた。


「帝国の無能狩りがあまりにも横暴で、それに腹を立てた連中の集まりなのよ、ココ。今は領地戦争とか抜きにして、とにかく団結して帝国をどうにかしようってことになってさ」
「なるほど……一週間も経ってないなら、誰が何が得意かとか全部把握してなくて当然だな」
「でしょ、だから手伝ってもらえると有難いわ。ほらほら、手があいてる男連中は食料庫から色々持ってきて、晩ごはん遅くなるわよ!」


 結成からそんなに日が浅いなら、色々なことが手探り状態なのも頷ける。それでも、帝国の横暴に黙っていられなくて集まったわけだ。オレも貢献できるように頑張らないとなぁ。

 マリーの言葉に、近くにいた男連中はカゴを手に持って逃げるようにして食料庫に向かっていく。彼らにとっては細かい作業より食材を運ぶ力仕事の方が気が楽なのかもしれない。


「……あ、野菜を洗う水がないな。水って裏にあった小川のを使ってるのか?」
「え? 野菜って洗った方がいいの?」
「……」


 ――この組織の台所事情は、オレが考えてたよりもずっと深刻だったらしい。


 * * *


 バケツを片手にアジトの裏手側に行くと、小川がある。飲み水はこの小川――ではなく、森の中にある少しばかり上流の方で調達しているそうだ。

 何でも、このアジトには面倒くさがりなやつも多く、ひどい時はこの小川で用を足すやつもいるんだとか。上流のものじゃないと安心して使えないとマリーが怒っていた、そりゃそうだ。

 陽はすっかり沈み、辺りは夕闇に包まれ始めている。急いだ方がいいな。ただでさえまだ辺りに慣れてないんだから、下手をすると帰り道がわからなくなりそうだ。


「えっと、川を伝っていけばわかる……って言ってたよな」


 早いとこ水汲んで戻らないと、今夜の晩飯は恐ろしいことになる。ほとんど獣道に近い道を進んで行くものの、水を調達しに人が往復しているせいか、通れるだけの幅はあるし、足場もできてる。この通りに行けば迷うこともないだろう。

 そんな時――道の途中に穴のようなものを見つけた。まさに落とし穴的な規模の穴だ。……危ないな、夜にここを通った人が気付かないで落ちたらどうするんだ。手前に屈んで中を覗いてみると、結構な深さと広さだった。戻ったらマリーに報せて、あとで塞ぎに来た方がいいかもしれないなぁ。


「――うわッ!?」


 呑気にそんなことを考えていた矢先、不意に殴りつけるような強い力で背中を押された。押されたことで思わず声は洩れたけど、予想だにしない力を後ろから加えられて咄嗟に身を支えるなんてできるはずもなく。

 身が宙に浮くような何とも言えない感覚と共に、落っこちるしかなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜

キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」 平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。 そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。 彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。 「お前だけが、俺の世界に色をくれた」 蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。 甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

処理中です...