はなちらし ー花散ら士ー

聖千選

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第一章・花壇の守りびとー巨獣・オークー

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 ロンドがリムの丘にそびえる花の祭壇に訪れて英霊の墓の手を合わせた時、何者かがいきなり槍を突きつけられた。

 (なんて無礼な国だ。)

 噂には聞いていたが、こんな街外れの丘にも剣士は嫌われているとは思わなかった。
 槍を突きつけたものは身の丈3メートル以上もある巨兵で鎧に覆われたその素顔を見ることはできない。

 「貴様、花散ら士か?」

 金属の鎧の振動から発せられるこもった声のおかげで中の人物を見出すことはできない。

 しかし、突き出された槍の矛先が微かに震えていることをロンドは咄嗟に判断した。

 (コイツ、手練れていない!)

 隙を見た男が瞬時に左手に槍をかわし、巨兵の鎧のへ装甲の隙間に足をかけながら駆け上がり、背負っている剣を引き抜いて巨兵の仮面を貫いた。
 ロンドの手にした鋼圧剣は文字通り10本のスチールソードを秘術によって1本の剣に凝縮している。ロンドの意思によって打突であっても槍のような貫通力をほこる。

 割れた仮面から金色の長い髪がのびた。顔は防臭のためのウレタンマスクをつけているが20歳にも満たない少女が顔を覗かせた。大柄の鎧は倒れた瞬間、その肘膝の関節から継ぎ枝となるセラミック骨が窺える。

 少女は咄嗟に鎧を外した手で顔を覆った。マスクは言わば下着のようなもので、その上を仮面で隠すことがこの地の常識であった。異国からきたロンドは苦笑する。

「なぜとどめを刺さない。」

「ここには墓参りに来ただけだ。」

「お前はここのものではないだろう?」

 ロンドは花散ら士として命を奪う責任と証として毎回その土地の墓を訪れることと決めている。この国の風習に従い参拝用の札を持参し防花粉用のマスクを装着したが、それもくだらんと思いマスクを取り外した。
 元から見えていたキレながの目がマスクを外すとその小顔からより目が殺気立つ。戦いに明け暮れているから当然だと言えるが、それがこの国で剣士が花散ら士として忌み嫌われている一因でもある。

 セロミア国の首城から臨むリムの丘にはパンジーや睡蓮、デイジー、チューリップと季節間が混在して咲き乱れるが、訪れるものが誰もいない。
 この国を襲う魔物とそれに立ち向かう戦士との戦いによって花は荒らされ人々は逃げ惑う。いつしか花を愛でることを忘れた人々からは魔物と戦う剣士でさえ花を散らすもの=花散ら士として畏怖の対象とされた。

 「お前はなぜこんな場所にいる?」ロンドは尋ねた。

 「ここは父が眠る墓でもありますから、この国の城主がここで父を守りなさいと・・・。」

 リトルの父はセロミア国の酒造杜氏であった。魔獣オークに襲われるまで城主お抱えの献上酒を製造していた。城主は父だけでなくリトルにも優しく声をかけていたという。

 「お詫びとして、我が家の酒蔵に案内しよう。狭いところだが・・・。」

 そう言ってリトルの父の墓から近くの酒蔵へロンドを案内した。確かに狭い。中には攪拌用の5メートル台の酒樽が一つ入るのがやっとで棚には1メートル台の樽が2、3個積み上がっている。

 (これがこの国召し抱えの杜氏の蔵なのか?)

 疑念を持ちながら蔵の中の酒をいくつか検分してロンドは背中でリトルに言い放った。

 「これはただの水だ。」ロンドは背を向けて言い放つ。

 「そんなバカなことはありません。お父さまの製造品を愚弄されるのですか?」

 「飲んでみればわかる。」

 ロンドの勧めでリトルはその水を口に流しいれた。それは水ではなく少し淀みが残る果実酒であった。成人ではないリトルにとっては初めての飲酒であった。

 「騙したのですか・・・うっ。」

 頭がクラクラとしてきたリトルは咄嗟に蔵の木窓を開いた。外の風が心地よく室内に流れ込む。「よせ!」ロンドは咄嗟に叫んだが、その声に応じるかのように足元から地響きが感じられる。方角はリトルの父が眠る花壇の方からだ。

 (やはりか・・・。)

 花びらの舞い散る山からは巨大な腕がのびた。そばに横たわっていたリトルの鎧が人形のようなサイズでオークはそれを掴み投げ飛ばした。

 いち早く現場に戻ったロンド。手には咄嗟に持ち出した1メートル台の酒樽を抱えている。オークと対峙しての第一印象はそのデカさであった。これまでに戦ったオークより二回りも大きく見える。

 (砕けるのか、俺の剣で?)

 迷いを見せたロンドの隙をついてオークは巨大な掌を振り下ろした。ロンドは踏み潰される瞬間、目一杯に真横に飛び出してその攻撃を躱した。叩きつけた後には陥没したボウルの中に繊維がズタズタになり瞬時に腐った花びらが沈んでいる。
 オークはそんな無常には興味がない。獣が次に向かう場所、それは・・・。

 (向かっている場所がリトル一択なら戦略は立てやすい。)

 目的地となるリトルはすでに蔵を出てトボトボと花壇を目指して進んでいた。まるでオークに喰われることを望んでいるかの如く。全身に父親の果実酒が回っている。オークにとっては格好の餌だ。「お父さま?」と向かってくる大きな巨人に幼き日の父の姿が重なる。

 進行する巨獣は周りに目もくれない。だから、サイドに並走するロンドには気づかずにいた。

 「おい!」

 ロンドは飛び上がりその耳元で叫ぶ。うるさい小蝿に苛立ちを覚えたオークはロンドに向かって威嚇の咆哮をあげた。それがチャンスとばかりに、ロンドは手にした酒樽をぶちまけた。

 「グオォ!」

 「これでオレたちもお近づきだな。」

 ロンドが吐き捨てたセリフなどオークは聞く耳を持たない。そんなことを知りつつロンドは担いだ剣を手にして力を込める。迷うことはなかった。抜刀して振り下ろした放物線はイカヅチのように巨獣に降り注いだ。
 鋼圧剣は自在の剣。ロンドが意識を集中させて念を込めて振り下ろすと、元となる10本の剣を並列に重ねて打ち込んだ効果となる。それはロンドの意思によってより大きなダメージを与えたことはオークの絶叫が証明している。

 リトルがその場に着いたとき、オークの骸は山のように丸まって積まれていた。リトルはそれを見て自然と涙を流す。未だ酔いが回っている状態であるから無理もなく、自分が命を狙われていたどころか、今でもそのオークが父親だと信じているようだ。城主の教示といったが、リトルはオークのための生け贄にされたのだろう。慰めてもよいがそのまま泣かせておいてロンドはリトルに同情したくないためその場を離れた。

美しき花の周りではそうした悲しい話ばかりだ。花散ら士の旅は続く。

-第一章・終-
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