おばあちゃん(28)は自由ですヨ

美緒

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メルディ国編

19 魔法って便利だヨ

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 集合場所にやってきたあたしを待っていたのは、日本の工事現場とかでよく見かける仮設トイレの様な箱に車輪を4つ付けた物。……まさかこれが、移動式の牢とか言わないよね?

 え゛、マジでこれが牢なの!?

 ぐるっと周りを回って確認してみる。
 ドアは1つだけで、数カ所、鉄製っぽいかんぬきで鍵を掛ける様になっている。で、そのドアの中間辺りに小窓? この小窓も閂がしてあるけど……何に使うの?
 空気を通す為であろう天井部分が格子状になっているけど、光があまり入らない様にする為か、どうも斜めっぽい? それに、怪我をしない様――自殺を防ぐ為? ――格子の角は丸くなっていて、感覚が狭い。
 車輪は四頭馬車っぽく――いや、あんなに豪華じゃないけど――四方の角に其々一つ。一応、お互いの車輪が邪魔にならない様、頑丈だけど小さく作ってあるようだ。地面と箱の底が結構近い。
 で、ドア以外の三方が壁なんだけど……後方の左底に穴が開いている。かなり汚い。

「リジー。ソレに近付くな」

 あたしの行動をただ見ていただけだったネスフィルが、その穴にあたしが気付いた途端、手を引いてきた。何なの?

「知らないかもしれないが、それは排泄物が落ちてくる場所だ。こういう護送依頼に協力する時は、左後ろには付かないのが鉄則だ」

 げっ!?

 あたしは大慌てで後退る。いや。バッチイよ。
 ……って、あれ? ん?
 という事は……罪人って、基本的にこの箱から出られないって事? 食事――あのドアにあった小窓から入れる――も排泄も、全部この中で遣れ、という事ですか……?

 この世界の罪人の扱いって、畜生以下?

「リジー殿、安心して下さい。罪人は、護送先に着くまでこの牢から出る事はできませんので、リジー殿と元支部長が顔を合わせる事はありません」

 あたしとネスフィルの会話が聞こえたのか、隊長が捕捉してくる。
 ……護送先まで何日掛かるか知らないけどさぁ……こっちが宿に泊まっていてもこの中? 排泄する場所で寝る事になるの? ……精神、病むんじゃね?
 え? 一応、それなりの設備が付いている? そう見えないんだけど?
 へえ……空気を循環させる魔法で換気をしている、と。ん? 座るのは頑丈な椅子状の物で、ふたを上に開けて用を足す? ……それって、ただの洋式トイレじゃね? え? 洋式って何か? ……この世界にあるトイレの事。あたしの世界には、それとは別の形のトイレがあって、区別する為に洋式って呼んでたの。
 それで? そのトイレに座るのはいいけど、用を足すとそのまま外? あ、違うんだ。床下がタンクの様になっていて、そこに溜まり、液状のものだけ外へ……そう、一応、気は使っているんだ……。
 うん? 移送中は、毎夜、兵士だけで罪人の正気を確かめる? 翌日、下働きの者が排泄物の処理してから出発? そこは人力なんだ……まあ、それが仕事とはいえ、ご苦労様。換気だけでもされてて良かったね……。

 それにしても……結局、最初の仮設トイレって印象、合ってたって事なんだね……。

「リジー殿、罪人を収容している場所にこれを持って行き、閉じ込めてから再び戻ってきますので少しお待ち下さい。それから、申し訳ありませんが、この牢と拘束用の縄に魔封じをお願いしたいのですが……」

 あ、まだこの中には居なかったんだ……って、今から?
 もしや、あたしの魔法待ちだったとか? それなら、昨日の内に言えばいいのに。収監中に魔法で逃げられたらどうするつもりだったんだろう? え? 兵舎には魔封じの牢屋が存在するの? そうなんだ。じゃあ、大丈夫なのか? まあ、いっか。
 マルが言うには、やっぱり念じればオッケーらしいので、隊長の持つ縄と1メートルは確実に離れた牢に魔法を掛ける。絶対に封じて。アレの顔など見たくない。
 魔法を掛けたよ~と合図すると隊長は頷き、同行する事になる兵2人――村の警備を手薄にする訳にはいかないからギリギリの人数――を促す。2人は牢に繋いだ馬二頭を引いて元支部長のところへ向かう。

 隊長、ここに残るの? 責任者なんだから、あんたが行くべきじゃ?

 疑問に思うが、その辺の常識なんて知らないからスパッと無視し。あたしは丁度良いからと、隊長に(頑張って創造した)無開示魔法の事を教える。勿論、その呪い(笑)も一緒に。
 魔力が1でもあれば使え、永久に持続すると説明すると、ネスフィルの瞳がキラッキラに輝き。呪い(笑)の事を伝えると、隊長が青くなった。

「い、一緒に聞かないと呪われるんですか!? わ、わたしは昨日、聞いてませんが大丈夫でしょうか?」

 あ、やべ。忘れてた。これじゃあ、あたしも『伝えていないから』という事で罰を受けているとか思われそうだ。あたしのおばあちゃん化は最初から……って、考えるとイラッとかムカッとかするから考えないでおこう。
 うーんと、どうすれば誤魔化せる――って、『公表しないと』罰を受けるって事になっているんだから、これは『伝える方』だけにペナルティがあるって事にしておけば、隊長は安心するかな?
 あ、それから。そうしておけば『故意に』伝えない事を防げるか……。罰くらって色々失くす事と情報見れなくなる。この2つを天秤に掛ければ……見れない方がまだマシだかよね、多分。ハハハ……今更それに思い当たるって、あたし遅過ぎ。
 うん? ……『半日くらいなら伝えるのが遅れても大丈夫』という事にしておこう? 何、その杜撰ずさんな設定は。
 は? 『魔法』ってそんなモノ? へ? 『故意に伝えない』場合は、即刻罰をくらう事にもできる? そんな簡単に設定って変更できるの?
 製作者特権? あっそう。じゃあ、それでいいや。

「えっと……この罰って、『伝える方』だけが有効。『聞く』だけなら問題ない。それに、半日くらいなら遅れても影響はないよ。だけど、それ以上時間が開いたり、『故意に伝えない』場合は罰を受ける」

 あたしの言葉に隊長は益々青ざめ。

「も、申し訳ありませんっ! しゅ、出発は一時間後でッ!!」

 大慌てで駆け出した。

 あ~……あれは、国に伝える前に、この村の兵に伝えたかぁ……。多分、冒険者にも……。
 ギルドに向かって真っ直ぐ駆けていく隊長の背中を見送り、あたしは苦笑するしかない。仕事が早いと言うべきか、兵士としてそれでいいのかと言うべきか。まあ、頑張って説明してきて。早ければ罰は受けないよ~。

 さてと。
 そんな訳で、出発が遅くなったけど……どうしよう?
 でもあたし、この世界の一時間が体感で分かんないから、ここから離れ過ぎるのもマズイよね?
 かといって、ここにボーッと突っ立ってるのもつまんないし……。
 うーんと悩んでいると、肩がポンポンと叩かれた。ここに残っているのは1人しか居ないので、叩いてきたのは勿論ネスフィル。あたしは斜め後方を見上げる。

 ちなみに、全く関係ないけど、あたしの身長は約165。ネスフィルは180くらいかと思ったけど、実際に横に立ってみたら、見上げる角度がもうちょい上。多分、190くらいあるんじゃないかな? デカい。これで剣を振り回して機敏に動けるんだろうか?
 え? ユキヒョウの獣人なんだから問題ない?
 基本的に、標高の高い山脈に住んでいて、断崖なんかを歩くから俊敏じゃないとマズイ? へ~。その辺は元の世界と同じなんだ。うん、絶滅危惧種なのも同じ。不思議な所で、元の世界とリンクしてる感じだ。

 あたしがちょっとだけマレットに視線を遣ると、何故か少し眉を下げたネスフィルが再び、あたしの肩をポンポンと叩いてきた。
 何か……拗ねてる?

「どうかした?」
「その……今言っていた、無開示の魔法を、教えて欲しい」

 いい大人がモジモジしながら話すのやめいっ!
 でも、その耳と尻尾がシュンとしてる感じが可愛いんですが!?

 はっ、いかんいかん。思わず、手がワキワキと動きそうになった。自重自重。
 あたしはコホンと咳払いし、窺う様にこっちを見ているネスフィルに、マレット表示をそのまま伝える。

「単純に、『無開示』って唱えればいいよ。慣れれば、考えるだけで発動する」
「……は?」

 ポカーンと、ネスフィルが口を開ける。あ、表情が思いっ切り変わったね。

「いや、魔法って、そんな簡単に……「できるよ?」」

 否定の言葉を発しそうなネスフィルを遮り、あたしはマルに教えを請いつつ答える。

「昨日説明した通り、魔法には基本的に熟練度が存在する。この熟練度は、言い換えれば使い慣れるって事。剣だって何だって、訓練すれば振る速度が上がるし、鋭さも増すでしょう? それと同じ。魔力操作がきちんとできて、使い慣れれば簡単に魔法は発動する」
「……」
「ただし、努力を怠れば怠るほど、威力は下がるし、消費魔力は上がるしで良い事なし。時には『魔法の暴走』という、最悪の結果をもたらす。魔法も武器操作と同じで、訓練は欠かせないって事」

 忘れるなよ~と行儀悪く指を突き付けると、ネスフィルはこくこくと頷き。

「に、苦手だが、頑張る」

 瞳に決意を宿らせた。
 あ、何かを覚悟してるとこ悪いけど……。

「別に、実際に魔法を使って訓練しなくても大丈夫だよ? 魔力操作だけでも魔法はいい訓練になるから」
「そ、そうなのか?」
「そうそう。だから、魔力操作は怠るなって、子供の時に教わるの」
「そ、そうだったのか……」

 既に、どうして魔力操作の訓練が必要かはこの世界の人々に正確には伝わっていないらしい。
 今では古くからの習慣として、親から子へ「魔力操作は怠るな」と教えられる。まあ、国によってはそれすらも教えていないようだけど……どこまで落ちれば気が済むんだ、あの国は……。

「ネスフィルは、魔力操作の訓練はしている?」
「ああ。昔から、毎日少しずつではあるが、欠かした事はない」

 へ~偉い。苦手な事だけど、きちんと習慣にしてるんだ。
 あたしは思わず手を上げ、ネスフィルの頭をポンポンと撫でる。

「苦手な事だからと、逃げないネスフィルは偉い。これなら、あたしも教えがいがあるってものだよ」

 すると。
 ネスフィルは少しだけ目を見開き――。

「ネスで、いい」

 へにゃっと笑いながら、愛称で呼ぶ許可をくれた。

 ちょ、ちょっと! その笑み、反則!





 26の男を、可愛いと思ってしまったではないかぁーーーーーっ!!!
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