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メルディ国編

42 過保護はめぐるヨ

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「サージット隊長っ!!」

 誰だそれ。
 あたしがそんな事を思いながら声の方を見ると、先程、兵舎の中に消えた兵士の1人がこちらへと駆け寄ってくるところだった。茶色い素焼き製と思われる片手くらいの大きさの壺を2つ持っており、その壺を持つ両手は革製っぽい手袋に覆われていた。
 なんだろ……毒だった場合の為の防護かなにか?
 あ、向かった先はルチタンの隊長の元だった。じゃあ、さっきのサージットだっけ? あれはルチタンの隊長の事か。敵判定してないし、向こうも名乗らない――名乗る前にあのアホが叫んだ――から、知らないんだよね、名前。
 ……そういえば、カジスの隊長や兵士達の名前も知らないや……こっちも、名乗られてないんだよね……よくそんな怪しい奴についてきた――護送依頼を引き受けた――な、あたし……。

 うん、危機感はどこに出掛けた!?

 まあ、ネスやルベルもいるし、過保護な神々の加護があるから大丈夫か……こんな時だけ頼りにするってのも現金な気はするが背に腹は代えられないってね。
 なにより、敵なら看破魔法が発動する。発動しないって事は、判定の結果、あたしには無害って事だから気にする必要ないとか思っている部分もある。敵判定はマル基準だけど、今の所は外れなしだから問題ない。

 で、それよりも問題なのが、兵士が手に持っている壺である。片方――右手の物がマル判定で真っ赤である。
 まあ、それもあって看破が自動発動したんだけど……。

『ゴニトキの毒』 種類:神経毒  所有者:ベリジアズ
 海底に生息するゴニトキ貝から抽出された麻痺毒。子供用の小さいスプーン一杯くらいが体内に入ると体中が痺れて動かなくなり、グラス一杯くらいで呼吸する事も適わなくなり死に至る。体に慣れる事はない。
 世界中の国々で取引禁止が決められているが、闇取引している組織がある。取り扱った者、手に入れた者は例外なく処罰対象。
 ニトキ貝から作られた中和・解毒薬がある。使用した形跡有り。

 麻痺効果のある貝毒のようだ。これはアウトだよ。しかも、所有者登録って……笑うしかない。
 という事は、もうひとつはその中和・解毒薬かな?

『ニトキの薬』 種類:ゴニトキ毒の中和・解毒薬  所有者:ベリジアズ
 海底に生息するニトキ貝から抽出されたゴニトキ毒の中和・解毒薬。ゴニトキ毒に侵されても、同量を摂取すれば解毒される。事前に飲む事で中和剤の効果を発揮し、ゴニトキ毒で倒れる事はなくなる。使用した形跡有り。
 ゴニトキ貝と見た目は非常に似ているが、ニトキ貝の方が一回り小振りである。

 ああやっぱり。しかも、こっちも所有者登録してるよ。
 で……使用した形跡もある、と。……アレ、常習犯の可能性あり?

「ねえ、ルチタンの隊長」
「はい」
「アレ……盗賊退治の功績で昇進とかしてる?」
「……」

 苦虫を噛み潰すとは、こういう表情を言うのだろう。ほんっとーに嫌そうに無言で頷いた。壺を両手に持つ兵士も凄く不快そうな顔をしている。
 ……なんか気の毒だから、少しだけ手助けしよう。

「ちなみに、その壺。右手のがゴニトキ毒。左手のがニトキの薬。しかも、使った形跡があるよ」
「「「!?」」」

 ギョッとして隊長2人と兵士が右手にある壺を凝視する。

「それは、間違いありませんか?」

 カジスの隊長が聞いてくる。あたしはうんと頷き、

「見たから」

 そう答えると、あたしが識別魔法――実際は看破だけど――を使えると知っているカジスの隊長は納得し、ルチタンの隊長にその旨を伝えた。ルチタンの隊長と兵士も納得している。
 下位互換とはいえ、種類や性質を見れる魔法ってやっぱ便利だね。

「毒を調査に回せ。所有者登録されていないかも調べろ」
「はいっ」

 あ、所有者登録はされてるよ~とは、流石に下位互換の魔法じゃ分からないだろうから口にチャック。
 駆け出す兵士を見送り、ルチタンの隊長は改めてあたし達に頭を下げた。

「面倒な事に巻き込んでしまい申し訳ありません」
「いや、隊長が悪いわけじゃないから、謝らなくていいよ。今回の場合、アレとか盗賊達をきっちり裁いてくれれば問題ない。これ以上の犯罪は防げたって事で良かったと思っておくし」
「申し訳ありません。ありがとうございます」

 あたしの返事にルチタンの隊長は更に深々と頭を下げてくる。だから下げなくていいって言ってるのに……まあ、立場的には仕方ないのかな?

 うーん……この短時間で憔悴してきてる隊長達が気の毒になってくる。
 まあ、アレを放っておいたらもっと面倒な事になっていただろうから、それを考えると今回あたしが絡んだのは幸運だったのかもしれないけど?

 ……あれ?

 逆方向に幸運神の加護が仕事した?

 ……まあ、気にしない事にしよう。

 それはともかくとして、この町に長時間拘束されるのも嫌だから、取り調べ等が楽になる様に、更に手助けしておきますか。
 アレには……盗賊達と同じく、『真実しか語れない』や『黙秘不可』、『余計な事は言えない』を遠隔で魔法付与しておこう。
 アレや盗賊なんかが収容されるのは……?

『兵舎の地下に収容施設等があります』

 マレット表示が地下に切り替わる。あ、本当だ。地下に収容施設や取調室、……ああ、テンプレだろう拷問部屋もあるや……。
 じゃあ、各部屋に『防音』、『反響』、ついでに『魔法使用禁止』と『自傷他傷行為禁止(拷問部屋を除く)』を掛けて――っと。

 あたしがアレや地面を見る度に様々な所が微かに光る。
 それに気付いたカジスの隊長が首を傾げた。

「リジー殿? なにをなさっているのでしょう?」
「うん? 魔法を掛けてる」
「「は?」」

 復活(?)した隊長達にあたしが今使った魔法の説明をすると、2人揃って土下座しそうな勢いで礼をしてきた。取り調べが楽になるとか、手続きを早くできるとか、犯罪者の暴言を聞かなくて済むとか言っているから、あたしの想像以上に彼等の助けになるっぽい。
 ……3番目の理由が切実っぽく聞こえたのは気の所為と思っておいた方がいいよね、うん。

 そんなこんなで漸く、ルチタンの町に入る事ができた。ここにくるまで長かったー。
 結局あたし達は、この町に3日程滞在する事になった。
 護送だけなら翌朝出発だったんだけど、盗賊捕まえた挙句、協力者だった黒幕まで捕まえちゃったからね。元々やるだろうと思っていた犯罪者の聴取、アジト確認、報奨金の精算の他、ルチタンの町の住民に対する説明、王都の本部に連絡を取り、こいつらをどうするか相談しなければいけないそうだ。
 多分、黒幕の元副隊長と盗賊のボスである百貫デブを護送する事になると言われた。どうせだから、あたし達の護送と一緒にできないか交渉するらしい。ただ問題は、黒幕を収容できる簡易トイレはあるけど、百貫デブ用はない事。しかも、あってもそれを引けるだろう馬もいない事だって。
 どうにかできないか相談を受けたから、その3日の間に百貫デブ用の簡易トイレを(魔法で)作る事にした。マルもできるって言ってるから大丈夫でしょ。
 その簡易トイレを引くのはうちの神製ゴーレム馬に任せれば問題ない。荷物を引っ張りながら自由に走り回るのが気に入ったのか、ゴーレム馬的にも問題ないようだ。嬉しそうに頷かれた。

 百貫デブ用の簡易トイレはサクッとできた。まあ、サイズさえ分かれば、作るのは簡単だからね。
 壊れない様に頑丈に作ったから相当な重量だけど、試験的にゴーレム馬に付けて走らせてみたら問題なかった。普通より縦にも横にも大きい物を振り回して爆走するゴーレム馬に、立ち会った隊長達が苦笑していたけどね。そこはあれだ、うん。あのゴーレム馬は神製だから、気にしちゃいけない。

 で、余った時間でなにをしていたかというと、盗まれた品等を買い戻したい人達との交渉とか、ネスやルベルと共に魔物退治とかをちょろっと。

 買い戻し交渉で、それは自分のだ返せとか高圧的に言ってきたバカ貴族には、あんたのだという証明はできるのかと聞き、ほとんどの場合できないから、その時点でお帰り願った。なかには身分をかさに着て取り上げようしたり、暴力を振ろうとした奴等がいたけど、きっちりたたんで捨てておいた。
 拾った兵士達が、窃盗疑いや暴力疑いでそれを収容するまでがワンセット。余りにもそんな奴等が多い為、兵士達もいつの間にか流れる様に作業していた。ちなみに、たたんだ時にアレ等と同じ系統の魔法を掛けておいたから、かなり余罪がでてきたようだ。うんうん。良い事して気持ちいいねー。

 もう二度と会える可能性の低い人の遺品等を求めてきた人には無償で返した。看破魔法を使えば、その品の所有者は分かる。話に矛盾がないから問題ない。返すと、涙ながらにお礼を言われた。二度と会えないかもしれないが、少しは慰めになると。うん、その気持ち、少し分かる。あたしも……持って来たかったな……。

 他にも、冒険者の物と思われる品は冒険者ギルドに預けた。武具等だけではなく、ギルド証明書――所謂ギルドカードもあったから、被害に遭った冒険者を特定する助けになるだろう。捕まったアレ等から損害賠償をたっぷり取ってやると黒い笑いを浮かべていたルチタンのギルド長が印象的だった。たくましいね。

 魔物退治は……特に問題なかった。
 ルチタン近辺には強いのから弱いのまで様々いたけど、闘神と魔術神の加護を持つあたしの敵になる筈もない。サクッと消えていく。
 物語テンプレのゴブリンみたいな人型魔物への忌避感なんかを心配したけど、余りにもその姿が醜悪過ぎて、忌避感より先に嫌悪感が出て速攻消した。あれだね、Gを受け付けないのと同じ。この世界なら『消えろっ』と思うだけで消えるから、G退治より楽かもしれない。視界の端に映った瞬間消えるからホント楽。
 まあ、気にもせずにサクッと消していた為、気付かないうちに何度か大きな集落を消し、ルチタンの住民にすっごく感謝された。冒険者ギルドからも登録してないけれど報奨金が出た。この功績はツケにしておくから、登録したら実績として上積みしてくれるらしい。ちなみに、消したのはゴブリンの他、オークもあった。この辺の事情はテンプレだから割愛。

 夜なんかの空いた時間はマルにこの世界の常識や魔法の事なんかを聞いたり、神々から押し付けられた贈り物を確認したりした。
 神から押し付けられた贈り物……トキの中から出てきたのは……色んな事が書かれた紙束だった。あれ? モノじゃない? モノじゃない理由をマルに聞いたら、私利私欲の為にお供えするような奴等がモノをそのまま残していく筈ないと言われた。うん、納得した!
 あたしの手元にきた贈り物の中身を読んでみた。……予想に反してかなり使えそうで驚いた。
 これはあれだ。アホ貴族とか成金なんかに絡まれた時の切り札になりそう。
 もしかして、贈り物とかいう理由を無理矢理作って、あたしの手助けしてくれたって事かな? いや、それは善良に取り過ぎ? ただ単に邪魔だったからという理由かもしれない。どちらにしろ、これは当たりだろう。

 まあ、そんな事をやっているうちに3日が過ぎた。
 確認等が全て終わり、王都に向けての出発準備で兵舎が慌ただしい。
 結局、護送対象は3人に増えた。兵士も、本来ならルチタンから1人だけ合流する筈だったけど、2人に増えた。あの簡易トイレの御者台に座る為じゃなく、周辺警備の為だ。
 簡易トイレは3つとも、ゴーレム馬が引く事になっている。いやだって、馬達がもの凄くやりたそうだったから……。しかも、人の言う事を理解している為、自動操縦&魔物が出てきても踏み潰してもらえると隊長達が乗り気になった為、あっさり決定。まあいいけどね。

 ゴーレム馬に繋がれた簡易トイレが兵舎の玄関に横付けされる。
 1台には既にカジスからの犯罪者が乗っている。あたしと顔を合わせない様にするという約束はきっちり守られている。
 もう2台はまだ空。2台分の扉が開かれ、兵舎の玄関から人影が現れる。
 なぜか集まってきたルチタンの住民達が見守る中、元副隊長と百貫デブが護送用の簡易トイレに積み込まれようとした時。

 この町での最後の事件が起こった。
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