頭上輪廻戦士アーサー

川口大介

文字の大きさ
2 / 41
第一章 女神様、生える

しおりを挟む
 よく見てみれば、頭には兜があり、身に纏っているのも軽装ではあるがどうやら防具だ。白を基調にして金で飾った、美しくも勇ましい戦装束。
 天から舞い降りた戦いの女神といったところか。イメ―ジ的にはそんな感じだ。
「あっ! も、もしかして⁉」
 唐突に、一気にア―サ―の意識が完璧に覚醒して現実に戻った。慌てて、机の上に広げている歴史の教科書に目を落とす。
 そこに書かれているのは「界前六百六十年、白の女神が黒の覇王を倒し、地上界を救う。以後、黒に属する異形の者たちは地上から姿を消し……」の文だ。そして同じペ―ジに、一枚の肖像画がある。白い戦装束を纏った、金色の髪の、二十歳ぐらいに見える女性だ。その強さと美しさ、そして何より世界を救ったという功績から、女神と呼ばれ称えられた人物。
 それが白の女神……で、今頭の上で上半身を生やしている女性が……
「うわああああぁぁぁぁっっ⁉」 
 背中で背もたれを力一杯押して、ア―サ―は椅子ごと後ずさった。
 だが鏡に映っているそのお方は、消えてはくれないし離れてもくれない。なにしろ居所が自分の頭の上なのだから、どうしようもない。
「うわっ、うわっ、うわっ、うわっ、」
 もう金縛りだなんて言ってられない。これじゃ謎の幽霊の方が、なんぼかマシだ。なんでどうして教科書に載っている救国の、いや救世界の伝説の主が、あ、これを略して救世主か、なんてボケてる場合ではなくて。
 とにかくとにかく、何をどうしたらいいのか恐れ多くて文字通り「恐れ」が「多く」て、だってだって修学旅行以外は殆ど町から出たこともないような一般市民に何でこんなっ?
 先程までの、沈黙金縛り状態ではなく大暴れパニックに陥ったア―サ―は、とにかく何とかしようとして、溺れて藁を掴むように両手を振り回した。すると、
「あっ」
 女神様の戦装束は、普通の鎧などと違って、素肌もしくは布だけの部分が多くなっている。なので、丁度そこにア―サ―の手が当たってしまった。彼女の上半身の、上の方に触れた。
 見た目の印象通りに大きくて重い、むにっとした手応えというか弾力と張りがあって心地よく温かくて、
「どこ触ってんのよっっ!」
 
 どごむっ!

 その声はまるで、世界中の子供たちを優しく包み込む精霊の子守唄……などと誉める余裕はア―サ―にはなかった。実際、そんな声ではあったのだけれども。
 なにせ頭の上に乗っかっている人が、真下に向かって思いきり、垂直に殴りつけたのだ。そこはア―サ―の脳天。これはかなり効く。
「い、い、痛いぃぃっ!」
 ア―サ―は悶絶して涙を浮かべ、椅子から転げ落ちて部屋を転がった。
 器用というか何というか、頭に生えている女神様は転がりに合わせてア―サ―の頭と顔面をくるくる滑り、常に地面に対して垂直の角度を保っておられる。
 そんな女神様が、冷静に仰った。
「貴方、男の子でしょ。いつまでも痛い痛いって泣かないの」
「……だ、だ、だって!」
 異議あり! と立ち上がったア―サ―は、涙目で頭上に向かって抗議した。
 とはいっても完全に上を向いたら女神様が顔面に被さってくるので、仕方なく顔は正面向きのままで目だけ上に向ける。結構シンドイ。
 が、メゲない。
「男の子だろうと女の子だろうと、今の一撃は本っっ当に痛かったんですっ!」
「そう? じゃ、痛いの痛いの飛んでいけ~」
 女神様は、ア―サ―の頭をなでなでして、その手をぴゃっと振る。
「よし、と」
「よくないですっ!」
 ついさっきまで髪だけでも見惚れてたのに、一気に急転直下してしまった。一体何なのだ、この暴力女神様は。
 だが、かような異常事態なればこそ、落ち着いて対処せねばならない。というかいい加減そうしないと、自分の神経が無事でいられない。
 ア―サ―は、深呼吸をして気を落ち着かせて、
「それで? これは一体、どういう事態なのでしょうか?」
 相変わらず目だけ上に向けて質問した。歴史の教科書を広げて、頭上の女神様に見せる。
「一応確認しときますけど、白の女神様ですよね?」
 女神様は、気軽に肯定した。
「そうよ。あら、これ歴史の教科書? へえ、私ってさすがに有名人ねえ」
 何やら満足して、うんうんと頷いておられる有名人の女神様。
「それで、あの……」
「あ、はいはい。何?」
「何とかの血を引く戦士様ならいざ知らず、僕のような一般市民に降りて来られるというのは、どういうことで」
「降りて、って?」
「え、だって、天上界だか何だかから降りて来られたんでしょう?」
 女神様は、にこと微笑んで答えた。
「違うわ。今貴方に見えているこの姿は、魂じゃなくてただの意識体、残留思念みたいなものよ。転生先の子に直接説明できるように、魂に付けておいたの」
「付けておいたってそんな、お菓子のオマケみたいに……って、え? 転生先?」
「そうよ。転生先」
 女神様は、ア―サ―の頭を指して言った。
「貴方に転生したの、私は。つまり貴方は私の生まれ変わり、私の来世」
「……ってことは僕の前世が……」
「そう」
 女神様、今度は自分の鼻先を指す。
「貴方の前世は、私。自分で言うのも何だけど、この世界の救世主――白の女神よ」
 その瞬間轟いたア―サ―の声ならぬ絶叫は、
「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇ⁉」
 そりゃあもう、もの凄いものだった。
 どれくらいもの凄いかというと、すぐさまア―サ―の部屋のドアが乱暴に叩かれて返事も待たずに開けられて、
「おに―ちゃん、うるさい! さっきから何を一人で騒いでるの? ご近所に迷惑でしょ!」
 ドアから顔を出したのは、ア―サ―の二つ年下の妹、ウナだ。おかっぱにしている黒い髪、少しタレ気味の目などはア―サ―によく似ている。だが、性格の方は兄に全く似ていないとご近所でも評判の、強気勝気な妹である。
 ともあれ齢十歳にして近所迷惑を危惧し、兄に注意しに来たウナは、小脇に抱えたキツネのぬいぐるみも勇ましく、同じくキツネ柄のパジャマ姿で、ずかずか部屋に入ってくる。
 ちなみにア―サ―のパジャマはタヌキ柄だ。
「おに―ちゃん、今勉強してるんでしょ? 何を騒いで……何してんの?」
 これ! これ! と頭上を指すア―サ―を、ウナは怪訝な顔をして見つめている。
「新しい遊び? それとも美容体操? どっちにしても、勉強中にすることじゃないでしょ」
「⁉ み、見えないのかウナ?」
「何が?」
「何がって、」
 ア―サ―が頭上に目をやると、
「ムダよ。私の姿は貴方にしか見えないし、声も貴方にしか聞こえないの」
 女神様の、ありがたいお声がした。
「どどどうしてっ?」
「言ったでしょ、魂に付いてる意識体に過ぎないって。私は私自身の魂、すなわち貴方の魂にしか干渉できないの。貴方の感覚に対してだけ有効な存在、というわけよ」
 それはすなわち、この女神様の存在を誰に対しても説明・立証できないということで。
「そんな! じゃあ僕はこの異常事態について、誰にも相談できないと?」
「異常事態……随分と失礼な言い方してくれるわね」
「だってついさっき、頭上から思いっきり殴られ……あ」
 ア―サ―は、ちょっと痛い視線を感じた。
「お、おに―ちゃんっ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...