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序章
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太古の昔。世界中を恐怖の底に沈めた魔王が、偉大な英雄によって倒された。
その魔王の、強大な力を秘めた遺品の数々が、永き時の果てにある魔術師の手に入ってしまう。それにより、かつて魔王が生み出した異形のモノたちが現代に復活。伝説上の存在が実在の軍団となって人を街を国を襲い、世界中に災禍が広がっていった。
そんな中では、かの伝説の英雄に憧れる者があちらこちらに出てくる。
自分こそが英雄だと思い込み、何でもない物を指してこれが証拠だと言い張る者。
俺は英雄だから最後には勝つ、と信じる者。それを支えに、決して諦めず頑張る者。
いずれも本人が勝手に主張していることである。確かな根拠があるわけではない。
だが根拠がどうあれとにもかくにも、戦い続け困難を打ち破り続けた者こそが、いつしか世に認められ、英雄と呼ばれるようになる。世界中に伝わる戦記や冒険嘆は、そういうものだ。かつて魔王を倒したという英雄もまた、そうであったのだろう。
それが連綿と繰り返されてきた歴史であり、伝説というものである。
たとえ最初に戦い始めた時点では、英雄どころか…………であってもだ。
《英雄ジークロットの魂よ……世を覆う闇を斬り裂く為、地上に戻りし魂よ……》
ここは夢の中。暗い空間に見えるのは、人の形をしているようなしていないような、ぼんやりとした光の塊。その塊から、高く澄み渡った美しい女性の声が聞こえている。
しかし見えているのは光の塊だけなので、残念ながら声の主が美人かどうかは判らない。むしろ、もし第三者がこの光景を見れば、こう言うだろう。「その光に照らされて声を聞いている、君の方が美人だ」と。
整えられておらずぼさぼさではあるが、艶のある黒い髪。同じく黒い、仔犬のようにまん丸な瞳。歳の頃は十五、六ぐらいであろう。あどけない顔立ちには期待と不安が浮かんでいて、どこか頼りない。華奢なその身を包むのは質素な布の服と、その上から軽そうな皮の鎧を着けている。
彼は……そう、「彼女」にしか見えないが「彼」は駆け出しの冒険者。名はクリスという。
《破邪の伝説を、再び……って、あの、ちょっと? 聞こえてる?》
「あ、はい。ちゃんと聞こえてます。最初の頃と比べたら、随分はっきりと聞こえるようになりましたよ。こうして、きちんと会話もできますし」
《そりゃ、だいぶ近づいてきたからね。しかしほんと、ワタシの声が聞こえる距離まで来てくれて良かったわ。あのままず~っと遠方をウロウロされてたら、アナタが歳とって死んじゃうまで、ワタシは一人で吠え続けてたのよ? で、また何年も何年も経ってからアナタが転生して、つまり赤ちゃんになって生まれてきて、それから成長するのを待って……ぞっとするわ》
光の塊は眉を寄せて肩をすくめた、ような声で言った。
《けど目的地を定めず旅してたアナタが、ワタシの声の届く範囲に足を踏み入れたってのは、運命よね》
「そうですよね。うん、そうに決まってますよ。きっとそうです。絶対そうです」
《……なんか、ムリヤリ自分を納得させてるって言い方ね。アナタ、まさかワタシのこと疑ってるんじゃないでしょうね?》
光の塊が、声にドスを効かせてきた。クリスはぶんぶん首を振って、
「いえっ、そんなことないですよ。ただ……ほら、僕はまだ未熟だから、ちょっと不安な気持ちもなきにしもあらずということで」
《な~に言ってるの、そんなの当たり前でしょ。誰だって最初は初心者。もちろん才能の差はあるけど、誰でもどんな分野でも、始めてすぐ達人ってわけにはいかないわよ。たとえそれが、》
びしっ、とクリスは指さされた、ように感じた。
《かの英雄の転生、すなわち生まれ変わりである、アナタであっても。出自に甘えちゃダメよ。日々これ精進、修行あるのみ》
「はいっ!」
《よろしい。アナタは何も迷わず、ワタシの言う通りにしてればいいの。いよいよ目的地も近いんだから、頑張ってね》
「あ、そうだ。その目的地についていろいろ調べたんですけど、もう多くの冒険者たちが探索し尽くしたそうですよ。今行っても何も残ってないとか」
《大丈夫。ワタシが閉じ込められてる隠し部屋があるのよ。アナタが現地まで来てくれれば、ワタシが内側から何とかするから。心配しないで、あなたはまっすぐ最深部まで来てちょうだい。わかった?》
「はいっ」
《ワタシ、アナタが来てくれるのを、待ってるからね……………………》
目が覚めた。硬いマットの感触が背中にあり、薄汚れた天井が視界を占めている。
貧しい冒険者たち御用達の、安い宿の二階にある、狭い一室。ベッドの上でむくりと上体を起こしたクリスは、頭を振って意識を覚醒させた。
またあの夢だ。十日ほど前、野宿をした時に《お~い! お~……あ、聞こえた? 聞こえたのね? 良かったぁ、やっと届いた!》と夢の中で呼ばれて以来、何度も見ている。毎回ちゃんと、話題が前回の続きになっているし、クリスの旅の進行に合わせて行き先を指示してくれたりもしている。少なくとも、ただの夢でないことは確実だ。
あの光の塊が言うには、クリスはかつて魔王を倒した伝説の英雄、ジークロットが転生した者、生まれ変わりなのだそうだ。そして、《ワタシ》のところに行けば、ジークロットが行使していた力を授かることができるというのである。
しかし、世の中には本気冗談入り乱れて、そういうことを主張している人なんて山ほどいる。今、クリスがこの夢の話を誰かにしたところで、本気にされることは絶対にないだろう。
そもそもクリス自身が、ただの夢ではないと思いつつも、あの光の塊の言葉を信じきってはいない。本当だったら光栄の極地だが、光の塊さんが人違いでもしているんじゃないだろうか、という気持ちはある。
とはいえ、元々どちらでもいいのだ。どうせ当てのない旅であり、だが最終目標はずっと定めていたのだから。「僕が魔王の遺品を破壊して、世界を救う」と。
もちろんこれも、誰かに話したところで、ムチャな夢だと笑い飛ばされるだけだろう。それでも、クリス自身は本気の本気だ。
光の塊が言っていた場所まで、この街からなら丸一日もかからない。今朝一番で出発すれば、今日中には着ける。着けば、何かあるだろう。たとえ英雄の生まれ変わり云々が間違いだったとしても、きっと何かが。
クリスはベッドから降りると、ぱちん! と両手で頬を張った。
「よし、行くぞっっ!」
その魔王の、強大な力を秘めた遺品の数々が、永き時の果てにある魔術師の手に入ってしまう。それにより、かつて魔王が生み出した異形のモノたちが現代に復活。伝説上の存在が実在の軍団となって人を街を国を襲い、世界中に災禍が広がっていった。
そんな中では、かの伝説の英雄に憧れる者があちらこちらに出てくる。
自分こそが英雄だと思い込み、何でもない物を指してこれが証拠だと言い張る者。
俺は英雄だから最後には勝つ、と信じる者。それを支えに、決して諦めず頑張る者。
いずれも本人が勝手に主張していることである。確かな根拠があるわけではない。
だが根拠がどうあれとにもかくにも、戦い続け困難を打ち破り続けた者こそが、いつしか世に認められ、英雄と呼ばれるようになる。世界中に伝わる戦記や冒険嘆は、そういうものだ。かつて魔王を倒したという英雄もまた、そうであったのだろう。
それが連綿と繰り返されてきた歴史であり、伝説というものである。
たとえ最初に戦い始めた時点では、英雄どころか…………であってもだ。
《英雄ジークロットの魂よ……世を覆う闇を斬り裂く為、地上に戻りし魂よ……》
ここは夢の中。暗い空間に見えるのは、人の形をしているようなしていないような、ぼんやりとした光の塊。その塊から、高く澄み渡った美しい女性の声が聞こえている。
しかし見えているのは光の塊だけなので、残念ながら声の主が美人かどうかは判らない。むしろ、もし第三者がこの光景を見れば、こう言うだろう。「その光に照らされて声を聞いている、君の方が美人だ」と。
整えられておらずぼさぼさではあるが、艶のある黒い髪。同じく黒い、仔犬のようにまん丸な瞳。歳の頃は十五、六ぐらいであろう。あどけない顔立ちには期待と不安が浮かんでいて、どこか頼りない。華奢なその身を包むのは質素な布の服と、その上から軽そうな皮の鎧を着けている。
彼は……そう、「彼女」にしか見えないが「彼」は駆け出しの冒険者。名はクリスという。
《破邪の伝説を、再び……って、あの、ちょっと? 聞こえてる?》
「あ、はい。ちゃんと聞こえてます。最初の頃と比べたら、随分はっきりと聞こえるようになりましたよ。こうして、きちんと会話もできますし」
《そりゃ、だいぶ近づいてきたからね。しかしほんと、ワタシの声が聞こえる距離まで来てくれて良かったわ。あのままず~っと遠方をウロウロされてたら、アナタが歳とって死んじゃうまで、ワタシは一人で吠え続けてたのよ? で、また何年も何年も経ってからアナタが転生して、つまり赤ちゃんになって生まれてきて、それから成長するのを待って……ぞっとするわ》
光の塊は眉を寄せて肩をすくめた、ような声で言った。
《けど目的地を定めず旅してたアナタが、ワタシの声の届く範囲に足を踏み入れたってのは、運命よね》
「そうですよね。うん、そうに決まってますよ。きっとそうです。絶対そうです」
《……なんか、ムリヤリ自分を納得させてるって言い方ね。アナタ、まさかワタシのこと疑ってるんじゃないでしょうね?》
光の塊が、声にドスを効かせてきた。クリスはぶんぶん首を振って、
「いえっ、そんなことないですよ。ただ……ほら、僕はまだ未熟だから、ちょっと不安な気持ちもなきにしもあらずということで」
《な~に言ってるの、そんなの当たり前でしょ。誰だって最初は初心者。もちろん才能の差はあるけど、誰でもどんな分野でも、始めてすぐ達人ってわけにはいかないわよ。たとえそれが、》
びしっ、とクリスは指さされた、ように感じた。
《かの英雄の転生、すなわち生まれ変わりである、アナタであっても。出自に甘えちゃダメよ。日々これ精進、修行あるのみ》
「はいっ!」
《よろしい。アナタは何も迷わず、ワタシの言う通りにしてればいいの。いよいよ目的地も近いんだから、頑張ってね》
「あ、そうだ。その目的地についていろいろ調べたんですけど、もう多くの冒険者たちが探索し尽くしたそうですよ。今行っても何も残ってないとか」
《大丈夫。ワタシが閉じ込められてる隠し部屋があるのよ。アナタが現地まで来てくれれば、ワタシが内側から何とかするから。心配しないで、あなたはまっすぐ最深部まで来てちょうだい。わかった?》
「はいっ」
《ワタシ、アナタが来てくれるのを、待ってるからね……………………》
目が覚めた。硬いマットの感触が背中にあり、薄汚れた天井が視界を占めている。
貧しい冒険者たち御用達の、安い宿の二階にある、狭い一室。ベッドの上でむくりと上体を起こしたクリスは、頭を振って意識を覚醒させた。
またあの夢だ。十日ほど前、野宿をした時に《お~い! お~……あ、聞こえた? 聞こえたのね? 良かったぁ、やっと届いた!》と夢の中で呼ばれて以来、何度も見ている。毎回ちゃんと、話題が前回の続きになっているし、クリスの旅の進行に合わせて行き先を指示してくれたりもしている。少なくとも、ただの夢でないことは確実だ。
あの光の塊が言うには、クリスはかつて魔王を倒した伝説の英雄、ジークロットが転生した者、生まれ変わりなのだそうだ。そして、《ワタシ》のところに行けば、ジークロットが行使していた力を授かることができるというのである。
しかし、世の中には本気冗談入り乱れて、そういうことを主張している人なんて山ほどいる。今、クリスがこの夢の話を誰かにしたところで、本気にされることは絶対にないだろう。
そもそもクリス自身が、ただの夢ではないと思いつつも、あの光の塊の言葉を信じきってはいない。本当だったら光栄の極地だが、光の塊さんが人違いでもしているんじゃないだろうか、という気持ちはある。
とはいえ、元々どちらでもいいのだ。どうせ当てのない旅であり、だが最終目標はずっと定めていたのだから。「僕が魔王の遺品を破壊して、世界を救う」と。
もちろんこれも、誰かに話したところで、ムチャな夢だと笑い飛ばされるだけだろう。それでも、クリス自身は本気の本気だ。
光の塊が言っていた場所まで、この街からなら丸一日もかからない。今朝一番で出発すれば、今日中には着ける。着けば、何かあるだろう。たとえ英雄の生まれ変わり云々が間違いだったとしても、きっと何かが。
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※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい
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