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第二章 ロリな魔王女様、奮闘す

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「イドオオオオォォ!」
 サイコロ巨人の顔面の、正面にある一の目から、黒い光線が発射された。これまで放っていた赤い光線、メイド服化ビームとは明らかに異なるものだ。
 それをシルファーマは軽くかわした。が、地面に命中した光線は激しい爆発を起こし、その爆風を受けたシルファーマの体が、大きく吹き飛ばされる。
 とはいえ爆炎を受けたというわけではない。またシルファーマ自身、吹き飛ばされる寸前に爆風を予見し、自分でも跳躍したので、衝撃は最小限に抑えることができた。爆風の上に乗って、高く高く大きく大きく宙を舞い、シルファーマはカッコよく着地する。
「ふうっ。今のが命中してたら、少~し痛かったかも。でも今の、何? 魔力は確かに感じたけど、魔術とは違う、何か妙な感じがする。というかそもそも、こいつは一体何なの?」
 今更ながら、サイコロ巨人そのものについて、シルファーマは首を傾げた。が、
「ま、どうでもいいわ!」
 戦って武名を上げられればそれでいいシルファーマは、深く考えることを放棄した。
 続けて黒い光線を撃とうとしたサイコロ巨人の、そのメイド服のどてっ腹へと、
「そぉりゃああぁぁっ!」
 まるでバネ仕掛けのオモチャのように跳ねて突っ込み、人知を超えた威力の頭突きを叩き込んだ。サイコロ巨人は苦悶のうめき声を上げ、仰向けになって倒れる。
 二度目のダウンだ。巨体とパワーとスピードで、冒険者たちを相手に大暴れしたサイコロ巨人も、流石にダメージが積もってきたらしい。すぐには起き上がれない様子である。
「よ~し、とどめ!」
 シルファーマが、右拳を高々と掲げた。そこに、黒い光が灯る。火炎や吹雪、あるいは飛行や開錠などといった「術」に変換されていない、純粋な魔力、魔の力そのものの光だ。
 本来、純粋な魔力は、地上人の目にはそう簡単には見えないものである。修行を積んだ魔術師が、先の台所でのシルファーマ同様、いわゆる「気配」のように感じ取るのが精いっぱいだ。だがそんな魔力でも、とてつもなく強大なものを、小さく凝縮させて密度を高めることで、魔術の心得が全くない者の目にも、はっきりと見えるようになる。
 今、シルファーマの拳を包んでいる黒い光がそれだ。その魔力の強さ、密度の高さは、並の地上人が触れれば焼けるどころか、肉体が分解消滅しかねないレベルである。火炎の術で燃やさずとも、吹雪の術で凍らせずとも、常人には耐えきれない単純な力、それゆえ対抗属性で防いだりできない力、ズバリ魔の力、これぞ魔力だ。
 なお、ここでいう「常人」とは、魔界「人」も含んでいる。地上人よりも強い魔力耐性をもつ魔界人であっても、この黒い光をぶつければ、かなりのダメージになるだろう。そんな魔力を、シルファーマの脚力による踏み込み、腕力による突き出し、全身のパワーによる捻じりを結集させた、無双のパンチ力に乗せて、叩き込めばどうなるか。この、謎のバケモノであるサイコロ巨人が、どんな出自だろうと関係ない。ぶっ壊せるだろう。
「ひっさああぁぁつ! 突進粉砕・ぶっ壊しパーーーーンチ!」
 魔力の光に包まれた拳を振り被って、シルファーマが、自身の咆哮を実行しにかかる。
 まだ起き上がりきっていないサイコロ巨人に向かって突進、そして粉砕……
「待てっっ!」
 突然、シルファーマの進路にソモロンが割り込んできた。両手を突き出して、シルファーマを押し止めようとする。
 んなこと言われても、興奮して全力疾走していたシルファーマは、急には止まれない。だがその拳が当たれば、どれほど手加減していても、ソモロンは間違いなく即死だ。
「ちょ、ちょっと、うわっ!」
 シルファーマは自分の足を止めようとする、拳を止めようとする、だが止まらない。
「んぎぎぎぎっ!」
 とっとっとっとっ、と転びそうになりながら動きを固め、ぎゃりぎゃりと砂煙を上げて、シルファーマは自身を急制御する。危うく、ソモロンにパンチが当たりそうになったので、拳を広げて指を振って、慌てて魔力の光を散らした。
 が、やはり無理があった。完全には止まりきれず、体の勢いは止まらず、シルファーマの上半身は慣性の法則に従って前方に突き出され、そこにソモロンがいた。
 こんなどたばたアクシデントでも、ぶつかる時に互いの唇が触れでもしたらドラマチックなのだが、そうはならなかった。シルファーマはつんのめって前傾していたので、顔ではなく唇ではなく、頭が額が、ソモロンの鼻面に叩き込まれた。思いっきりの助走つき頭突きである。
 どがぐしゃっ! といい音がして、それはそれとして、
「っと、と!」
 頭突きによって勢いが吸収され、シルファーマはようやく静止した。
 頭突きによって勢いよく顔面に一発食らって、ソモロンは鼻血を吹きながら倒れる。
 間髪入れず、ソモロンの襟首を掴んで引っ張り上げ、シルファーマは怒鳴りつけた。
「くぅおらああああぁぁっ! ど・う・い・う・つ・も・り・よ! わたしの、華麗なる必殺技お披露目を妨害するとは! 事と次第によっちゃあ、その首ねじ切るわよっっ!」
 引っ張り上げられ怒鳴られ揺さぶられているソモロンは、手の甲で鼻血を拭いながら答えた。
「さ、さっき思い出したんだけど、この巨人はサイコロイドだよ。間違いない。人間の人格構造の深層領域を、魔力ごと深くえぐり取って、それを動力とする古代の兵器」
「人格こう……何よそれ?」
 難しい言葉を並べられても、シルファーマには理解できない。
「詳しくは、帰ってから説明する。要するにあいつは今、自分の体内に、シャレオさんの精神を閉じ込めてるんだ。シャレオさんの精神を核としてあいつは構成され、シャレオさんの精神を動力源としてあいつは動いている」
「えっ?」
 低い唸り声と、地面を掻く音が聞こえた。ソモロンを挟んだ向こう側で、サイコロ巨人改めサイコロイドが、ゆっくりと立ち上がりつつある。
 シルファーマは思った。サイコロイドとやらがどこから来たのか、誰が差し向けたものなのかはさておき。シャレオの精神が核だ動力源だと言われると、この珍妙な外観も、メイド服化ビームも、納得できる。すっきりした。
 だがソモロンの話は、まだ終わっていない。
「どうも覚えのある魔力波形を感じるなと思って、読み取ってみて判ったんだ。で、あいつを単純にぶっ壊してしまったら、その中に閉じ込められているシャレオさんの精神も、一緒に壊れる。確実に。だから、殴って壊したりしちゃダメだ。壊さずに何とかしてくれ」
「っ? 何とか、って」
「高位の僧侶だったら、捕らわれてる精神を解放することができるかもしれない。けど、」
 ぐるりと辺りを見渡せば、サイコロイドに叩きのめされた冒険者たちが累々と転がっている。叩きのめされていない人たちは、敵わぬとみて既に逃げ去っている。
「今、そんな人はここにいない。そしていくら天才とはいえ、魔術師の僕には精神の解放なんて無理。何とかしてくれ」
「と、他力本願する時ぐらい、天才アピールを控えなさいよ少しはっ!」
 シルファーマは、ソモロンを突き放して、サイコロイドに対峙した。
 サイコロイドは、もう立ち上がっている。
「よーするに! 冒険者たちにもあんたにも、何もできない大ピンチだけど、高貴なる魔王女シルファーマ様ならきっと何とかしてくれる! と、そう思ってるわけねあんたは!」
「その通り! 何しろこの僕が秘術を駆使して、苦労して契約した魔王女様なんだから!」
 ソモロンの、偉そうな声がよく響く。
「何か、手柄横取りっぽい言い回しが気になるけど、まあいいわ! わたしの強さと有能さを見せるのにはいい機会だからね! あんたのご期待に、応えてやるわよっ!」
 シルファーマは左足を前に出し、左肘を突き出し、左拳は胸元に構えて、両の拳を打ち合わせた。その構えのまま、腰を低く落として、
「魔力! ふんぬううううぅぅっ!」
 全身の魔力を、強く大きく高めた。今度は拳ではなくシルファーマの全身が、黒い光に包まれる。それは、明らかに火ではないが、しかし炎のように揺らめいて、熱でも風でもない何かで、見る者を強く押しのける力を感じさせる。
 サイコロイドも例外ではないらしく、その顔面には一の目しかないので表情こそ判らないものの、シルファーマの真正面にいながら、シルファーマに襲い掛かれずにいる。
 そんなサイコロイドに、シルファーマはニヤリと笑みを見せる。
「いくわよぉ~。魔王女シルファーマ様の、高貴なる魔の拳! はああぁぁっ!」
 シルファーマの全身を包んでいた魔力の光が、両腕に流れ、両拳に集中して、そして右拳だけに圧縮された。高密度の魔力という点では、先程の魔力パンチと同じだが、あれよりも更に多くの、そして緻密に精密に微妙に絶妙に操作された魔力の流れを、ソモロンは感じ取った。
 だから、心配になった。
「だ、大丈夫なのか、それ?」
 シルファーマは、ふん! と鼻を鳴らして答える。
「魔界で、野良犬相手には成功したわ! この世に未練を残して死んだ、スズメの霊に呪縛されてたのを、見事に祓って解放した! 心配いらない!」
「それ、かなり、心配!」
 とソモロンは叫んでいるが、今度はシルファーマを止めはしない。ソモロンも解っているのだろうし、シルファーマにも解っている。今は、シルファーマがやるしかないのだ。
 精神が本体から切り離されて、こんなヘンなモノに捕らわれている、なんて状態が長く続けば、どんな悪影響が出てくるか判らない。解放できても、シャレオの精神が元通りにならないかもしれないのだ。頼りになる僧侶の到着なんか、悠長に待ってはいられない。
「たああああぁぁっ!」
 シルファーマは、胸の前で右拳と合わせていた左拳を、左肘は畳んだまま、止め金を外したように鋭く後ろへ回した。左腕も左肩も後方へ回転させ、そうして生まれた遠心力に任せて上半身を旋回させて右拳を突き出し、跳び、打つ!
「呪縛解放・ぶちまけパーーーーーーーーンチ!」
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