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第二章 ロリな魔王女様、奮闘す

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  汗だくのシャレオが入ってきた。その入ってきたドアの向こう、店の前にはステージ衣装を山と積み上げた荷車が見える。あの荷車を引いて全力疾走してきたらしい。そりゃあ汗もかこう、息も切れよう。
「え、シャレオさん? えと、あの」
 シルファーマはちょっとびっくりしたが、とりあえずシャレオが元気なのを見て安心した。が、さっきサイコロイドを倒したのは謎のスーパーヒロインであり、シルファーマではない。シルファーマは、サイコロイドの事件について何も知らないという設定だ。
 なのでここで、「無事で良かった」的なことを言ってはいけない。シルファーマはそう判断して、適切な対応を心がけ、実行に移した。
「こほん。その、どうかしたの? そんなに慌てて。何かあったの?」
「な、何かあったも、何も、」
 ぜ~は~ぜ~は~……呼吸を整えてから、シャレオはシルファーマに詰め寄った。
「さっきワタシを助けてくれた、アレ。アレは何なの? アレ、シルファーマちゃんよね?」
 ずずい、とシルファーマに顔を寄せてシャレオが言う。
 シルファーマは驚いて、
「え? ここに戻るのは、確かに誰にも見られなかったはずよ? なんで知って……」
「やっぱり! そうなのね!」
「うっ。いや、その、」
 自爆に気づいて、シルファーマが後ずさる。
「ああ、そうか」
 ぽん、とソモロンが手を打った。
「もしかしたら、とは思ってたんだけど。サイコロイドに捕らわれてる時のシャレオさんの精神は、眠ってたわけじゃないんだ。だからサイコロイドが戦ってた間中、シャレオさん自身は、身動きはできなくても外の景色が見えていたと」
「見えていた……の?」
「ええ。ぼんやりと、途切れ途切れではあるけどね」
 シャレオは頷き、ソモロンの説明が続く。
「そしてシャレオさんは、君が最初に着てた服をしっかり見てる。あんなの、どこにも売ってない。デザインはまだしも、ほら、生地の素材がアレだから。絶対に、そこいらでは入手不可能なものだ。そのことに、服のプロであるシャレオさんが気づかないはずがない」
「もちろん。あの時はソモロンから、シルファーマちゃんのことを詮索しないでって言われたから、質問は控えたけどね」
「そして、髪の長さや体格がどんなに変わってもやっぱり顔には面影が残る。以上のことからシャレオさんの中では、あのスーパーヒロインはシルファーマちゃんと同一人物に違いない、という結論に至ったわけだ」
 またシャレオが頷く。
 一連の話を聞いて、シルファーマはソモロンにジト目を向けた。
「つまり、あんたが考えた【謎のスーパーヒロイン計画】は、あっけなく砕け散ったわけ?」
 が、ソモロンは動じない。
「ふふん。身内に何人か正体を知っている人がいて、戦い以外の、日常生活の中での相談に乗ってもらったりする、なんてのは王道だよ。というわけで、シャレオさん。この際だから話してしまおう。シルファーマは、前にも言った通り高貴な血筋でね」
「やっぱり、お姫様なの?」
「いや。王家ではない、けど王家に次ぐ高貴な生まれだよ。シルファーマは、こことは異なる世界、その名も【マジカルワールド】から来た魔女っ子戦士なんだ」
 一瞬、沈黙が流れた。そして。
「ま、魔女っ子戦士? シルファーマちゃんが?」
「うん。マジカルワールドの存在は、高位の魔術師の間では知られてるよ」
「ちょっと?!」
 シャレオは興奮して、ソモロンは落ち着いて、シルファーマは混乱して、いる。
 あっ、という間もなく目を潤ませたシャレオは、力強くシルファーマの手を握って、
「解ったわ! もう絶対に、余計な詮索はしない! マジカルワールドからやってきた魔女っ子戦士……ああ、なんて素敵なのっっ♡ シルファーマちゃん! わたし、応援してるからね! それじゃっ!」
 シャレオは元気よく荷車を引いて、どたばたガラゴロ去って行く。
 だんだん小さくなっていくその音を聞きながら、シルファーマは頭を抱えた。
「な、何で? どうしてこんなムチャクチャな話を簡単に信じるの、あの人は?」
「基本的に乙女ちっくな人で、その好みに合う話だからだね。それについさっき、シャレオさんは自身の人生経験での常識が当てはまらない、異常な体験をしただろ。むしろ、常識外の話でないと、自分で自分に説明がつかないところだった。だから受け入れたんだよ」
 そうかもしれない。サイコロイドとかいうバケモノに精神を取り込まれて、核にされて、街で大暴れさせられて、謎の美少女と戦って倒されて、その一部始終を自分でしっかり見ていた、というのは非常識すぎる体験だ。その衝撃というか、一種の混乱から回復するために、一応は筋の通った仮説があったから迷わず縋りついた、と。解らなくもない。
「にしても。あんたがムダにややこしくて理屈っぽいのは知ってるけど、よくもまぁあんな作り話を、即興で語れたもんね」
「即興ではないよ。日頃からの妄想のひとつさ。ほら、ハーレム計画。ビキニ女戦士や清楚お姫様と並んで、異世界から来た魔女っ子という、ちょっと捻った設定の子も入ってるんだ。で、いい機会だからそれを他人に聞かせて、反応を見るのも面白そう、と思って」
 シルファーマの、無言の冷たい冷たい視線が、ソモロンにザクザク突き刺さる。
 だがそんなもの、ソモロンには通用しない。
「ってのは冗談で。いや、それも動機の一つではあるけど」
 痛くも痒くもなさそうなソモロンは、汗の一滴も浮かべずに平然と話す。
「今後、例えば制限解除を目撃されたりする恐れはある。だからダミー設定を作って、備えておいた方がいいと思ってね。そうすれば何かあっても、後々のドラマチックな正体明かしはできるだろ。実はマジカルワールドの戦士ではなく、魔界の王女様でした~! と」
 その、正体明かしのシーンを、シルファーマは思い浮かべてみた。
「……ねえ。魔界とマジカルワールドって、地上人にしてみれば同じようなものでは?」
「とんでもない。例えば、【ただのリンゴ】には何のインパクトもない。馴染み深いからね。けど【正体不明で全く新しい味の果物・バンベーロの正体が、実は馴染み深いリンゴだった】なら、充分にインパクトがある」
「へ、変な例えね」
「でも適切な例えだよ。魔界なら、魔術の心得ゼロの一般人でも名前ぐらいは知ってる。つまり馴染んでる。でも、魔女っ子戦士のマジカルワールドなんて誰も知らない。バンベーロと同様にね。シャレオさんの言った通り、常識外れのぶっ飛んだ存在だ。なにしろ僕の、ハーレム妄想の産物なんだから」
 と断言するソモロンに、シルファーマは、改めて呆れた。
「つくづく……そんなもんを、よくシャレオさんは簡単に信じたわね。いくらサイコロイドのことがあったにしても。高位の魔術師の間では知られてる、だなんて」
「前にも言ったけど、じーちゃんは冒険者として優秀な魔術師として、結構有名なんだ。その教えを受けた、いわば弟子であり且つ孫である僕が、少々突飛なことを言っても大体信じてもらえるよ。じーちゃん以上の魔術師は、この街は無論、もっとずっと都会にだってそうそういないからね。で、」
 ソモロンは、シルファーマを手招きしながら、店の奥に入っていく。
「そんなじーちゃんが残した資料に、あのサイコロイドのことが書かれてたんだ」
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