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第三章 素直な幼馴染は、Sなお姉ちゃん

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「解った。Sについては勘違いだったわ、ごめんなさい、として。それはともかく、ソモロンへの感情についてはどうなの」
「どうって?」
「いくらソモロンの両親に頼まれたからって、幼なじみにしては世話(?)を焼き過ぎてると思うんだけど。もしかして、ソモロンのこと好きなんじゃあ?」
 うりうり、とシルファーマは軽く追及してみた。するとミミナは、
「好きよ」
 あっさり肯定した。
「魔術の勉強には真剣だし、お店の仕事だって怠けることなく、真面目に取り組んでるし」
「それは、まあ」
「何かにつけ、ごちゃごちゃとややこしい理屈こねるとこは、ちょっと疲れるけど。ああ見えて、なかなか優しかったり律義だったり、いいとこあるのよ」 
「う、う~ん。そういう面が全く見えないわけではないけど……そんなんで、好きなの?」
「ええ」
 ミミナがにっこり笑うと、その脇の下あたりにひょっこりと、ソモロンが顔を出した。
「ねーちゃんは、ぜぇぜぇ、素直だから、はぁはぁ、隠さないんだ、ひぃひぃ」
 息を切らせて、腰を曲げて、苦しそうに言うソモロンの頭にミミナの肘が落ちる。
 ソモロンは顎から地面に激突した。
「あごっ!」
「余計なことは言わなくてよろしい。そんな余力があるなら、もっと真剣に走りなさい」
 相変わらず動じず、顔色も変えないミミナ。そういえばソモロンを追い立てて、鞭を振り大声で叫びながら一緒に走っていたはずなのに、息も乱さず汗もかいていない。
 と思って見ていると、ミミナはまた鞭を振るってソモロンをびしばし打ち、走らせた。二人の声が再度遠ざかって行く。
「……やっぱり。あのミミナって子……」
 ミミナのソモロンへの感情については、本人が認めたのでもう疑問はない。
 だが、それとは全く別のことで。今はどたばたして言い出す機会がなかったが、シルファーマにはひとつ、気になることがあった。
 後でソモロンに聞くことにする。

 夕日が街を紅く染める頃、へろんへろんのソモロンが帰ってきた。
 ドアを開けたと思ったら、言葉もなくドバタン! と床に倒れ伏す。かなり激しく顔面を打ちつけたっぽいのだが、ソモロンに痛がる様子はない。ただ、欲も得もなくぜ~は~ぜ~は~してるのみ。なかなか死にそうな姿である。
「あ、お帰り。お疲れさま」
「はい、ただいま」
 すぐ後からミミナも入ってきた。流石に汗をかき、少しふぅはぁしている。
 ちょうど客は途絶えていたので、シルファーマは奥の台所に行ってコップを二つ持ち、水がめから水を汲んで二人に渡した。
「ありがと、シルファーマちゃん」
 ミミナは受け取って、美味しそうにくいっと飲みほした。
 ソモロンはうつ伏せに倒れたままで、呼吸の苦しさのせいか何度かに分けて飲んだ。それでもまだ、立ち上がるどころか発声すら無理な様子である。ぜ~は~ぜ~は~。
「じゃあソモロン。私、今日はこれで帰るけど、日々の鍛錬を怠らないように。シルファーマちゃん、またね」
 ミミナは軽い足取りで帰っていった。日々の鍛錬を怠っていないからだろう。
「地上人にも、なかなかの者がいるってことね」
 うむうむ、とシルファーマは感心した。
 もしかしたらサイコロイドにボコボコやられていたそこいらの冒険者より、ミミナの方が強いのかも。ソモロンが前に主張していた通り、無暗に実戦を追い求めるよりも日々きっちり修行している方が強くなる、というのは道理だ。祖母とやらが武術の師匠をきちんと務めているとしたら、技の欠点なども常時細かく指摘してもらえるであろうし。更に魔術師だの盗賊だの悪霊だのを相手にしているなら、実戦経験もちゃんとあるわけで。
「わたしの正体も知られてるんだし、いつか手合わせをお願いしてもいいかもね。……で、」
 どうにかこうにか、ソモロンは起き上がった。まだ床の上に座り込んでいるが。
「納得したわ。あんたの打たれ強さの理由」
「ご理解頂けて幸いだよ」
 ようやく呼吸を整えたソモロンが、しかしまだ疲労感たっぷりの顔で答えた。
「でもドM、じゃなくてMなあんたにとっては、嬉しいことなんでしょ? あんな綺麗なお姉さんに打たれるのは。あ、鞭は許容範囲外でダメなんだっけ?」
「うん。鞭はダメだね鞭は。でも、足蹴りやビンタだったとしてもなあ。打たれるのはいいけど、こうも走らされるのはヤだ。打つだけにしてほしい」
「めんどくさいMね」
「Mとしては普通だぞ。そう、僕はごく普通のMなんだ。ドMではなく」
 やっぱり、SとMとで綺麗に需要と供給が成り立ってるんじゃないかなあとシルファーマは思う。ミミナはソモロンのMとは違い、自分がSであることを認めようとはしないが。それが照れ隠し(?)なのか、本気でSではないと思い込んでいるのかは不明である。
 あとまあ一応、本物の親心というか、ソモロンの為を思って鍛えている、というのも考えられる。幼なじみ関係から男女関係への移り変わりを意識して~などということもなく、本当に真剣にソモロンの為に。本人がかなり鍛えてる武術家っぽいから、単純に熱血な思考でそうなるのは自然だ。あり得る。
 だが、だとしても、やはり指導方針にS趣味が入っているとは思う。ソモロンとは類友というやつだろうか。変態同士で引き合って。
「ねーちゃんはSで、僕はM。変態同士で仲のよろしいこと。ああ、まともなのはわたし一人だけね。とか考えてるだろ」
「当然考えてるわよ。でも、ミミナの方はあっさり認めてたけど、あんただってミミナのこと好きでしょ? 鞭で打たれて走らされること、本気で嫌がって抵抗してるようには見えないわよ」
「ああ。僕もねーちゃんのことは好きだよ」
 ミミナに負けじと(?)、ソモロンも認めた。
「おめでと、ばっちり相思相愛ね。でもあんたのことだから、好きって言ってもどーせ例のハーレム妄想に入れてるんでしょ」
「もちろん。というか、どーせも何も嫌いだったらハーレムに入れたがるわけがないだろ。好きだから、そういう妄想するんだよ。何を当たり前のこと言ってんだ」
「ハーレム妄想自体、当たり前じゃないっての。偉そうに言うんじゃないわよこのゲス。ただのMでは済まないゲスMめ」
「ふむ。ゲスMってのは語呂がいいな」
 ゲスもMもソモロン自身が認めているので、今更ダメージにはならない。
「とにかく。あの通り、ねーちゃんは美人だからね。ハーレム妄想に入れない理由なんてない。でもねーちゃんとは、依頼を受けて一緒に戦う、なんてことはないからな。だから僕の、かっこいい姿を見せる機会がないのが辛い」
「鞭で打たれて悲鳴上げてひぃこら言ってる姿ばかりじゃ、かっこいいもクソもないわね」
「そういうこと。困ったもんだよ全く」
 ソモロンは深々と考え込む。
「墓守の仕事は、ばーちゃんと二人で充分だから、それ関係で助ける機会もないしなあ。君と違って、ほらほらどーする? と迫れるような取引材料もない」
「脅迫材料と言ってもらいたいわね。そうやってまともに口説こうとせず策略を巡らそうとするのが、あんたのゲスたる所以……あ! もしかしてあんた、」
 シルファーマは、びしっ! とソモロンを指さした。
「いつかどこかで惚れ薬とか見つけて、あるいは自分で作って、それをミミナに飲ませてメロメロにしてやる~とか企んでるんでしょ! あんたみたいなゲスならやりかねない!」
「僕が? ねーちゃんに? 惚れ薬? まさか。そんな、気持ちよくないことはしないよ」
 え、とシルファーマはちょっと驚く。
「企んでないの? その、気持ちよくない、って何?」
「薬に頼って、薬の力でねーちゃんの人格を捻じ曲げて、「ソモロン、私を好きにして~」とか言われても、ちっとも嬉しくないよ」
「……意外。随分まともなことを言うわね。あんたにしては」
 ほんのちょっぴり、シルファーマはソモロンを見直す。
 見直されたソモロンは、コブシを固く握って力説した。
「やはり今のあの、鞭でビシバシなねーちゃんが、ねーちゃんのままで、真面目さも恥じらいも躊躇いもしっかりと残したまま、折れて、落ちて、堕ちて、アレが、アレで。ナニが、ナニに。その結果として「好きにして~」となる。それでこそ価値があるというもの。だろ?」
 ソモロンがどういうことを考えているのかは、その目の色から大方見当がつくので。
 シルファーマは、こいつを見直した自分がバカだった、と溜息をついた。
「だろ? とか同意を求められても。どーしろってのよ。わたしはゲスでもMでもないんだから、あんたの思考も嗜好も知らない、知ったこっちゃない、理解したくもないっての」
「男と女、永遠に解り合えない部分はあるものさ」
「違う、絶対そういうものとは違う、あんたの場合は」
 見直そうがどうしようが、結局最後には呆れさせられるシルファーマなのであった。
「……っと、話が終わってしまうところだったわ。ソモロン、あのミミナって子について聞きたいことがあるんだけど」
 ぴ、とソモロンは広げた右手を突き出して、シルファーマを制した。
「みなまで言うな、当てて進ぜよう。ねーちゃんの、身体的特徴のことだろ」
 シルファーマは頷く。
「そうよ。ねえ、あの子って人間なの?」
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