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第三章 素直な幼馴染は、Sなお姉ちゃん

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 意識はある。だがぼんやりしていて、上下感覚もなく、思考が定まらない。
 体はある、はず。だが自分で自分の手足が見えず、触覚もなく、指一本動かせない。
 ミミナは、薄い意識の中で、ソモロンの姿を見、声を聞いていた。何やら敵……まさか自分? と戦って、苦戦しているようだ。
 ソモロンのそばに、魔王女として変身したらしいシルファーマもいる。ソモロンと共に、自分? の攻撃で痛めつけられているようだ。
 二人を、自分が痛めつけている? しかも視界の高さからして、自分は今、巨人になっている? 何がどうなっているのか、全く解らない。こういう状態、こういう事件、こういうケースの話を、少し前にソモロンから聞いたような気もするが、思い出せない。
 とにかく、何とかしないと。ソモロンとシルファーマの、苦しそうな声が聞こえる。二人とは別の、何やら自分を呼ぶ声も聞こえるような。

「ミミナちゃん! ミミナちゃん、しっかりして!」
「……う……」
 ミミナが重い瞼をこじ開けた時、目の前にはドレス姿の青年がいた。いつも穏やかな笑顔を浮かべているのに、今は必死の形相……確か、服屋のシャレオだ。
 シャレオが、石畳の街路に倒れていたミミナを抱き起している。
「気分は? どこか痛い? ワタシのこと、わかる?」
 シャレオに揺さぶられながら、ミミナは自力で立ち上がろうと試みる。が、体に力が入らない。のみならず、意識全体にも霞がかかっているような、いや、霞なんてあやふやなものではなく、色濃い闇が居座っているような。心も体も、思うようにならない。
「シャレオさん……? えと、痛いとかは特に……でも、記憶が……私、どうしたんだっけ……確か、変なサイコロが頭の上に……」
「! それ、サイコロイドの素よ! ってことは、ミミナちゃんだったのね!」
「えっ……」
 シャレオはソモロンとシルファーマの現状、そして前回自分が体験したことも説明した。
 それでミミナも理解した。今、自分の意識がいくらか切り取られて、謎の敵に利用されていること。それをソモロンとシルファーマは知っており、苦戦していること。
 こうしてはいられない。一刻も早く、二人を助けなくては。
「……神様……」
 ミミナは、シャレオに抱き支えられた姿勢のまま、街路の石畳に手をついて祈り始めた。
「……地面の神様、石の神様……自然ならざる邪悪な存在を止める為、御力を……」
 ミミナの祈りが大地に染み込み、輝きの塊となって土中を走った。ミミナの祈り、つまりミミナの心から生まれたその光は、「もう一か所のミミナの心」へと向かっていく。

「フシダ……ラっ?」
 ウェディング巨人が、突然動きを止めた。トラばさみにでもかかったかのように。
 と思ったら、足の裏を起点としてそこから全身へと、一気に細かいヒビが入った。そのヒビから、淡い光が漏れ出している。その光は、内に秘められた精神の光。つまり、
「! ねーちゃんだ! ねーちゃんが術で抵抗してる!」
「えっ?」
「早く! 今の内に、呪縛解放を!」
 ソモロンはシルファーマから離れていきながら、ウェディング巨人に火の玉を撃った。
 ウェディング巨人はソモロンの攻撃を腕で弾き、反撃しようとする。が、まるで手足に重い枷をつけられているか、あるいは激しい全身筋肉痛にでもなっているか、のように動きが鈍い。
 ならば、とウェディング巨人はまた爆裂ブーケを吐こうとする。が、出てこない。これもまた、まるで内側から縛られているかのように。
 そうこうしている内に、ソモロンは挑発するように撃ってくる。それへの反撃ができない。何とかして追いかけよう、攻撃しよう、としているようだが、思うように動けない。
 シルファーマが叫んだ。
「魔力!」
 ウェディング巨人が振り向いた時、そこには両拳を合わせて大地に踏ん張って魔力を高め、練り上げているシルファーマがいた。そして、
「呪縛解放・ぶちまけパーーーーーーーーンチ!」
 拳を突き出しながら突進してくるその一撃を、動きを縛られブーケを封じられたウェディング巨人には、防ぐことも回避することもできなかった。シルファーマの拳からウェディング巨人の体へと叩き込まれた強烈な魔力は、ウェディング巨人の中、奥深くにある精神の牢獄を、コナゴナに打ち砕く。
 ウェディング巨人の全身に散っていた光のヒビの全てが、細かく枝分かれし、長く伸び、その全てが繋がり、そこから漏れていた光もみるみる強まり、内部から膨らみ、爆発!
「フウウゥゥ~シィィ~ダァ~ラァァ~~~~!」
 一筋の光が、爆炎と爆煙の中から飛び出し、空の彼方へと去って行く。
「やった……ねーちゃんの精神だ……ありがとう、シルファーマ!」
 不意打ちでソモロンの笑顔を向けられて、シルファーマは対応に困り、目を逸らした。
「な、何だか気持ち悪いわね。あんたからそう、素直にお礼なんか言われると」
「はは。ゲスにとっては誉め言葉、とは言わないよ。感謝してるのはホントだし」
「っ、とにかく」
 シルファーマは、クルリと背を向けた。
「また、例の去り方をして帰るわ。今日はもう疲れたから、さっさと寝る。明日の朝にでも、さっきのことについて詳しく説明してちょうだい」
 じゃっ、と軽く手を振り、シルファーマは夜空へと駆け上がって行った。
 ソモロンは、大きく手を振ってシルファーマを見送る。
「ありがとう、魔女っ子戦士!」
 野次馬たちの歓声が響き渡る中、シャレオに支えられたミミナが歩いてきた。
「ソモロン……良かった、無事だったのね」
「ねーちゃん! と、シャレオさん!」
「ふふ、めでたしめでたしね。じゃあソモロン、あとよろしく」
「うん。ありがとう」
 気を利かせたシャレオから託されて、ソモロンはミミナを寺院まで送っていった。

「ふん、なるほど」
 分厚い古い本を丹念に読み込みながら、男は確信した。
「サイコロイドの精神支配から逃れ、逆に縛ってしまうなどと、何事かと思ったが。こんな田舎街にエルフがいるというだけでも珍しいのに……ん? 待てよ、そうだ田舎だ。普通、この辺りにエルフなどいない。訪れることもない」
 ふと、男は思いついた。
「今まで一度も、エルフがあそこに足を踏み入れていないのかもしれない。つまり、踏み入れることが鍵になるかもしれん。奇しくも魔王女や、その契約者などもいることだし、それらも使って何とか……契約者の名は確か、ソ……ソモロンとか聞こえていたな……あっ!」
 ばん、と勢いよく本を閉じて、男は叫んだ。
「ソモロン! どこかで聞いた名だと思ったら! 確かあいつが、やたら自慢する孫がそんな名前だった! なるほど、あいつの孫なら、魔王女との契約を成し遂げても不思議ではない!」
 ざわざわと、男の顔に喜色が浮かぶ。
「こ、これは、運命か? 行動を起こした俺の前に、こうも巨大なパーツが、次々と集結してくるとは。よし、ならばそれらのパーツを組み上げ、一気に完成させてくれよう! 我が野望の成就へと繋がる、最後の扉の鍵をな!」
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