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第五章 決戦! ヘビーな兵器じゃ~!

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 さあ死ね、とばかりにオロチが大きく息を吸い込み、炎を吐き出した。八筋の高熱高圧の炎がシルファーマに襲い掛かる。
 ここまでの戦い(といってもオロチが今の姿になった後は、シルファーマは逃げ回っていただけだが)によるオロチの攻撃で、周囲の地面はもう穴だらけだ。まともに走ることは物理的に不可能であり、どうしたってピョンピョン跳ね回るしかない。無論それでは、走るのに比べて大幅にスピードは落ちる。回避能力が低下する。シルファーマの体力の消耗も増す。
 だからもう、かわしきれるはずはない。この、最初の八発を何とか回避できても、その後の第二波第三波で命中するだろう。一発でも当たって動きが止まれば、そこに八連発が叩き込まれて終わりだ。シルファーマは焼き尽くされることになる。
 と、オロチも、シルファーマ本人も思った。のだが、
「っ?!」
 オロチも、シルファーマも、驚いた。
 穴だらけの地面の、穴のない部分を選んで選んでピョンピョン跳ね回る、そんな動きでシルファーマは、回避できている。オロチの、八筋の炎の、第五波第六波まで。
 つい先ほどまでとは比較にならないほど、シルファーマの動きが良くなっている。まるで別人のような、というか人間離れした速さだ。
 もともとシルファーマは、魔界の王家の血筋故に、戦士として卓越した素質があった。更に英雄伝説に憧れて、何年も修行を積んだ。だからソモロンのような普通の地上人はもちろん、普通の魔界人から見ても、超人的と言える運動能力を誇っている。
 それが今、更に大幅にレベルアップしているのである。オロチの、兵器生物の十六の目をもってしても、追いきれないほどのスピードで、シルファーマは右に左にと地を駆け抜けている。いや、地面スレスレの宙を、滑るように跳ね回っている。
 そんなシルファーマの体を、淡い光が包み込んでいる。これは、先ほどミミナがシルファーマの火傷を癒した時のものと同質だ。この光が、シルファーマの体力を回復させながら、それに留まらず、運動能力まで上げているらしい。
 つまりこれは、
『あの混血の仕業か? さっき、魔術師と何かディスカッションをして……』
 オロチは見た。確かにミミナが、己が身に纏う光の粒子を紡いで操って、シルファーマに向けて放っている。その光は、ミミナが祈りを捧げて集めたもの。エルフであれば誰でも可能な精霊術、地や水などに宿る精霊の力を借りる術だ。
 だが、何か違う。何か……
「……っ? こ、こいつ!」
「隙ありいいいいぃぃっ!」
 オロチが気づきかけたところで、シルファーマの豪快なぶん回し蹴りが決まった。大きく構えた両腕を振り回し、そこから首、胴、腰、と全てを繋げて回して力を増幅、その全身回転に引っ張られる形で、末端たる脚が鞭のようにしなり、全身から結集された力による遠心力で数倍加させられた脚力の極力の蹴りが、オロチの横っ面に叩き込まれる。
 これは本来なら、DIE蛇だった時と同じように、蛇の体の柔軟性で吸収できる攻撃だ。が、今の一撃は違った。オロチの想像・想定をはるかに上回るパワーとスピードが乗った蹴りの威力は、オロチの首がグニャリと曲がるよりも、速く強く貫通した。「グニャリ」の動きを、蹴りで加えられたベクトルが追い越してしまったのである。
 つまり右顎を蹴られて、首が左方向へと曲がるより早く、破壊力が左顎を突き抜けたのだ。結果、オロチの顎の骨が、牙数本と一緒に砕けた。シルファーマの足が直接触れた部分は、黒鉄色の硬質な鱗が何枚も、まるで陶器のように割られている。
「!!!!!!!!」
 悲鳴が悲鳴にならず、オロチがのたうつ。残り七本の首に向かって、シルファーマが奔る。その後方で、ソモロンとミミナが歓声を上げている。特にミミナは、希望に燃える瞳でシルファーマに力を送っている。
 もう、オロチは確信していた。ミミナは今、自分と同じことをしている。範囲の拡大だ。世界中を相手に、精霊術をやっているのだ。
 兵器生物たるオロチの、鋭い聴力をもってすれば、ミミナがブツブツ言っている声を拾うことができる。
「世界中の、食器の神様……世界中の、お便所の神様……世界中の、靴下の神様……」
「ワット?!」
 ミミナは世界中の、全ての、ありとあらゆる物体の力を借りている! 当然、その数は人間よりも遥かに多い! そうして集めた膨大過ぎる力を、シルファーマに注いでいる! だったら、今のシルファーマが、とてつもなく強くて当然!
『NOOOO! こんな、こんなリトルガールが、そんなことを? チキュウ星人はもちろん、エルフ星人だって、そんなインクレティブルなこと、できないはず! できるとしたら、よほどスペシャルでグレートなエリートでもない限り……あ』
 そう。ミミナは、混血とはいえエルフ星王家の末裔だ。エルフ星人の間でさえ恐怖の対象だった、最強最狂戦士の血を引いている。さっき自分で確認したばかりではないか。
 あるいは、混血であるからこそ、何か突然変異でも起こしているのかもしれない。だから、こんな異常な術を使えるのかもしれない。
 だが。オロチは、そのエルフ星人が造った兵器なのである。「たった一人の人間」と、「人類の英知を結集した最強の兵器」と、どちらが強いか? 考えるまでもない話だ。
「……HA! OK! トリックさえバレれば! サービスタイムはここまで!」
 オロチは、まだ潰されていない七本の首をメチャクチャに振り回しつつ、今度は流れる炎ではなく細かく切り分けた、単発の火の玉を乱射した。破壊力は落ちるものの、その数は何倍にも増え、殆どシルファーマの眼前の空間を埋め尽くすほどになる。
 が、今のシルファーマはスビードだけでなく、身体能力全てが増大している。かわしきれないと見るや、落ち着いて地面に踏ん張って、
「四方八方・ザコ一掃ラアアッシュ! りゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃああぁぁっ!」
 拳の連打で、襲い来る火の玉を全て叩き潰した。魔力が込められて強化されたその拳には、一点の焦げ目もない。全くダメージになっていない。
 だが、オロチにはそれで良かった。数瞬、シルファーマの攻撃を阻めれば充分なのだ。
「いいヒントをくれたな、王家の混血よ! 有難く使わせてもらうぞ、そのアイデア!」
 オロチの咆哮が轟き、DIE蛇からオロチへと変化した時と同じように、また見えない何かが流れてきた。何かが、多方向からオロチの体に流れ込んでいる。集められている。
 しかし今度は、前とは違う。質と量があまりにも違う。例えるなら、前のがシュウシュウと音を立てて吹き出る水蒸気だとすると、今のは水飴レベルでドロリと濃密な油か、塗料のよう。そんなものが、宙を漂ってオロチに集まっていくのである。
「な、何、これ?」
 軽快に駆けていたシルファーマの足が、正面から突風を受けたように止まる。
「HA……HAAAAAAAA!」
 オロチの全身が一瞬、閃光に包まれた。眩しさに目を瞑った三人が、再び目を開けた時。
 そこには、黄金色に輝く、巨大な八又の大蛇がいた。
 先ほどシルファーマに砕かれた顎も完治しており、心なしか少し大きくなってもいる。陽の光を浴びて輝くその姿には、否応なしに神々しさを感じてしまう。
「これは……」
 シルファーマが絶句し、ソモロンが息を呑み、ミミナだけは少し事態を理解していた。
「か、数が、ものすごく増えてる……精神の数が……でも、人間の数が変わるはずないし、まさかチキュウ星の外、別の星まで……?」
 その声を、黄金のオロチはしっかり聞いて、応えた。
「NO。流石の我も、星を越えるほどのスペックはない。マインドを集められる範囲は、このチキュウ星の中がリミットだ。ただ、アナザーの意味で範囲を拡大した」
「? 何だか、よくわかんないけど!」
 シルファーマが、砂煙を大きく蹴立てて跳んだ。
「こっちは世界全部、つまりチキュウ星の全部が味方! 負けるはずがないっ!」
 跳びかかり、大きく振り被った拳を、その拳の上に乗っかるようにして、全体重をかけたパンチとしてオロチの顔面に叩きつける。と、
「ぁぐっ?」
 シルファーマはその顔面を蹴って、オロチから離れた。
 着地した時、その拳は割れて、拳の前面の皮が破れ、だらだらと血が流れていた。その傷口は、シルファーマを覆う光が治癒してくれているが、問題はオロチの方だ。
 今、シルファーマの打撃を受けたオロチは、全く傷を負わなかった。殴られた衝撃にドンと押されて、首が少し曲がりはしたが、それだけ。先のように、骨が砕けたりはしていない。どころか、鱗の一枚に僅かのヒビも、入っていないのである。
 そして、シルファーマだけが傷を負った。つまりオロチの硬度が、耐久力が、突然大幅に強化されたということだ。一体なぜ?
「お前が言った話だな。マインド、すなわち精神、思いの強さこそがパワーになると」
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