事務長の業務日誌

川口大介

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第三章 事務長、事件と歴史の真相を知る

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「もし、こんな状況で人質に取られでもしたら、見捨てるぞ俺は!」
 クラウディオは、わざとらしくヨルゴスに背を向けて、ミレイアを説得している。
『見え見えだな。そうやって俺に、背後を取ったぁ! と油断した攻撃を出させて、そこにカウンターか? あるいはこの後、あえて隙を見せてあの子を襲わせて、あの子に俺の手が届く寸前、俺の背を突く? ふん、引っかからねーよ俺は』
 薬の力で強化されたヨルゴスには、クラウディオと正面から戦っても勝てる自信があるのだ。今の、クラウディオのわざとらしい背中見せが、罠でなく本当にただの隙という可能性もあるが、そんなことでリスクを抱える必要はない。
 やがてクラウディオは上方に向き直った。
「さっさと行け! ここにいられると足手まといだ! 俺の視界から消えろ!」
 ミレイアを、背中で叱りつけているといっても過言ではない、クラウディオのきつい口調。それに押されたように、ミレイアはクラウディオに背を向けて走りだした。山を下りていく。
 ヨルゴスは木から木への水平連続跳躍をしながらそれを見送る。
「おやおや。別に俺、あの子を人質にとかは考えてなかったのになあ。せいぜい、あの子がいたらお前の気が散るかな? と思った程度だぞ。なのにあんな、冷たい言葉を。可哀想に」
「お前の言うことなど信用できるか!」
「それもそうか。ま、安心しろよ。お前を殺した後、あの子も追っかけてって殺すから。あの子が山を下りきる前に、お前を殺してな!」
 また急降下してきたヨルゴスの攻撃を、クラウディオは両手で横に構えた槍で受け止める。受け止められたヨルゴスは、槍を蹴って跳んで、また上方に戻る。
 ここは木が多いので、普通のものよりも長いクラウディオの槍は、充分に振るえない。槍を捨てて腰の刀で戦わないと、ヨルゴスに攻撃を加えることは難しいだろう。
 だが、そうなると今度はヨルゴスの攻撃を防ぎきれない。今の槍の構えなら、左右どちらからも振るえるし、体の中央はほぼ常時ガードできている。刀ではそれができなくなる。
 おそらくクラウディオは、刀でヨルゴスの攻撃を捌く自信がないのだろう。槍で防戦し続けて、どこかで隙を見つけて反撃。そういう考えに違いない。
 だからさっきから、打たれても打たれても立ち位置を全く変えず、その場で強く踏ん張って受け続けている。とにかくそれを維持し、ヨルゴスの疲れや集中の乱れを待つ気か。
「はっ! 甘いぜぇ!」
 もう何十発目かの蹴りを、槍の上から叩きつけ、そしてまた跳びながら、ヨルゴスが笑う。
「今の俺は、瞬発力も持久力も何もかも超人なんだよ! 根競べ、体力比べといくかぁ?」
 笑いながら、ヨルゴスは跳ぶ。また木を蹴って水平に跳躍を、
「なっっ?!」
 しようとしたところで、小さな爆音がした。小さな爆発が起こった。ヨルゴスが蹴るはずだった大木の幹がいきなり、大きく抉り取られたのだ。
 幹の表面を蹴るはずだった蹴り足が、抉れた空間を蹴ってしまい、伸びきったところで抉れた凹みにぶつかる。幹を壁として蹴ることで強い反動を得るはずだったのが、単にぶつかったことでごく弱い反動を得てしまった。ヨルゴスの体は、その大木から少しだけ距離を開けて、逆さまになって落下していく。
 いかなる筋力があろうとも、運動神経があろうとも、何もない空間を落下していくのはどうにもならない。大木に沿って垂直落下したのならまだ大木を蹴れたが、少しだけ距離が開いてしまったのでそれもできない。
 そうやって落ちていくヨルゴスに、
「おおおおぉぉぉぉっっ!」
 槍を捨てたクラウディオが駆け込んできた。左手は鞘に、右手は柄に。その形でヨルゴスめがけて走りながら、柄を握った右手を繰り出す。
 まっすぐな剣ではなく、反りのある刀故に、鞘から抜いていく途上のその軌道にも、反りができる。クラウディオから見て、左斜め後方に位置していた右手が、刃を抜いていきながら、左前方ではなく右前方へと曲線を描く。落下してきたヨルゴスめがけて。
 それは、鞘から抜き放ちながらの瞬速の一撃! クラウディオの居合斬りが閃光となって、ヨルゴスの胴体を横一文字に、野菜か果物のように真っ二つに斬り裂いた。斬られた上半身は飛んで行き、山の斜面を転がり去る。
 遅れて落下した下半身も、クラウディオはゴミのように蹴り飛ばす。これもまた、どこかの茂みの中へ。
「よしっ! 終わったぞ!」
 その声を受けて、やってきた。一旦、下った後に大きく迂回して、ヨルゴス対クラウディオの戦場の横っ腹に隠れて、大木を魔術で狙撃して抉ったミレイアが。
「見事だったな事務長。助かったぜ」
「あなたが足を止めて、一か所に留まり続けてくれたからよ。だからあいつの攻撃も単調になって、木を蹴る順番がパターン化して、そのおかげでタイミングを測って撃てた。もし無作為にバラバラに跳ばれてたら、とてもとても、わたしの腕じゃ狙えなかったわ」
「いやいや、とにかくご苦労さん。昨日は、わたしの戦力を期待しないでねとか言ってたが、どうしてどうして、やるじゃないか事務長。詳しく説明したわけでもないのに、俺の作戦を読み取ってくれたし。お世辞ぬきで大したもんだぜ」
 刀を収めながら、クラウディオはミレイアを褒めた。
 褒められたミレイアは、
「ち、違うわよ。別にあなたの作戦を読んだとかじゃなくて」
 ちょっと、赤くなる。
「わたしはわたしで、自分一人で考えて策を立てた。そしたら、それがたまたま、あなたのと一致したっていうだけで」
「ふうん。ま、別にそれでもいいが」
 ニコロがいれば嫉妬しそうな、リネットがいれば大喜びしそうな、そんな会話を交わす二人であった。
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