事務長の業務日誌

川口大介

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終章

憧れを噛み締めて

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 レーゼとの戦いが終わった後、村の宿で一泊休んでから出発して、しばらくぶりにミレイアは王都に帰ってきた。
 新設の部隊が初仕事を終えた時は、代表者がセルシアーヌ女王に直接報告するのがしきたりとなっている。なのでミレイアは、街に戻って来るとそのまま、謁見に向かった。今後のことを相談する為にニコロも連れて。

 街外れにぽつんと建っている、遊撃小隊の事務所。中には四つの机が向い合せに設置されており、入口から見て左手の席にクラウディオが、その向かいには今リネットが着いている。入口と向かい合う、一番奥の上座がミレイアの席で、その向かいがニコロの席だ。
 二人が待っていると、意外と早くミレイアとニコロが帰ってきた。
「お疲れ、事務長。どうだった?」
「うん。まず、ニコロのことだけど」
 ミレイアとニコロもそれぞれの席に着く。
「女王様と、側近の方たちには全部伝えたわ。このままここで暮らしてもいいけど、とりあえずエルフであることは隠すようにって」
「それはその方がいいだろうな。何か知ってる奴がいて、騒がれたら面倒だし」
 どうせ、普段はニコロの耳は髪で隠れているし、そうでなくてもじっくり見ないと気付かれない程度のものだ。わざわざ言いふらさない限りは大丈夫だろう。
 リネットはニコロと違い、全てに対して正体を隠すことにした。研究材料などにされる恐れがあるからである。なので、クラウディオの古い友人、互角の腕前の冒険者仲間と説明した。クラウディオがミレイアに言った通り、何かあればクラウディオが責任を持つということで。
 騎士団の信頼厚いクラウディオの保証により、リネットも何とか受け入れられた。
「ニコロとリネットの、この小隊への参入も正式に認めて貰えたわ。高くはないけど給金も出るし、ここで暮らしてもいいけど……どうする? 部屋なら、私の分以外にもまだあるわよ」
 ニコロはクラウディオに尋ねた。
「クラウ兄はどうしてるの?」
「俺は、街にある冒険者用の宿で長期滞在してる。あの賑わいに慣れちまうと、静かな住まいってのが味気なくてな。あそこにいると、いろんな奴の話も聞けるし」
「じゃあ、僕も一緒の宿に泊まる!」
「アタシはここにするわ。よろしくね、お嬢ちゃん♪」
 リネットはニコニコと嬉しそう。熱い視線をミレイアに送っている。
「う、うん。あと、それから。レーゼのことも全部報告はしたんだけど、やっぱり証拠がないからね。騎士団の人や大臣さんたちは、ちょっと信じられないって顔してた。女王様は、否定はせずに「大変でしたね」と言ってくれたけど、どこまで本気で信じてくれたかは……」
「まあ、そりゃな。昔、エルフ星人がチキュウ星に攻め込んできたんですよ、なんていきなり言われても。俺だってあの巨大動物や岩石巨人を見てなければ、信じられん話だ」
「ぁうう……やっぱりそうよね。残念だけど」
 ミレイアは諦めて、書類の作成に取り掛かることにした。口頭での報告は終えたが、正式な任務完了の手続きと記録の為に、今回の顛末を纏めておかねばならない。
 むしろこれこそ、事務長としての本職だ。
「さて、始めましょうか」
 
 同じ頃、王城の奥にある女王の私室にて。
 セルシアーヌは、報告書の束に目を通し終えて言った。
「つまり、信憑性は高いのね」
「はい。人間でない二人はそのまま入り、人間の二人は巨大な犬たちの皮を剥ぎ、被って、虚空に入り、しばらくしてから傷だらけで出てきた、というのをこの目で見ました。私は向こうの山には行っておりませんが」
 セルシアーヌの側には、報告書を書いた人物、掃除婦姿のセルシオーネが立っている。
 新設部隊の初任務ということで、セルシアーヌは側近であり諜報のプロであるセルシオーネに、ミレイアたちを監視させていたのだが。何だか随分と、凄い報告を受けてしまった。
「エルフと貿易、か。あの子、可愛い顔してスケールの大きい野望を抱えているものね。しかも、人造人間とエルフ……エルフ星人? の少年を仲間に引き入れてしまうなんて。何かこう、並々ならぬ運命を背負っているみたいね」
「あの、女王陛下」
「何?」
 セルシオーネは直立不動のまま尋ねた。
「今回、この任務をあの部隊に与えたのはなぜですか」
「ん? 別に何も。巨大動物の噂話、以外には何も思ってなかったわよ私も。クラウディオがついてるとはいえ、ミレイアは実戦経験ゼロの文官なんですもの。そう危ないマネはさせられないでしょ? まずは騎士団の仕事を、ちょっぴり現場体験ってつもりだったんだけど」
「そう思って与えた、ラクなはずの任務が……」
「こんなことになった、と。これは、あの子のもって生まれた天運でしょうね。こんな事件に出くわしたこと、そしてそこから生還したこと。その中で、心強い仲間たちを得たこと」
 ミレイアと仲間たちが、今回の件でどれほど育ったか、今後どこまで育つか。麻薬密売組織を潰してくれたような大活躍を、これからどれほど成し遂げてくれるだろうか。騎士団の新設部隊として、先が楽しみである。
 今回は証拠がない以上、表立っての表彰などはできないが。
「もちろん、私の引きの強さってのもあるけどね! 何も考えずに選び取った平和な噂話が、実は密かに進行してた大事件の手がかりだった、という」
「それって、「引きの強さ」と言うのでしょうか?」
「言うのよ。女王様たる私が今決めたわ。女王様とお呼び」
「女王陛下ではご不満ですか」
「さて、あの子たちにやってもらう次の任務を選ぶとしましょうか。書類を持ってきて頂戴」
「はあ……」
 セルシオーネは思った。ミレイアと仲間たちに、せめていくらかの幸あれ、と。
 

 遊撃小隊事務所。今のところ隊としての仕事はこれといってないので、クラウディオはニコロとリネットに街を案内しがてら、パトロールに行った。
 ミレイアは一人残って、報告書を書いている。レーゼとの戦いを、最初から最後まで詳細に書いているのだが、どうせ信じてもらえないと思うと虚しいものがある。これを全部信じて貰えたら、とんでもない大手柄なのだが。
『あ~あ……でも……まあ』
 あのレーゼは間違いなく、世界征服を企む悪者であった。その野望を、見事に打ち砕いたのだ。世界を救ったのだ。これこそ正に、ミレイアの初志中の初志、幼き頃に憧れた、英雄物語の主人公そのものではないか。
 ミレイアが天才美少女魔術師となって、強力な術で敵をドカーン! とやっつけたりはできなかったが。でも、ミレイアが参加している四人組で、巨大な悪を倒したのだ。
『そう、ね。うん』
 クラウディオたちとも、誰とも共有していない、自分だけの満足感の中で、ミレイアは報告書を書き上げた。ミレイアたち四人の活躍は、図書館に並ぶ本には載らなくとも、ここにこうして書き残される。

 事務長の業務日誌、最初の事件についての記述は、ここまでである。
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