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とにかく服を着てくれ

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初めはただ親が何か習い事をさせたいと希望したからだった。
近場にプールがあり毎週水泳教室をしていたから、都合が良いと連れて行かれた。
最初はそこまで泳ぐのが好きなわけではなかった。
ただ言われるままにこなしていたら同年代の誰にも負けないまでになっていて…しばらくして自分に水泳の才能があるのだと悟った。
俺に才能があると分かったから水泳が大好きになった。
才能があったから俺の人生は水泳で埋め尽くされた。
中学高校と推薦で入学し、水泳部で奮起した。
同年代で俺に敵う奴はいなかった。



大学生になり、これから世界と戦っていこうという時だった。
台風が起こり川が氾濫、土砂崩れが起きた。
街が濁流に呑まれていく。
俺は濁流に呑みこまれて死んだ。
俺は誰より泳げるのに。
俺の人生は水泳に捧げてきたのに。
俺は水の中で瓦礫に全身をズタズタにされながら流されていった。
…悔しくてたまらない。
瓦礫が邪魔だった。
それさえなければ俺は助かった。
絶対に俺なら泳ぎ切れたんだ!
欲しい…何者にも泳ぎの邪魔をされない力が。



どうも櫻井です。
俺は今…。
「見つけたぞ!」
海パンマンに見つかったところです。
実は進藤さんとコイツについて放した後に『そんなに君に興味があるようなら海パン君のこと引きつけてよ』と言われてしまった。
もしかして進藤さんは人使いが荒いのかもしれない。
「おう、こっちも待ってたぜ。」
「ほう…やっと話をする気になったか。」
「いやまぁそんな感じだ。」
「ではまずこちらから聞きたいのだが…お前は何者だ?何故俺の泳ぎを止められる?」
「それは多分…俺がお前と同じ転生者だからじゃないか。」
「!?お前もか!」
だいぶ驚いているようだけど…自分という例があるんだから転生してる奴が他にいるのもすぐ思いつくと思うんだが。
「では次の質問だ…お前は俺の邪魔をするか?」
えぇ…何急に?
「俺はもう2度と泳ぎの邪魔をされたくない。そして2度と邪魔されないための力を手に入れたというのに…お前というイレギュラーが現れた。」
拳を強く握り静かに震えている。
それほど泳ぐことに対して強い思いがあるんだな。
「俺は今お前という脅威が不安で不安で仕方ないんだ。もうこの手でお前の命を止めた方が安心できるまであるんだよ。」
…随分と俺が憎いようだ。
「あのー敵対心マシマシなところ悪いけど君今何で警察や俺から追い回されてるか分かってる?」
「む?」
「海パン一丁で群雄割拠してる変態だから追われてんだろうが!お前前世でも海パン一丁で許されたのか?」
「こ、これは少し開放感というか…。」
「あのなぁ!?いくら転生して望む力手に入れて気持ちルンルンでもここには前世と同じルールがあんだよ!露出変態海パンマンはこの世界でもしっかりと駄目って言われてんだ馬鹿!」
「ぐはぁ!」
なんか精神的ダメージ喰らってるようだけど当たり前だろうが。
言われて傷つくなら最初から服着ろ。
「し、しかし泳ぐ能力を使うのに服を着込んでいるのに違和感が…。」
「知るか!それはお前の都合だろうが!なーにが『お前は俺の邪魔をするか』だよ!こちとらお前とそもそも関わりたくもないんだわ!」
あースッキリした。
これは昨日のアイスとコンビニ弁当の分だ。
「…ふざけるな。」
ん?
「何でこんな世界のルール程度に俺の泳ぎが邪魔されなければいけない?俺は…俺は自由に泳ぎたいんだ!何人たりとも俺の邪魔はさせない!」
はぁ?何だこの我儘野郎。



海パンマンが凄まじい勢いで泳いでくる。
昨日のように回り込むのではなく、確実に体当たりするのが目的だ。
「あっぶね!」
避けるのに精一杯だ。
(このままじゃジリ貧だ…。覚悟決めて次のタックルに合わせてカウンターするしかない。)
直前のタックルを避けすぐ後ろに振り返る。
すると…目の前から海パン男が消えた。
…上にもいない。
ということは下か!
一歩後ろに下がる。
すると先程までいた場所から凄まじい勢いで海パン男が飛び出てきた。
「チッ!」
すぐ地面に潜り直す。
再度一歩下がる。
再び手前を通り過ぎる。
この感じは…。
(多分地面の中では俺のことが見えていない。)
俺からしても姿が見えない不意打ちの1発ではあるが、海パン男の方もあくまでこちらを認識できず、予想で攻撃しているようだ。
(実際地面に潜られたらこちらも手出しはできないし、強力な戦法かもだけどさ…。)
流石に命中率悪すぎでは?
コイツどっちに避けてるとか多分考えず、元いた場所から出てくるだけだ。
(だったら…。)
再度海パン男が潜ったタイミング。
一歩下がって出てくるのを待つ。
案の定目の前からでてくる海パン男。
「ここだぁ!」
全身全霊の蹴りをかます。
先程まで自由自在に動き回っていた海パン男が地面に転がる。
「っしゃあ!」
思わずガッツポーズを取る。
しかし…。
「くっ…まだだ。」
…マジか。
俺なりに全力で蹴りを入れたんだけど…流石ムキムキだ。
「俺は…もう2度と泳ぎを邪魔されたくない!俺の人生の邪魔はさせない!」
海パン男は天高く泳いでいく。
確かに地面からではなく空高くから落下して攻撃するのであれば俺のことがよく見えるだろうし、何より勢いがどんどんと加速していき威力を増していくだろう。
「俺の邪魔をするなぁ!!!」
…さっきから黙って聞いてれば。
「…お前が随分と後悔しているのもよく分かった。でもさ、だからってお前の自由の為にお前以外の人間が不快な目にあって良い訳がないだろうが。」
真っ直ぐに突っ込んでくる。
俺は強く拳を握った。
「お前の願望の為に"理不尽"に不快な気持ちにさせられて…天敵だからって命を狙われて…。」
海パン男がどんどん加速していく。
「そんなの…納得いくわけねぇだろうが!!!」
怒り任せの拳を突っ込んでくる海パン男に叩きつける。
タックルと拳がぶつかり合う。
凄まじい衝撃で辺りに砂埃が舞う。
それが晴れた先に立っているのは1人だけ。
櫻井理人だけだった。



「…すまなかった。少し冷静になった。」
「そりゃよかった。」
やっとまともに会話ができるようになった。
「とりあえず服をちゃんと着ろ。海パン一丁は適した場でのみ可。というかそんな力持っているなら海とか行けよ。めちゃくちゃ広いし格好にも違和感ないぞ。」
「…あぁ。考えてみれば当たり前だよな。」
そうだよ。
できれば考えなくても理解して欲しかったよ。
「あ、あと進藤って人がお前と話がしたいらしい。俺らと同じ転生者だ。ちゃんと服を着て向かいな。」
「ま、まだ転生者がいるのか!?」
「他にも結構いるんじゃないか?まぁその人から聞いた能力的にお前の邪魔になることはないと思うし安心しろよ。」
「そっか!ならよかった!」
本当に泳ぎを邪魔されたくないんだな。
「…俺は不都合がない限りはお前を止める気はないしさ。互いに不可侵で平和にいこうな。」
「…あぁ。本当に申し訳ない。」



家についてベッドに飛び込む。
ぶっちゃけ疲れたし怖かったしで大変だった。
なんというか…久々に強い殺意を向けられた気がする。
進藤さんへの報告は…いいや。
また明日にしよう。
こちとら仕事でやってるわけじゃないんだ。
少しぐらいサボらせろ。
急ぎのようでもなさそうだし、海パンマンも冷静になってたし服さえ着てれば一見普通の人なんだから。
だんだんと意識が遠のく。
…俺は…もう寝る。



「櫻井理人がうまく制しておりました。」
「流石だね。彼の力も…彼自身も。」
進藤は満足そうに笑う。
「どうかこのまま大人しく、僕の邪魔にはならないよう大切に扱おう。」
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