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第一章:始まりの国・エルフの郷
第4話
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エルフの郷に住むサラ・エルゼアリスはその日、運命的な出会いをした。
サラ・エルゼアリスが住んでいるエルフの郷は、広大なイグナシアラントの中でも随一の大きさを誇る超巨大森林「ジーフ樹海」の中にある隠れ里である。生い茂る樹木が天然の迷宮を構築しているばかりか、郷の近辺にはそれとは分からないように隠蔽魔法が施されており、よそ者がたどり着くのはまず不可能である。
そして、この場所は世界で唯一と言えるエルフの生息地であり、彼らが彼らの国を運営しているのだが、他国と必要最低限以下の交流しか持たず外交という概念も薄いこの国は国という観念すらも曖昧だった。故に国名も持たず、ただ単に「エルフの郷」と住んでいる者は呼んでいた。
郷に住んでいるのはエルフである。だが、一括りにエルフと呼んでもそこにはいくつかの種類があった。
一般的なエルフは郷内の八割以上を占める。その全てが風属性の魔法を得意としている。その中でも特に風属性の適正値が高い個体はハイエルフと呼ばれていた。ハイエルフは他のエルフからの尊敬の対象であり、通例として郷の支配層につくことが多かった。
そして残りの二割はエルフの中の突然変異とも言うべき、風属性以外の属性に高い適性をもつエルフ達だ。彼らはエルフ同士の子どもでありながら純粋なエルフとは認められず、半分だけのエルフ「ハーフエルフ」と呼ばれ、古くから侮蔑の対象であった。彼らは一般的なエルフとは違い金色の髪ではなく、様々な髪色を発していた。わかりやすい差別の対象はわかりやすい排斥を生んだのである。
その中でも更に希少なのが、闇属性に高い適性を示す通称「ダークエルフ」である。彼らはおよそ外見上のシルエット以外はエルフとはかけ離れた姿をしていた。褐色の肌に紫がかった髪色。そしてハーフエルフですら一般的なエルフと同じ深緑の瞳を持つ中、彼らはまるで宵闇をもたらすかのような深紫色の瞳であった。彼らはもはや正当なエルフと認められず、大昔前には生まれたら即座に殺すか、家の中に生涯閉じ込める。もしくは郷の外の洞窟に捨てられていたという。
しかしそれも昔の話。今現在はとある事件がきっかけでエルフ間の差別は禁止とされている。まだまだ郷の古い世代にはその名残がうかがえるものの、新しい世代ではむしろ普通とは違うハーフエルフやダークエルフの人気が高まりつつあるくらいだった。郷の中は完全とは行かないにしろ、長い歴史の中でも比較的平和な時が流れていたのだ。
だが、いまだに変わらない部分もある。それは郷内の結束力の高さの反動とも言うべき対外排斥力の高さだ。この世界でも有数の長寿命をほこるエルフは変化を嫌う。無論、よそ者が近づくや否や弓を持ち矢を放つ程ではない。迷い込んだ者がいればそれなりの対応をして森の外に帰したりもする。ただ、郷の外との交流は最低限で、移民の類は一切認めていないのだ。
過去には排斥されたハーフエルフらが郷を出ることもままあったが、最近はその窮屈さに嫌気が差して里を出る一般エルフもいるらしい。逆にそうやって里を出て森の外へと繰り出す、いわゆる「変わり者」のおかげでエルフの郷は世界から忘れられずにいるのかもしれない。
そんな彼らエルフの生活はとても質素な物だ。肉は食べず、主に野菜や木の実、キノコを主食としている。時折川で釣る魚も食べる。服装もとてもシンプルで華美でない。電気はなく、夜の明かりや調理の火などはすべて魔法で行っている。他国から輸入したらしい魔力で動く機械もある。余談だが、ハーフエルフの中でも火属性や雷属性に適正のあるハーフエルフらは、そう言った点で他者より少し楽な生活をしているそうだ。
そんな郷で暮らすサラ・エルゼアリスだが、彼女は現在郷の外に出ていた。郷の外に出ると言う行為は本来危険を伴う物であった。郷は防壁と魔法による結界で守られているが、外には危険なモンスターもいるし、魔物の存在も確認されている。普通は郷の外に出ること自体避けるし、出るには一定の実力が必要になってくる。
サラはハイエルフであった。実力的にも申し分ない。そして自ら郷の外に積極的に出て行く希有な人物であった。だが、なぜそんな危険な郷の外に出て行くのか。それは郷を支えるためであった。
エルフの郷はほぼ自給自足が成立しているわけだが、それでも外貨収入が無いわけではなかった。その数少ない収入源こそ、市場には滅多に出回らないがその品質の高さと希少価値で噂され続けている「高純度回復薬(ハイポーション)」である。これはエルフ秘伝の方法で作られており、世界全体で見てもその作成・量産に成功している場所は片手で足るほどである。
だが、その貴重な高純度回復薬(ハイポーション)であるが、その材料となる薬草は郷の外でしか採集ができないのだ。何度も栽培が試みられていたのだが、何故か養殖できずにいた。故にこうして危険を冒しても外に出掛けなければならないのである。
(まぁ、私自身郷の中は窮屈だって感じているのも大きいですわね……)
そんな風に考えながら郷の外に広がる森を歩くサラ。流石は森の民とも称されるエルフなだけあって、森を歩く足取りは軽い。まるで整地された道を歩くかのごとくだ。
だが、その日、サラは小さな違和感に気づいていた。森に住むモンスターの気配が少しざわついているのだ。何かに怯えるかのように物陰に潜むものもいれば、逆にとても好戦的になっているものもいる。森の民たるエルフに牙むくモンスターは滅多にいないはずだが。
(本当、今日はどうしたって言うんですの? 昨日までは何も変わらなかったはずですわ……)
だが、郷外での活動を取りやめる程の異変ではないと判断したらしい。サラは気にせずに薬草やキノコの採集にいそしんでいた。この収穫が郷のため、引いては自身の生活に還元されるのだ。自然と熱が入る。気がつくと太陽が天頂にさしかかろうとするような時間になっていた。普段ならそろそろ郷へ帰る時間である。その日も例に漏れず、サラは収穫を確認し郷へ帰ろうとしていた。だが、その時。不意に遠くからモンスターでも魔物でもない声がサラの耳に聞こえてきた。
「ぁ……! ……ぅ!」
緊急事態である。サラは焦った。今日のような森に住む生き物たちが荒れている日に誰かが迷いこんでしまったようなのだ。急がなければ助からないかもしれない。
サラは声のしたと思わしき場所へ急ぐのだった。
声の主はそう苦労せずすぐに見つかった。これも森に親しむエルフの力あってこそだろう。その人物は森に広く分布するオオカミ型の三ツ目が特徴のモンスター、「トライウルフ」に追われているようだ。
だが、サラはその人物が追われている様子をただ遠くからボーッと眺めていた。無論彼女は誰かが苦しむ様子に愉悦を覚えるサディストではないし、モンスターが怖いわけではない。むしろトライウルフ三頭程度など、目をつむっていても撃退できるだろう。彼女がただ遠くから眺めているだけなのは理由があったのだ。
(な、なんて可愛らしい方なんでしょう……)
逃げている人物はまだ幼いと思われる少女だった。少女の輝くようなフワフワの白銀の髪、背中から少し離れた場所でパタパタと動く羽、走る動きに合わせて上下に揺れる尻尾。少女を構成する物全てがサラの心をつかんで離さない。
そう、彼女は森を走る少女に心奪われていたのだ。
上気した顔で必死に逃げる少女を見つめるその様子は、端から見れば只のサディストな変態である。だが、逃げる少女が木の根に躓きその身体を背中から大木に強く打ち付けたその時、サラはようやく正気に戻った。少女は苦悶の声を上げながら何とか立ち上がろうとする。
その様子にサラは急いで位置を変えた。少女を挟むようにトライウルフと延長線上に立つ。ここならば矢の直線軌道で少女を傷つけることもない。サラは持っていた鞄から水晶玉のような球体を取り出した。森の木漏れ日を浴びて新緑に輝くそれは、サラの主武器となるものである。サラは左手に持ったそれに魔力を流し込んだ。そして武器の名前を呼ぶ。
「頼みますわよ、『森林の旋風』。」
その言葉に応えるように、左手に持った球体から樹木が生え始めた。瞬く間に伸びたそれは互いに寄り合い、一つの形を為した。エルフが得意とされる弓である。
サラは弓を構えると矢もつがえずに弓を引いた。弦を引き絞りすぐにでも放てる体勢である。そして、サラは魔法を詠唱した。
「【風の矢】!」
サラの魔力が風を捉え、矢の形に押しとどめる。魔力続く限り尽きない矢の嵐、サラの得意魔法である【風の矢】だ。
矢の完成と同時にサラは右手を離した。引き絞られた弦が矢を押し出す。発射された矢は魔力による推進を加え、更に途中三本に分裂しながら飛んでいった。木々を自ら避け、術者の望む場所へ飛ぶ。
サラの狙ったとおり、放たれた矢は少女とトライウルフの間に突き刺さった。何もトライウルフらを殺すこともない。それに存外賢いトライウルフらならば突き刺さる矢の意味を理解できるだろう。その様な考えで放たれた矢であった。無論、念を入れて二の矢を構えている。もしトライウルフが退かないのならば、次に矢の刺さる場所は彼らの頭だろう。
だが、サラの予想が当たりトライウルフらは一声鳴くと森の奥へと逃げていった。
(ふぅ、賢い子たちで良かったですわ。あまり殺生はしたくないですもの。って、そんなことよりも!)
サラは急いで少女の元へと駆け寄っていった。少女はサラの方を少し見ると、そのまま倒れ伏してしまった。
「だ、大丈夫ですの!?」
しかしその声に応える様子はない。急いで抱きかかえ、様子を探る。エルフの細腕でも容易に抱きかかえられるその小さい身体には、森の中を必死に駆けていったのであろう、細かい傷が至る所に付いていた。だが、その他には目立った外傷はない。呼吸もしている。ただ一つ不思議な点があるとすれば、見たこともない、まるで身体に合っていない服を身に纏っているところだろう。その服はこれまでの過酷な道のりを示すかのように所々穴が開いてしまっている。その穴から覗く白い身体に思わずサラの視線が集中する。
「……はっ! い、いけませんわ、こんなこと……はやく郷に帰って治療して差し上げないと……」
先ほどまでパタパタと動いていた羽はいつの間にか消えていた。どうやら魔力で構築されていた物らしい。術者が意識を失えば、その術者の使う魔法も消えるのだ。だが、尻尾は天然の物らしく、力なくダランと垂れ下がっている。
サラ自身が先ほど自分で言っていたとおり、早くその少女を連れて郷へ帰るのが最善策である。だが、サラはその少女を抱きかかえようと、少女の身体を正面に向けた途端に動けなくなってしまっていた。
「か、可愛いですわ……!」
サラは再びその少女に心を奪われていた。サラの腕の中で眠るその顔は、まるでサラが昔どこかで読んだ本に出てきた天使の形容そのものであった。白銀の髪は遠くから予想したとおり、ふわふわな感触をサラにもたらす。まるでエルフの様な真っ白な肌に頬の薄紅がなんとも言えない雰囲気を醸し出していた。
(な、何ですの、この気持ち……私は別に同性愛者という訳じゃないはずですのに……)
長い時を生きるエルフは、基本的に性欲という物が薄い。客観的に見ればとても整っている容姿を持つエルフの男女だが、逆言えばそれがエルフにとっての基本(スタンダード)なのである。エルフは長いときの中でエルフ存続に支障を来さない程度に子をなしたら、残りの生涯を精神的につながった伴侶(パートナー)と、きわめてプラトニックな愛を紡ぐのだ。
そしてそれはハイエルフたるサラも同じである。同じであるはずだった。だが、彼女の心には、いまや様々な感情が去来していた。湧き上がる独占欲。少女の笑顔が見たいのに、何故か鳴いて悲しむ顔を見たいという謎の感情。はっきりと断言できない様々な感情を混ぜ込んだその気持ちの正体を、サラは理解できなかった。だが、少女を抱きかかえるその腕に、不思議と力がこもるのをはっきりと自覚していた。
(何はともあれ、一度郷に帰りませんと。早く元気になった姿を見たいですわ!)
サラは少女を抱きかかえて立ち上がり、そしてまるで風のごとく走り出すのだった。
普段の半分ほどと言う驚異的な早さで、サラは門に到着した。郷の玄関口たる門には常に二人の門番が待ち構えている。弓を携え高台から見張っているのだ。とは言え、ここ百年ほど侵入者が来た試しはない。
高台にいる門番の内、一人がサラに気がついた。どうやら通常エルフの男性らしい。現在エルフ皆平等となっている郷においても伝統という物はまだあり、門番はエルフの男性と暗に決まっているのだ。
サラの存在を認めると、門番の二人は焦ったように高台を降り、サラの前へとやって来た。その様子は少し緊張が見られる。エルフは見た目による年齢の推測が難しいが、それでなくとも明らかにサラの方が年下であろう。それだというのに彼らが緊張しているのは、サラがハイエルフであり、彼らがエルフである事が起因している。ハイエルフは一般的に郷内で尊敬される存在であるからだ。
「エルゼアリス殿! お疲れ様です。いつもよりお早い帰還ですね。それに、何やら急いでおられる様ですが……?」
「緊急事態ですわ。今すぐここを通してください。」
「は、はぁ。エルゼアリス殿をお通しするのに許可も何もありませんが……緊急事態とは何事ですか? もしや、その腕に抱えている何かに関係するのですか?」
「ええ。森にて傷ついた少女を保護したんですの。すぐに治療に当たりたいのでここを通してください。」
そこまで言うと、今まで隣で黙っていたもう一人の門番が焦ったように口を開いた。
「お、お待ちください! 貴女一人なら問題ありませんが、余所者を中に入れるというのであれば話は別です! そう言った場合は長老方に話を通し、許可を得た上で大長老からの最終決定を仰ぐのが掟のはずです!」
(あぁ、もう焦れったい!! なんて杓子定規な回答ですの!?)
「長老方には私が後で話を通しておきますわ!! この娘はまだ小さい女の子なんですのよ!? 郷の中に余所の血が混じることはありませんわ! 大長老にも私が後で直接うかがいますから、早くそこを通しなさい!!」
思わず語気を強め、荒々しく言葉を発してしまうサラ。その目は、邪魔するのであれば殺してでも通ると言わんばかりの、殺気を孕んだ目であった。同族の忠実に職務を全うする者に向けるような目つきではない。だが、その分サラが焦っていた証左でもあるだろう。
「「ハ、ハッ! 畏まりました!!」」
門番は焦ったようにそう叫ぶと、高台へ戻り郷の内側から門を開いた。扉を開けた先、門番の二人が萎縮して直立不動の体勢で立っている。
(冷静に考えますと、先ほどの言葉は少しマズいですわね。私に対する悪評が立ちかねませんわ。)
「……先ほどは手荒なまねをしてしまい申し訳ありませんわ。でも、私の方も少しばかり焦っておりましたの。お二人のその職務に邁進する姿はとても素晴らしく思いますわ。」
ニコリと微笑むことも忘れない。サラの言葉に門番の二人は互いに顔を見合わせた後、照れたように言葉を返した。
「と、とんでもない! こちらこそ融通の利かない対応で申し訳ありませんでした!」
「恐縮です! ありがとうございます!」
(……ふぅ、この辺りで良いでしょう。)
「いえいえ、それでは。」
そう言うと、サラは再び走り出した。その様子はまるで風のようであったという。
またも驚異的な速度で自宅へと到着したサラは、自室の寝室に少女を寝かせた。そして簡単な治療を行うべく、もはや服としての機能を果たしていない服を脱がせる。簡単な治療を施して少女に布団を掛けた。部屋を出る際に少女に睡眠魔法をかける。
(これであと数時間は起きないはずですわ。ゆっくり眠って体力を回復してもらいませんと。それにしても、綺麗な身体でしたわね……)
先ほどの治療の際に見てしまった少女の裸身を思い出し、一人頬を染めるサラ。部屋に鍵をかけ、ついでに罠すらもかける。
「さて、面倒ですけど色々と回らないといけませんわね……」
そう言葉を残しサラは自宅を後にした。無論自宅にも鍵をかけ罠を貼ることも忘れない。先ほど門番に言ったとおり、サラはまず郷の長老らに魔力による通話【|魔力念話(テレパス)】で話を通した。その後、郷の最高責任者である大長老の家に直接出向き、少女の滞在許可をもぎ取ってきた。
そして現在、彼女は郷の中の市場に来ていた。
(身体を休めたら、次はしっかりと栄養補給ですわね。おかゆの材料と、果物を買っていきましょう。)
郷にいくつかある市場の内の一つ、サラがそこを歩いていると不意に声が掛かる。
「いらっしゃい、エルゼアリスさん! 今日は魚が入荷したよ、どうだい?」
「あら、女将さん。今日は大丈夫ですわ。また御願いします。」
「あー! サラお姉ちゃんだ!」
「はい、こんにちは。今日も元気ですわね。」
市場を歩くと、そこにいた住民がみなサラに話しかけていく。そこにはエルフやハーフエルフの差は無い。今でこそ彼女はこうして皆に受け入れられているが、過去はそうも行かなかった。そのことを思い出してか、サラは少し嬉しそうな笑みを浮かべる。
そうこうするうちに目的の場所へたどり着いた。八百屋である。
「こんにちは、どなたかいらっしゃいますか?」
「はいはーい! おや、エルゼアリスさんじゃないか。」
「お久しぶりですわ、女将さん。お野菜と果物を頂きたいのですけど、何か良いのは入ってますか?」
「あぁ、今朝採れたばっかりの新鮮な奴があるよ。適当でいいかい?」
「ええ。女将さんの目利きに文句はありませんわ。」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。」
談笑を交えつつ、八百屋の女性は野菜や果物を草で編んだ籠へ入れていく。不意に女性が顔を上げてサラに質問をした。
「そう言えば、さっき風の噂できいたんだけど、森で子どもを拾ったのかい?」
「え、ええ。その通りですけど、もう広まっているんですのね。」
「まぁそりゃあ、郷でも人気のエルゼアリスさんが可愛らしい女の子を抱きかかえて急ぐ様子なんて、珍しいってレベルの話じゃないからね。みんな興味津々さ。どんな娘なんだい?」
「とっても可愛らしい娘ですわ! どうやら人間じゃないみたいなんですけど、大長老からもキチンと許可は頂きましたし、しばらくは私が面倒を見る予定ですわ。」
まるで産れた娘を自慢するかのような嬉しそうな顔をするサラの様子に、八百屋の女性は自分も嬉しいかのように微笑む。
「そうかい、それは良かった。また連れてきておくれよ。はい、じゃあ野菜と果物ね。」
「ええ。近いうちに必ず。」
サラは代金を渡し、商品を受け取った。その後、少女が来ていた服の代わりとなる新しい服一式を購入し、自宅へと帰って行った。
自宅へと到着したサラは、自分のいなかった間に何か異変はないか確認した。何もないことを確認すると、早速少女のために料理を始める。その手際は良く、普段から料理をすることをうかがわせる。
料理が完成するまでの間に、サラは少女が着ていた服を確認していた。改めてその服を掲げてみる。
「本当に、見たことがないですわね。生地も知らない素材ですし、何よりも縫製が緻密ですわ……一体どんな技術で作られたんですの……?」
マジマジと見つめるも、そこから分かることは特にない。ただ凄い技術であると言うことだけだ。だが、サラがズボンらしき物に手を伸ばしたとき、そのポケットに何か入っている事に気がついた。
「……? なんですの、これ……?」
不審に思ったサラはポケットからそれを取り出す。それは折りたたまれた紙片だった。悪いとは思いつつも、ついついそれを開いて読んでしまう。
だが、そこには驚愕すべき事が書かれていた。
「な……!? こ、これは……!?」
サラが驚いていたその時、不意に火にかけていた鍋が沸く音がした。料理が完成したようである。サラはその紙片を自分の服のポケットにしまうと、急いで調理場の方へ向かい火を止めて器へと料理を移した。お盆に載せて眠っている少女の元へと向かう。
(信じられませんわ……でも、あの紙に書かれていたことが本当ならば、あの娘、いいえ、クロエさんが一番混乱しているはず。私がしっかりしませんと。)
そう考えながら歩いていると、いつの間にか寝室の前までたどり着いていた。サラの内心に突然緊張が走る。
(……き、緊張してきましたわ。だ、大丈夫ですよね? 料理は何も失敗していませんし、他も特に……し、深呼吸ですわね!)
数回の深呼吸の後に、お盆を持つ右手の指先でノックをする。
「クロエさん? 起きていますか?」
少し震える声になっていた。緊張は抜けきっていないようだ。少しだけ間が開いた後、返事が返ってきた。
『はい、起きてますよ。』
(ああん、可愛らしい声ですわ!! じゃなくって……)
「あぁ、それは良かったですわ。立ち上がることはできますの?」
『大丈夫です。』
「それでは申し訳ないのですけど、扉を開けていただけませんか? 両手に物を持っていまして開けられませんの。」
『分かりました、ちょっと待っててください。』
部屋の中の少女はどうやらすっかり回復していたようだ。これなら心配要らないだろう。サラがそう考えて安心したその時。不意に部屋の中から少女の物と思わしき叫び声が響いた。
『や、ひにゃあッ!?』
ガシャンッ!!
思わずサラは両手に持ったお盆を取り落としてしまっていた。食器が割れた様子は無いが、そんなことを気にする余裕はサラにはない。急いで扉に駆け寄り扉を激しく叩く。
「ど、どうしたんですの!? い、一体何が……!?」
寝室の鍵はリビングの方に置いてきてしまった。今から取りに帰る余裕はない。懸命に声をかけるサラであったが、部屋の中の少女ははっきりとした返答を返さなかった。
サラは覚悟を決めた。
「扉から離れてください!! こじ開けますわよ!!」
自身も少し距離を取り、魔力を集中する。「森林の旋風」を持たない今、行使するのは属性原始魔法である。
「【疾風中魔法】!!」
詠唱と共に手の先から魔力砲が放たれる。疾風を伴うそれは扉を粉々に破壊すると霧散した。
サラは扉の破壊による粉じんが収まらないうちに寝室へと侵入する。すぐにうずくまる少女を発見し声をかけた。
「大丈夫ですの!? 一体なに、が……?」
だが、サラの言葉は尻すぼみになってしまった。だが、それもそのはず。サラの目の前にうずくまる少女は全裸の状態で顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうな表情と涙目でサラを見上げていたのだ。サラがフリーズする。
「み、見ないでぇぇえええッ!!」
「あふんっ!」
サラはこの日、生涯で初めて興奮による鼻血で意識を失ったのだった。
―続く―
サラ・エルゼアリスが住んでいるエルフの郷は、広大なイグナシアラントの中でも随一の大きさを誇る超巨大森林「ジーフ樹海」の中にある隠れ里である。生い茂る樹木が天然の迷宮を構築しているばかりか、郷の近辺にはそれとは分からないように隠蔽魔法が施されており、よそ者がたどり着くのはまず不可能である。
そして、この場所は世界で唯一と言えるエルフの生息地であり、彼らが彼らの国を運営しているのだが、他国と必要最低限以下の交流しか持たず外交という概念も薄いこの国は国という観念すらも曖昧だった。故に国名も持たず、ただ単に「エルフの郷」と住んでいる者は呼んでいた。
郷に住んでいるのはエルフである。だが、一括りにエルフと呼んでもそこにはいくつかの種類があった。
一般的なエルフは郷内の八割以上を占める。その全てが風属性の魔法を得意としている。その中でも特に風属性の適正値が高い個体はハイエルフと呼ばれていた。ハイエルフは他のエルフからの尊敬の対象であり、通例として郷の支配層につくことが多かった。
そして残りの二割はエルフの中の突然変異とも言うべき、風属性以外の属性に高い適性をもつエルフ達だ。彼らはエルフ同士の子どもでありながら純粋なエルフとは認められず、半分だけのエルフ「ハーフエルフ」と呼ばれ、古くから侮蔑の対象であった。彼らは一般的なエルフとは違い金色の髪ではなく、様々な髪色を発していた。わかりやすい差別の対象はわかりやすい排斥を生んだのである。
その中でも更に希少なのが、闇属性に高い適性を示す通称「ダークエルフ」である。彼らはおよそ外見上のシルエット以外はエルフとはかけ離れた姿をしていた。褐色の肌に紫がかった髪色。そしてハーフエルフですら一般的なエルフと同じ深緑の瞳を持つ中、彼らはまるで宵闇をもたらすかのような深紫色の瞳であった。彼らはもはや正当なエルフと認められず、大昔前には生まれたら即座に殺すか、家の中に生涯閉じ込める。もしくは郷の外の洞窟に捨てられていたという。
しかしそれも昔の話。今現在はとある事件がきっかけでエルフ間の差別は禁止とされている。まだまだ郷の古い世代にはその名残がうかがえるものの、新しい世代ではむしろ普通とは違うハーフエルフやダークエルフの人気が高まりつつあるくらいだった。郷の中は完全とは行かないにしろ、長い歴史の中でも比較的平和な時が流れていたのだ。
だが、いまだに変わらない部分もある。それは郷内の結束力の高さの反動とも言うべき対外排斥力の高さだ。この世界でも有数の長寿命をほこるエルフは変化を嫌う。無論、よそ者が近づくや否や弓を持ち矢を放つ程ではない。迷い込んだ者がいればそれなりの対応をして森の外に帰したりもする。ただ、郷の外との交流は最低限で、移民の類は一切認めていないのだ。
過去には排斥されたハーフエルフらが郷を出ることもままあったが、最近はその窮屈さに嫌気が差して里を出る一般エルフもいるらしい。逆にそうやって里を出て森の外へと繰り出す、いわゆる「変わり者」のおかげでエルフの郷は世界から忘れられずにいるのかもしれない。
そんな彼らエルフの生活はとても質素な物だ。肉は食べず、主に野菜や木の実、キノコを主食としている。時折川で釣る魚も食べる。服装もとてもシンプルで華美でない。電気はなく、夜の明かりや調理の火などはすべて魔法で行っている。他国から輸入したらしい魔力で動く機械もある。余談だが、ハーフエルフの中でも火属性や雷属性に適正のあるハーフエルフらは、そう言った点で他者より少し楽な生活をしているそうだ。
そんな郷で暮らすサラ・エルゼアリスだが、彼女は現在郷の外に出ていた。郷の外に出ると言う行為は本来危険を伴う物であった。郷は防壁と魔法による結界で守られているが、外には危険なモンスターもいるし、魔物の存在も確認されている。普通は郷の外に出ること自体避けるし、出るには一定の実力が必要になってくる。
サラはハイエルフであった。実力的にも申し分ない。そして自ら郷の外に積極的に出て行く希有な人物であった。だが、なぜそんな危険な郷の外に出て行くのか。それは郷を支えるためであった。
エルフの郷はほぼ自給自足が成立しているわけだが、それでも外貨収入が無いわけではなかった。その数少ない収入源こそ、市場には滅多に出回らないがその品質の高さと希少価値で噂され続けている「高純度回復薬(ハイポーション)」である。これはエルフ秘伝の方法で作られており、世界全体で見てもその作成・量産に成功している場所は片手で足るほどである。
だが、その貴重な高純度回復薬(ハイポーション)であるが、その材料となる薬草は郷の外でしか採集ができないのだ。何度も栽培が試みられていたのだが、何故か養殖できずにいた。故にこうして危険を冒しても外に出掛けなければならないのである。
(まぁ、私自身郷の中は窮屈だって感じているのも大きいですわね……)
そんな風に考えながら郷の外に広がる森を歩くサラ。流石は森の民とも称されるエルフなだけあって、森を歩く足取りは軽い。まるで整地された道を歩くかのごとくだ。
だが、その日、サラは小さな違和感に気づいていた。森に住むモンスターの気配が少しざわついているのだ。何かに怯えるかのように物陰に潜むものもいれば、逆にとても好戦的になっているものもいる。森の民たるエルフに牙むくモンスターは滅多にいないはずだが。
(本当、今日はどうしたって言うんですの? 昨日までは何も変わらなかったはずですわ……)
だが、郷外での活動を取りやめる程の異変ではないと判断したらしい。サラは気にせずに薬草やキノコの採集にいそしんでいた。この収穫が郷のため、引いては自身の生活に還元されるのだ。自然と熱が入る。気がつくと太陽が天頂にさしかかろうとするような時間になっていた。普段ならそろそろ郷へ帰る時間である。その日も例に漏れず、サラは収穫を確認し郷へ帰ろうとしていた。だが、その時。不意に遠くからモンスターでも魔物でもない声がサラの耳に聞こえてきた。
「ぁ……! ……ぅ!」
緊急事態である。サラは焦った。今日のような森に住む生き物たちが荒れている日に誰かが迷いこんでしまったようなのだ。急がなければ助からないかもしれない。
サラは声のしたと思わしき場所へ急ぐのだった。
声の主はそう苦労せずすぐに見つかった。これも森に親しむエルフの力あってこそだろう。その人物は森に広く分布するオオカミ型の三ツ目が特徴のモンスター、「トライウルフ」に追われているようだ。
だが、サラはその人物が追われている様子をただ遠くからボーッと眺めていた。無論彼女は誰かが苦しむ様子に愉悦を覚えるサディストではないし、モンスターが怖いわけではない。むしろトライウルフ三頭程度など、目をつむっていても撃退できるだろう。彼女がただ遠くから眺めているだけなのは理由があったのだ。
(な、なんて可愛らしい方なんでしょう……)
逃げている人物はまだ幼いと思われる少女だった。少女の輝くようなフワフワの白銀の髪、背中から少し離れた場所でパタパタと動く羽、走る動きに合わせて上下に揺れる尻尾。少女を構成する物全てがサラの心をつかんで離さない。
そう、彼女は森を走る少女に心奪われていたのだ。
上気した顔で必死に逃げる少女を見つめるその様子は、端から見れば只のサディストな変態である。だが、逃げる少女が木の根に躓きその身体を背中から大木に強く打ち付けたその時、サラはようやく正気に戻った。少女は苦悶の声を上げながら何とか立ち上がろうとする。
その様子にサラは急いで位置を変えた。少女を挟むようにトライウルフと延長線上に立つ。ここならば矢の直線軌道で少女を傷つけることもない。サラは持っていた鞄から水晶玉のような球体を取り出した。森の木漏れ日を浴びて新緑に輝くそれは、サラの主武器となるものである。サラは左手に持ったそれに魔力を流し込んだ。そして武器の名前を呼ぶ。
「頼みますわよ、『森林の旋風』。」
その言葉に応えるように、左手に持った球体から樹木が生え始めた。瞬く間に伸びたそれは互いに寄り合い、一つの形を為した。エルフが得意とされる弓である。
サラは弓を構えると矢もつがえずに弓を引いた。弦を引き絞りすぐにでも放てる体勢である。そして、サラは魔法を詠唱した。
「【風の矢】!」
サラの魔力が風を捉え、矢の形に押しとどめる。魔力続く限り尽きない矢の嵐、サラの得意魔法である【風の矢】だ。
矢の完成と同時にサラは右手を離した。引き絞られた弦が矢を押し出す。発射された矢は魔力による推進を加え、更に途中三本に分裂しながら飛んでいった。木々を自ら避け、術者の望む場所へ飛ぶ。
サラの狙ったとおり、放たれた矢は少女とトライウルフの間に突き刺さった。何もトライウルフらを殺すこともない。それに存外賢いトライウルフらならば突き刺さる矢の意味を理解できるだろう。その様な考えで放たれた矢であった。無論、念を入れて二の矢を構えている。もしトライウルフが退かないのならば、次に矢の刺さる場所は彼らの頭だろう。
だが、サラの予想が当たりトライウルフらは一声鳴くと森の奥へと逃げていった。
(ふぅ、賢い子たちで良かったですわ。あまり殺生はしたくないですもの。って、そんなことよりも!)
サラは急いで少女の元へと駆け寄っていった。少女はサラの方を少し見ると、そのまま倒れ伏してしまった。
「だ、大丈夫ですの!?」
しかしその声に応える様子はない。急いで抱きかかえ、様子を探る。エルフの細腕でも容易に抱きかかえられるその小さい身体には、森の中を必死に駆けていったのであろう、細かい傷が至る所に付いていた。だが、その他には目立った外傷はない。呼吸もしている。ただ一つ不思議な点があるとすれば、見たこともない、まるで身体に合っていない服を身に纏っているところだろう。その服はこれまでの過酷な道のりを示すかのように所々穴が開いてしまっている。その穴から覗く白い身体に思わずサラの視線が集中する。
「……はっ! い、いけませんわ、こんなこと……はやく郷に帰って治療して差し上げないと……」
先ほどまでパタパタと動いていた羽はいつの間にか消えていた。どうやら魔力で構築されていた物らしい。術者が意識を失えば、その術者の使う魔法も消えるのだ。だが、尻尾は天然の物らしく、力なくダランと垂れ下がっている。
サラ自身が先ほど自分で言っていたとおり、早くその少女を連れて郷へ帰るのが最善策である。だが、サラはその少女を抱きかかえようと、少女の身体を正面に向けた途端に動けなくなってしまっていた。
「か、可愛いですわ……!」
サラは再びその少女に心を奪われていた。サラの腕の中で眠るその顔は、まるでサラが昔どこかで読んだ本に出てきた天使の形容そのものであった。白銀の髪は遠くから予想したとおり、ふわふわな感触をサラにもたらす。まるでエルフの様な真っ白な肌に頬の薄紅がなんとも言えない雰囲気を醸し出していた。
(な、何ですの、この気持ち……私は別に同性愛者という訳じゃないはずですのに……)
長い時を生きるエルフは、基本的に性欲という物が薄い。客観的に見ればとても整っている容姿を持つエルフの男女だが、逆言えばそれがエルフにとっての基本(スタンダード)なのである。エルフは長いときの中でエルフ存続に支障を来さない程度に子をなしたら、残りの生涯を精神的につながった伴侶(パートナー)と、きわめてプラトニックな愛を紡ぐのだ。
そしてそれはハイエルフたるサラも同じである。同じであるはずだった。だが、彼女の心には、いまや様々な感情が去来していた。湧き上がる独占欲。少女の笑顔が見たいのに、何故か鳴いて悲しむ顔を見たいという謎の感情。はっきりと断言できない様々な感情を混ぜ込んだその気持ちの正体を、サラは理解できなかった。だが、少女を抱きかかえるその腕に、不思議と力がこもるのをはっきりと自覚していた。
(何はともあれ、一度郷に帰りませんと。早く元気になった姿を見たいですわ!)
サラは少女を抱きかかえて立ち上がり、そしてまるで風のごとく走り出すのだった。
普段の半分ほどと言う驚異的な早さで、サラは門に到着した。郷の玄関口たる門には常に二人の門番が待ち構えている。弓を携え高台から見張っているのだ。とは言え、ここ百年ほど侵入者が来た試しはない。
高台にいる門番の内、一人がサラに気がついた。どうやら通常エルフの男性らしい。現在エルフ皆平等となっている郷においても伝統という物はまだあり、門番はエルフの男性と暗に決まっているのだ。
サラの存在を認めると、門番の二人は焦ったように高台を降り、サラの前へとやって来た。その様子は少し緊張が見られる。エルフは見た目による年齢の推測が難しいが、それでなくとも明らかにサラの方が年下であろう。それだというのに彼らが緊張しているのは、サラがハイエルフであり、彼らがエルフである事が起因している。ハイエルフは一般的に郷内で尊敬される存在であるからだ。
「エルゼアリス殿! お疲れ様です。いつもよりお早い帰還ですね。それに、何やら急いでおられる様ですが……?」
「緊急事態ですわ。今すぐここを通してください。」
「は、はぁ。エルゼアリス殿をお通しするのに許可も何もありませんが……緊急事態とは何事ですか? もしや、その腕に抱えている何かに関係するのですか?」
「ええ。森にて傷ついた少女を保護したんですの。すぐに治療に当たりたいのでここを通してください。」
そこまで言うと、今まで隣で黙っていたもう一人の門番が焦ったように口を開いた。
「お、お待ちください! 貴女一人なら問題ありませんが、余所者を中に入れるというのであれば話は別です! そう言った場合は長老方に話を通し、許可を得た上で大長老からの最終決定を仰ぐのが掟のはずです!」
(あぁ、もう焦れったい!! なんて杓子定規な回答ですの!?)
「長老方には私が後で話を通しておきますわ!! この娘はまだ小さい女の子なんですのよ!? 郷の中に余所の血が混じることはありませんわ! 大長老にも私が後で直接うかがいますから、早くそこを通しなさい!!」
思わず語気を強め、荒々しく言葉を発してしまうサラ。その目は、邪魔するのであれば殺してでも通ると言わんばかりの、殺気を孕んだ目であった。同族の忠実に職務を全うする者に向けるような目つきではない。だが、その分サラが焦っていた証左でもあるだろう。
「「ハ、ハッ! 畏まりました!!」」
門番は焦ったようにそう叫ぶと、高台へ戻り郷の内側から門を開いた。扉を開けた先、門番の二人が萎縮して直立不動の体勢で立っている。
(冷静に考えますと、先ほどの言葉は少しマズいですわね。私に対する悪評が立ちかねませんわ。)
「……先ほどは手荒なまねをしてしまい申し訳ありませんわ。でも、私の方も少しばかり焦っておりましたの。お二人のその職務に邁進する姿はとても素晴らしく思いますわ。」
ニコリと微笑むことも忘れない。サラの言葉に門番の二人は互いに顔を見合わせた後、照れたように言葉を返した。
「と、とんでもない! こちらこそ融通の利かない対応で申し訳ありませんでした!」
「恐縮です! ありがとうございます!」
(……ふぅ、この辺りで良いでしょう。)
「いえいえ、それでは。」
そう言うと、サラは再び走り出した。その様子はまるで風のようであったという。
またも驚異的な速度で自宅へと到着したサラは、自室の寝室に少女を寝かせた。そして簡単な治療を行うべく、もはや服としての機能を果たしていない服を脱がせる。簡単な治療を施して少女に布団を掛けた。部屋を出る際に少女に睡眠魔法をかける。
(これであと数時間は起きないはずですわ。ゆっくり眠って体力を回復してもらいませんと。それにしても、綺麗な身体でしたわね……)
先ほどの治療の際に見てしまった少女の裸身を思い出し、一人頬を染めるサラ。部屋に鍵をかけ、ついでに罠すらもかける。
「さて、面倒ですけど色々と回らないといけませんわね……」
そう言葉を残しサラは自宅を後にした。無論自宅にも鍵をかけ罠を貼ることも忘れない。先ほど門番に言ったとおり、サラはまず郷の長老らに魔力による通話【|魔力念話(テレパス)】で話を通した。その後、郷の最高責任者である大長老の家に直接出向き、少女の滞在許可をもぎ取ってきた。
そして現在、彼女は郷の中の市場に来ていた。
(身体を休めたら、次はしっかりと栄養補給ですわね。おかゆの材料と、果物を買っていきましょう。)
郷にいくつかある市場の内の一つ、サラがそこを歩いていると不意に声が掛かる。
「いらっしゃい、エルゼアリスさん! 今日は魚が入荷したよ、どうだい?」
「あら、女将さん。今日は大丈夫ですわ。また御願いします。」
「あー! サラお姉ちゃんだ!」
「はい、こんにちは。今日も元気ですわね。」
市場を歩くと、そこにいた住民がみなサラに話しかけていく。そこにはエルフやハーフエルフの差は無い。今でこそ彼女はこうして皆に受け入れられているが、過去はそうも行かなかった。そのことを思い出してか、サラは少し嬉しそうな笑みを浮かべる。
そうこうするうちに目的の場所へたどり着いた。八百屋である。
「こんにちは、どなたかいらっしゃいますか?」
「はいはーい! おや、エルゼアリスさんじゃないか。」
「お久しぶりですわ、女将さん。お野菜と果物を頂きたいのですけど、何か良いのは入ってますか?」
「あぁ、今朝採れたばっかりの新鮮な奴があるよ。適当でいいかい?」
「ええ。女将さんの目利きに文句はありませんわ。」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。」
談笑を交えつつ、八百屋の女性は野菜や果物を草で編んだ籠へ入れていく。不意に女性が顔を上げてサラに質問をした。
「そう言えば、さっき風の噂できいたんだけど、森で子どもを拾ったのかい?」
「え、ええ。その通りですけど、もう広まっているんですのね。」
「まぁそりゃあ、郷でも人気のエルゼアリスさんが可愛らしい女の子を抱きかかえて急ぐ様子なんて、珍しいってレベルの話じゃないからね。みんな興味津々さ。どんな娘なんだい?」
「とっても可愛らしい娘ですわ! どうやら人間じゃないみたいなんですけど、大長老からもキチンと許可は頂きましたし、しばらくは私が面倒を見る予定ですわ。」
まるで産れた娘を自慢するかのような嬉しそうな顔をするサラの様子に、八百屋の女性は自分も嬉しいかのように微笑む。
「そうかい、それは良かった。また連れてきておくれよ。はい、じゃあ野菜と果物ね。」
「ええ。近いうちに必ず。」
サラは代金を渡し、商品を受け取った。その後、少女が来ていた服の代わりとなる新しい服一式を購入し、自宅へと帰って行った。
自宅へと到着したサラは、自分のいなかった間に何か異変はないか確認した。何もないことを確認すると、早速少女のために料理を始める。その手際は良く、普段から料理をすることをうかがわせる。
料理が完成するまでの間に、サラは少女が着ていた服を確認していた。改めてその服を掲げてみる。
「本当に、見たことがないですわね。生地も知らない素材ですし、何よりも縫製が緻密ですわ……一体どんな技術で作られたんですの……?」
マジマジと見つめるも、そこから分かることは特にない。ただ凄い技術であると言うことだけだ。だが、サラがズボンらしき物に手を伸ばしたとき、そのポケットに何か入っている事に気がついた。
「……? なんですの、これ……?」
不審に思ったサラはポケットからそれを取り出す。それは折りたたまれた紙片だった。悪いとは思いつつも、ついついそれを開いて読んでしまう。
だが、そこには驚愕すべき事が書かれていた。
「な……!? こ、これは……!?」
サラが驚いていたその時、不意に火にかけていた鍋が沸く音がした。料理が完成したようである。サラはその紙片を自分の服のポケットにしまうと、急いで調理場の方へ向かい火を止めて器へと料理を移した。お盆に載せて眠っている少女の元へと向かう。
(信じられませんわ……でも、あの紙に書かれていたことが本当ならば、あの娘、いいえ、クロエさんが一番混乱しているはず。私がしっかりしませんと。)
そう考えながら歩いていると、いつの間にか寝室の前までたどり着いていた。サラの内心に突然緊張が走る。
(……き、緊張してきましたわ。だ、大丈夫ですよね? 料理は何も失敗していませんし、他も特に……し、深呼吸ですわね!)
数回の深呼吸の後に、お盆を持つ右手の指先でノックをする。
「クロエさん? 起きていますか?」
少し震える声になっていた。緊張は抜けきっていないようだ。少しだけ間が開いた後、返事が返ってきた。
『はい、起きてますよ。』
(ああん、可愛らしい声ですわ!! じゃなくって……)
「あぁ、それは良かったですわ。立ち上がることはできますの?」
『大丈夫です。』
「それでは申し訳ないのですけど、扉を開けていただけませんか? 両手に物を持っていまして開けられませんの。」
『分かりました、ちょっと待っててください。』
部屋の中の少女はどうやらすっかり回復していたようだ。これなら心配要らないだろう。サラがそう考えて安心したその時。不意に部屋の中から少女の物と思わしき叫び声が響いた。
『や、ひにゃあッ!?』
ガシャンッ!!
思わずサラは両手に持ったお盆を取り落としてしまっていた。食器が割れた様子は無いが、そんなことを気にする余裕はサラにはない。急いで扉に駆け寄り扉を激しく叩く。
「ど、どうしたんですの!? い、一体何が……!?」
寝室の鍵はリビングの方に置いてきてしまった。今から取りに帰る余裕はない。懸命に声をかけるサラであったが、部屋の中の少女ははっきりとした返答を返さなかった。
サラは覚悟を決めた。
「扉から離れてください!! こじ開けますわよ!!」
自身も少し距離を取り、魔力を集中する。「森林の旋風」を持たない今、行使するのは属性原始魔法である。
「【疾風中魔法】!!」
詠唱と共に手の先から魔力砲が放たれる。疾風を伴うそれは扉を粉々に破壊すると霧散した。
サラは扉の破壊による粉じんが収まらないうちに寝室へと侵入する。すぐにうずくまる少女を発見し声をかけた。
「大丈夫ですの!? 一体なに、が……?」
だが、サラの言葉は尻すぼみになってしまった。だが、それもそのはず。サラの目の前にうずくまる少女は全裸の状態で顔を真っ赤に染めて、恥ずかしそうな表情と涙目でサラを見上げていたのだ。サラがフリーズする。
「み、見ないでぇぇえええッ!!」
「あふんっ!」
サラはこの日、生涯で初めて興奮による鼻血で意識を失ったのだった。
―続く―
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─────────────
※投稿時間は多少前後しますが毎日投稿は続けていくつもりです。
※タイトルは予告なしにガラリと変わる場合があるのでご了承ください。
※表紙は現在の主人公のイメージ図です。もしまた別の国へ行く場合、彼女の装いも変化するかもしれません。
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